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カニエ・ウェストの5週連続アルバムリリースと幻の『Yandhi』。

1: 5週連続アルバムリリースーー説明書の外にある辺境。

現在のアメリカのエンタメを紐解くひとつのキーワードは「ドラマ」だろう。Netflixを筆頭に様々な動画ストリーミングサービスが普及したことで、ドラマという“形式”の影響力は広がり、その勢いは映画業界にも波及して、例えばマーベルスタジオの企画である「マーベル・シネマティック・ユニバース(以下、MCU)」は、ヒーロー映画がクロスオーバーしていく点で「映画のドラマ化」に成功したシリーズと言えるだろう。昨今のドラマブームの中でも、一際人気のある『ゲーム・オブ・スローンズ』のシーズン1が発表されたのが2011年、MCUの1作目『アイアンマン』の公開が2008年(ちなみにスポティファイの開設年も2008年)、つまり、ここ10年ほどのアメリカのエンタメの大きな柱の1つは「ドラマ」にあり、ストリーミングサービスの普及もその流れと不可分だったように思える。

その観点からみると、カニエ・ウェストが2018年5月25日から5週連続で行ったアルバムリリースは「音楽アルバムのドラマ化」と言えるだろう。カニエ・ウェストは『Yeezus』(2013年)のアートワークで「CD時代の終わり」を宣言した後、『The Life Of Pablo』(2016年)をストリーミング限定で発表し、その特性を活かした「アップデートを続ける(完成しない)アルバム」というコンセプトを掲げていたが、今回はストリーミング時代の、作品をリリースしてからリスナーに届き、消費されるまでの「スピード」に目を付けたのだろう。以下は連続リリースの発表順である。

① プシャ・T『DAYTONA』(5月25日 発表)
② カニエ・ウェスト『Ye』(6月1日 発表)
③ カニエ・ウェスト&キッド・カディ『Kids See Ghosts』(6月8日 発表)
④ NAS『NASIR』(6月15日 発表)
⑤ テヤーナ・テイラー『K.T.S.E』(6月22日 発表)

MCUのように、それぞれの作品のヒーロー(主人公)は違えど、全てカニエ・ウェストがプロデュース(監督)しているため、この作品群を通して聴けば、全てが同じ世界 = カニエ・ユニバースの中で展開していることがわかるだろう。さらに、この5作品のドラマ性を高めている仕掛けの1つが、最後の1枚を除いて、収録曲が全て7曲ということ。おそらく、これは1週間で更新されていくタイム感に合わせたもので、1枚あたり約23分くらいで構成されているのも、前の週のアルバムを振り返りやすくするためだと思われる。

ラップ/ヒップホップが世界的なメインストリームになった2018年の音楽シーンにおいて、一番ヒット、再生数を叩き出したのはドレイクだった。彼が今年発表したアルバム『Scorpion』に収録されている“Emotionless”のサンプリングフレーズに対してあまりに暴力的なデカさで鳴るキックの音、もしくは“Nice For What”のサブベースの音。この低音の解釈(ミックス)が「2018の音」だったと仮定するなら、連続リリースの2週目『Ye』に収録されている“Ghost Town”はその潮流へのアンサーとして非常に優れていた。

「2018年の音」に慣れすぎた耳に“Ghost Town”の前半は衝撃である。ドラムやベースなどの低音を、サンプリングフレーズだけで成立させようとしているのだが、その音がぜんぜん前に出てこない。まるで60年代後期ビートルズを彷彿とさせる音像で、ボーカルが加わるとその点はさらに際立つ。35秒から割り込んでくるギターの解釈も面白く、ボーカルやサンプリング部分と異なり、一気に空間を広げるミックスになっている。そこでキッド・カディがこのフレーズを歌う。

I've been tryin' to make you love me
But everything I try just takes you further from me

ずっと君に愛してほしかったのに
何をやっても君は遠のいていくばかり

サンプリング楽曲からそのまま引用しているこのフレーズは「2018年に世間を騒がせたカニエ・ウェスト」という前提を踏まえると納得の引用だろう。その後、070shakeがボーカルを務める後半のパート(2分55秒以降)になると、一気にドレイクを彷彿とさせる「2018年の音」に突入する。暴力的とも言える音のスネアが鳴り、ボーカルミックスもトゥーマッチになり、果ては音割れギリギリのビームみたいな音(そう、ビームみたいな音)まで挿入され空間はカオスになる。クライマックスにおいて、そのカオスとサンプリングフレーズが合流を果たすのだが、そこには2018年の音楽シーンに対する批評と、過去の音楽シーンへの郷愁と、これから先のシーンへの展望が混在した世界 = ゴースト・タウンが広がる。

サンプリング楽曲のヴァニラ・ファッジの“Take Me For A Little While”(1967年)も、2018年のロックとラップが接近している時代の選曲としては面白いし、その解釈も素晴らしい。もともと、カニエ・ウェストはヒップホップマナーに沿った強靭なループを作れる一方で、ロックソングをサンプリングしたり、ループを急にぶった切って違うネタを放り込むことで、ロックのサビのダイナミズムをヒップホップに持ち込むなど、ヒップホップサイドからロックに度々接近はしていたが、2018年において“Take Me For A Little While”や、ギターの音を前述してきたような解釈で鳴らしたのは実にフレッシュだった。その点で“Ghost Town”は大名曲だし、その方向性を全体的に汲んでいる3週目の『Kids See Ghost』も良かったのだが、それ以外の曲(とアルバム)に関して言えば、所々で「おっ!」と思う箇所はあれど、過去のカニエのサウンド的モチーフが頻出する、言わば「カニエのベストアルバム」的な側面が強い作品郡だったのは否めない。

そういう意味でーー2010年代の音楽シーンの方向性を決定付けたカニエ・ウェストの『Yeezus』(2013年)や、フランク・オーシャンの『Blonde』(2016年)を踏まえつつ、2018年にフレッシュな作品を提示出来ていたのは(奇しくも1週目の『DAYTONA』と発売日が被った)エイサップ・ロッキーの『TESTING』や、トラヴィス・スコットの『ASTROWORLD』の方だったと思う。しかし『TESTING』や『ASTROWORLD』を聴いた時の興奮と同じくらい、私は今回の5週連続アルバムリリースという「形式」に感動してしまった。なぜなら、スポティファイの説明書には「これでアルバムをドラマ化出来る」とは書いていなかったからである。  

例えば、1970年代にDJクール・ハークがブロックパーティーで、観客が一番盛り上がる曲の間奏部分(ブレイクビーツ)を永遠に流すために、2台のターンテーブルに同じレコードを2枚のせループさせたところから、ヒップホップのサウンド面の基礎が出来たわけだが、ターンテーブルの説明書には「これを2台並べればーー」とは書かれていなかった。つまり、ヒップホップは新しいテクノロジーである“ターンテーブル”を説明書どおりに使わかなかったところから生まれたカルチャーだった。今回、カニエ・ウェストがやったことも同じく、既存のテクノロジー = ストリーミングサービスを思いもよらない使い方をすることで、全く新しいモノにしてしまうということ。もちろん、DJクールハークが発明した「2枚使い」のように「音楽アルバムのドラマ化」が、スタンダードになるとは思わないが、ここから、また新しい「何か」は生まれるはず。

DJクールハークはターンテーブルを発明したわけじゃないし、カニエ・ウェストは音楽ストリーミングサービスを発明したわけじゃない。ただ、コレは音楽の話に限らずだがーーテクノロジーを発明する以上に重要なのはそれをどう使うか?という私たちの態度で、それこそが創造主の思惑を超えて、テクノロジーに命を吹き込む。音楽ストリーミングサービスを使って音楽を楽しむ現代人の1人である私はーー言うなれば、音楽を消費する「消費者」だ。しかも、その消費のスピードは新しいテクノロジーの登場により格段に早くなった。しかし、私たちはテクノロジーの奴隷じゃない(※1)。自由にどこにでも行けるし、説明書の外にまだ辺境は存在する。5週連続アルバムリリースという形で私たちに新しい風景を見せたカニエ・ウェスト。もし、これがアートじゃないと言うなら、何をアートだと言うのだろうか?

【「こういったアートが犯罪だというのなら、神よ、それを続ける我々を許したまえ」。グラフィティ・ライターは、能率や進化を象徴する地下鉄列車に違法でグラフィティを描いていった。小さな反乱は街中で四六時中起こり、警察当局は、この行動を社会の礼節に対するゲリラ戦だと考えた。彼らは正しかった。かつて北部行きの列車は自由の象徴だったが、脱工業化して衰退した街において地下鉄は、会社に使われるだけの人々が一日の始まりに乗り込むものにすぎなくなったと、アイヴァー・ミラーは記している。「地下鉄は、企業国家アメリカが国民を仕事に向かわせるための手段にすぎない。企業のクローンを運ぶ物体として使われているんだ。そして、地下鉄自体もクローンと言えるだろう。列車はどれもシルヴァー・ブルーで個性もなく、帝国主義と支配の手段となっている。俺たちはそれを奪うと、まったく別物に変えてしまったのさ」とリー・キニョネスはミラーに語っている。グラフィティ・ライターは、列車に関する循環論を、自らの論理に置き換えてしまった。】『ヒップホップ・ジェネレーション』(ジェフ・チェン著)より引用。

(※1) リリース直前に、カニエ・ウェストがTMZのインタビューの中で「奴隷制度は選択だった」と発言して問題になっていたので、注意しながら「私たちはテクノロジーの奴隷じゃない」と書かせていただきました。インタビューの全文はこちらで読めます。“「奴隷制度は選択だった」とカニエが発言したTMZインタビューのほぼ全文翻訳。|洋楽ラップを10倍楽しむノート”

Interlude: 幻の『Yandhi』

カニエ・ウェストのニューアルバム『Yandhi』が2018年9月29日に発表されると告知された。5週連続リリースのあとにさらにアルバムが!?と驚いたが、それ以上に驚いたのは本作の位置付けが『Yeezus』(2013年)の続編だということ。『Yeezus』は“CDそのまま”のアートワークにふさわしい、インダストリアルサウンドとサンプリング手法の暴力性を凶悪に合致させた作品で、その影響力は2018年の音楽シーンを見ても明らかなわけだが、その傑作の続編である。しかも、“Ghost Town”のサウンドの方向性や、タイトルがカニエ + ガンジー = ヤンディーということから「インド楽器のシタールが鳴るサイケロックアルバムになるのでは?」と勝手に想像するなど、新たな傑作の誕生を期待していた。

発表当日、カニエはテレビ番組『サタデーナイトライブ』で“Ghost Town”をパフォーマンスする。楽曲が持つロック性を際立たせるステージと、MAGAハットを被り安易に政治メッセージを発信してしまうのも含め、実にカニエとしか言えないパフォーマンスだったのだが、なんと、その後、アルバムリリースを11月23日に延期すると発表する。しかし、再リリース日が近づいた11月11日にタイラー・ザ・クリエイター主催のフェス出演後「久しぶりにライブやったら、アルバムなんか違う気がしてきたから、またリリースするとき言うわ(大意)」とツイートして以来、アルバムの話は完全に浮上しなくなった。その他にもチャンス・ザ・ラッパーとのコラボアルバム『Good Ass Job』や、ジェイ・Zとのコラボアルバム『Watch The Throne 2』を発表する噂もあったのだが、それらも音沙汰なし……このまま『Yandhi』はドクター・ドレーの『DETOX』のように、出す出す詐欺アルバムになってしまうのだろうかーー。

2:『Jesus Is King』とCOVID-19、そしてBlack Lives Matter。

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