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ぐるぐる回っている人(過去03)

迷いながら生きているけれども。でも、そのうちまっすぐ歩けていると自信がついて、まっすぐ歩いているように思う大人になるのだけれども。
でも、じっさいはまっすぐ歩いているという錯覚を技能として習得しただけであって、本当は迷いながら生き歩んでいることには、一向変わりがないのかもしれない。
まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)


2年間ぐらい、1回も笑わなかった

qbc:
鎌倉は36? 

スミス:
36ぐらい。36になった。その頃にまた私、異動になりましてね。ある国の機関にちょっと行かされることになったんですよ。
そこでパワハラがあって、私メンタルやられちゃったわけですね。半年、7ヶ月ぐらいで戻ってきたのかな。しばらくちょっとお休みしてたんですね。

そこでちょうど昇進のタイミングだったから、そのときにそういうのやらかしちゃうとマイナス、大減点食らっちゃうわけですよ。管理職への登用の時期だったからね。うん。だからそこで出世遅れましたみたいな。

やっぱりね、あんまりうまく、何だろう。回復しなかったんですよね。
だから閑職にちょっと飛ばされて。ますます出世が遅れるみたいな。

それが許せない、みたいなね。
そこから何かね、憎悪の念がすごかったね。
2年間ぐらい、1回も笑わなかった。

今までの繋がりのある人たちとも関わりたくないと思って、自ら切ってたのもあるし、切られたのもあるし。
別に、たまたま連絡が無いからそのまんまみたいな。そこからもう、付き合う人、非常に限定的。それが2年ぐらい。

40ぐらいになってまた違う会社、違う部署に転勤になったんですね。
そこはなかなか今度は忙しいところで。常に何か勃発するみたいなそういうとこだったんですよ。ある関連会社の経営企画部だったんで、もう次から次へとなんだこりゃみたいなのが毎日のように、ボコボコ湧きあがるみたいな。

そんな中で、それなりにこなしてたわけですね。まともな人たちが多かったっていうのもあって。
だけどやっぱ出世が遅れちゃってるし、なんかいろいろやり切れないものがいっぱいあるわけですよ。だから明日辞めてやる! みたいな。ずっと思ってたんですよね。

やっぱりそんなのがあるから、会社の為に、なんて全く思っていないわけ。自分が楽しいかどうかしか考えてないから。ささっと終わらせてとにかく土日は旅行に出るっていうような時期を過ごしてましたね。

その前後、私がなかなか辛いときにお付き合いをしていた人がいて、ちょっとそういうのもあって、なかなか今後の将来などについて踏み切れないとか。そういうのもありましたし。
その人はちょっと遠距離にいたもんですから、そこにたまに行ってたわけですね。当時沖縄に居たんですよ、その人。

私が36、7のとき。その人も結局、なんで沖縄にいるの? って言うと、その人もちょっと体調というか心の状態を崩した人だったんですよ。向こうが崩していたんですね、先に。

私はなんとなく体調崩したみたいな感じだったんだけど、うん。ちょっとその方のご職業がそういう精神を崩した方をケアする仕事をされてた人だから、プロである精神科医がそういうふうな感じになって。精神科の業務ができなくなっちゃったみたいですね。なんか一般内科の非常勤なんかやってたんだけど。

やっぱりあの仕事の人たちって、自分自身がなっちゃうともうどうにもならないのかもしれないんだけど、他人がそういう症状が出るとやっぱり専門家である医者なんだよね。ケアすることで回復するんだよね。多分。
だから彼女の方はだいぶ良くなっていったわけです。私、やっぱり2年ぐらいかかったけど、彼女の場合はもう1年ぐらいでだいぶ底を脱したように感じられた。

って言うのがあって、ちょうど私がその職に異動になる頃ぐらいに、あちらは昔から思ってた夢があって、アメリカに行きたい、アメリカでライセンスを取ってやりたいと言う希望があったんだけど、とある事情があってちょっと体調を崩しましたと。

東京に居たけど北海道に転地療養含みの異動で渡り、東京に戻ってくるんじゃなくてそのまま所属していた派遣元の大学辞めて、沖縄に行っちゃったようでしてね。私ともその頃に出会ってるんですけど。

何でしょう。私がだいぶ良くなってきたよねっていう頃合で、あちらもアメリカに行きたいと。ちょっと持ってる、神がかってる人みたいなとこがあって、いろんなチャンスをバンバンと掴んでアメリカへ行ったんですよ。ニューヨークに行ったんだけども。

まあね、私もそのあと何度か出張でも行く機会が増えたのもあるんですけど、年間複数回はニューヨークに行ってるような時期を過ごしましたけどね。
こんなに頻繁にニューヨーク行くのってなかなかないよなぁとか思いながら。
そこでマイルに目覚めマイラーになったっていうのもあるんですけどね。必要に迫られて。

でもやっぱりね、なんでしょう、会社への不信感とか物事への許せないとか、そういう気持ちはね、もう全然、消えなかったね。もうその恨みだけで。
それをなんか忘れるがために旅行してたような気がする。今から思うと。

qbc:
小学校のときの怒りと比べてどうですか?

スミス:
いやもう多分、複合化されていて、かつ異常発酵してるから腐敗臭してるような感じだね。腐敗臭がプンプンみたいなそんな感じじゃない? 今までの蓄積だから。

さらに追い打ちをかけてドンと来てるから、自分の人生なんてもう無茶苦茶だ~みたいな。なんでこんな不幸な目ばっかり遭うんだみたいな。っていう感じでしたよね。

ただ年々それは薄れていくんだけども。
まず許せない。かといって転職しようかって言っても踏み切れない自分がいるわけですね。
怖い。落とされるかもしれない。

ま、別に普通にやってりゃ、そこそこお金をもらえた会社だったんで。
だけどなんかそこまでやっぱり何か変化を起こすっていうことにものすごく恐怖があった。

変えたくない、変わりたくない。だけど口では変わりたいと言ってるけど、本当の奥底では変わりたくないと当時思ってたんだね、きっと。

で、それにはね、今もう結論言っちゃうと、多分正解があって。正解っていうか、私なりに正解だろうなと思ってるのがあって。もっと大事な気づいていない正解があったんだろうね。後に気づくことになる感じかな。
それやっぱり変えたくないっていうのももちろんあるんだけど。
いや、もうそこからね、私37、38、40ぐらいからスピリチュアルの世界にドドドっと入っていくんですけど、やっぱり自分なりの結論をスピリチュアル的な自分の結論を見つけるっていうのが第一の課題ですと。
それがわからないと。それ以外、それが一番の優先事項だから、優先事項高いことだからそれに専念してたんだろうなっていう気がするのね。今となって気付くんですけど。

qbc:
きっかけは? 

スミス:
スピはね、もう大学受験の失敗とか、あの辺ぐらいからもうきっかけがあって、自己啓発集を読みまくっていたり、就職活動があんまりうまくいかないときとか、読みまくってたりとかして素養があったんですよ。

ちょこちょこね、その後セミナーに行ったり、アメリカまでセミナーに行ったりとかしてたんだけど。
ぐぐぐぐっと入っていったのは、やっぱり時間的な余裕があるっていうことと、やっぱり、どうしようもない怒り、自分への自己不信の塊だったから、もうこれは何なんだと。

自分で自分を解明したいみたいなのね。出てきたんです。
でもいわゆるステレオタイプのスピ系の人とかって、あんまり私、お付き合いしたくないんですね。あんまり好みのタイプではないので。

だけどその世界の人たちはそれなりに、彼らは彼らなりに楽しそうだと。だけど私はそこに入っていくのはちょっとねと。

いろいろ文献から自分の心に対する、なんでしょうね、いろんな場所をあちこち行くことによって、刺激を与えて自分の心がどう反応するかみたいなのを、ちょっと検証しようっていうようなことを多分無意識的にやってたんだろうね。それが旅だったんだと思う。

毎週のように出かけてましたよね。定期的にアメリカにも行ってたし。別にその他の海外ってのはあんまり無くて。香港とか東南アジアの辺はちょっと行きましたけど。

移動してるとごまかしができる

qbc:
その頃、何が楽しかったです? 

スミス:
なんだろうね。とにかく旅をするのが楽しかったのかな。それが本当に楽しいのかって言われると、なんか逃げてたのかもしれないし。

qbc:
旅の何が? 

スミス:
なんか移動してる方が落ち着くんですよ、私。何か一つところにいると何かやっぱり見なきゃいけないものを見させられてるとか。逃げだと思うんだけど、移動してるとごまかしができる。うん。

やっぱり常に刺激がバンバン来るから、外界の変化もそうだし、海外だったら言葉が違うし。
そういういろんな刺激を受けまくることで、本当に見たい、見るべきものから目をそらしてたのかもしれない。悪い見方をするとね。
いい見方をすると、本当にそこでどう自分の心がどういうふうに反応するのかっていうのを見てたんだろうね、被験者である自分と観察者である自分。
ただ単純に動いて、ああだこうだっていう時間つぶしみたいなのが、なんか楽しかったですね。

qbc:
どんな移動が好きですか。

スミス:
私は飛行機。

qbc:
飛行機っていっても、外の景色見えなくないですか? 

スミス:
なんか空港が好きでね、私。今もそうなんだけど。飛行機乗らないのに空港へ行くの、好きなんすよ。成田とか遠いのにわざわざ行っちゃうんですよね。

qbc:
何が好きですか。空港の? 

スミス:
空港。
やっぱりいろんな人が行きかってるじゃないですか。交差点みたいな感じですね。
いろんな思惑で旅に出る人帰る人、旅や空港に行って旅立つ人もいれば帰ってくる人もいれば、いろんなそれぞれの事情があるわけ。そういう意味では、交差点みたいなんですね。

私自身も本当は、もっとこんな狭いところから脱出したいんだ~なみたいなね、そういったものがあるけど、それはなかなか現実叶わないから、そこに行って少しはそういう香りだけを嗅ぐみたいな、そんな感じだったのか。空港で何かすごい食事をするとかそういうのもないからね。

qbc:
物件趣味とのつながりってあります?

スミス:
あると思います。
だから多分妄想の世界に飛んでたんだと思うんだよね。
世界を飛び回る自分っていう理想みたいなのがあって、それに近づくイメージに妄想していた。で、物件探しっていうのは理想の家庭とかね、そういった理想の私っていうのをイメージして、そこに頭を飛ばしてた。地に足は着いてないよね。

スピリチュアル

qbc:
なるほど。40代、そうですね。
スピリチュアルをメインストーリーに据えたほうがいいですかね?

スミス:
まぁそうかもしれないですね、結果的に。ゆがみもあったけど、どうやって自分のね、社会的なキャリアっていうものを作っていこうかとか、何をしたいっていうのは考えてはいたんだけど、なかなかやっぱ出てこないわけですね。

とりあえず今いる業界が衰退産業であるのは間違いないので、もっと金目のいい分野や業界かなんかに行こうかなとかね。本当はあったんだけど。やっぱりスピリチュアルっていうか、自分の内面を知るっていうのが、最大の課題。
自分なりに綺麗に落とし前をつけろっていうことだったんです。

自分なりの結論を出す時期っていうのが多分40代で、40代の前半がその模索をしていたとき。後半がその答えを見つけだした、見つけだすまでのプロセス、最後の段階という感じでしょうね。

qbc:
前半に何やってたんですか? 

スミス:
もう前半は刺激。旅とか、そういったものをバンバンやってたし。

仕事はそれなりに回してて。たまたま話が流れてきて、その会社が大きな企業買収を行うことになりその担当でね、大変でしたね。
昔憧れていた外資系投資銀行の人たちと一緒に働いたりもしましたけど。あれもいいかもしんないけど行ってたら死んでるな、みたいな感じだった。

死んでる。絶対俺、行ったら死んでるか、すぐクビになるかどっちかだなみたいな。
クビ切られているというよりも死んでるほうが可能性高いかもしれないね。多分体が弱かったら死んでたなと思うね。

qbc:
この頃の人生の目的っていうのはありました? 

スミス:
無い。うん。探してた。今もですけど。

復讐とかっていうわけでもないんですよ。
前はね、復讐だった。30代とか40代前半ぐらい。うん。
復讐するので満足するのかっていうところに、ようやく自分の中の疑問点とかが生み出された、生まれたような年だよね。それまではとにかく復讐したいんだと。無条件に。

こういうふうにね、いつも金いっぱいあって、六本木ヒルズとか行ってみたいな、わかりやすい、そういう成り上がり系のイメージっていうのがやっぱりずっとあったんだけど。本当にそれで幸せなんだっけ? みたいな。

本当は何を求めてるんだろう? って言うのに気付きだしたのが40代半ば。
だけどこういうふうにしたいっていうのは、見えなかったですよね。

qbc:
この頃って仕事とプライベートと分けたとき、どっちが楽しかったですか。

スミス:
プライベートかな。あんまりだからその差はなかったですね。仕事はそれなりに回してたし、プライベートはそれなりに。

qbc:
プライベートの何が、どの時間が一番楽しかったですか? 

スミス:
やっぱり旅をしてる頃かな。

qbc:
旅は移動中ですか? その場所ですか? 

スミス:
両方っていったら両方なんですけど。結局その初期、40代前半とか30代後半は体調悪くしたときに、沖縄によく行ってたんですね。付き合ってた人がいたからっていうのもあるんだけど、そこで出会ったお店の人とかね、なんか仲良くなってね。
沖縄に付き合ってた人がいなくなってからも何回も行ってたんですよ。いまだにですけど。顔出しに行くみたいなね。うん。

だから沖縄ってね、別に沖縄に住みたいとか思わないんだけど。
やっぱりいろんなね、理不尽の極みみたいなのがいっぱいあった島だから、全てを飲み込むんですよね、あそこの風土というか、人っていうのかな。特に女性が本当に強い人たちだから、男は南の島の男だから、あんまり。ほわっとしてるけど。女性は強いよね、したたかだしね。
だからすべてを飲み込んで自分のものにして進んでいくっていう、そんな食虫動物、食虫植物かお前はというような、強さがあるんですよ。自分の悲しみとか嫌なものも全部飲み込んでくれる。
うん。やっぱそういう不思議なところだなっていうのは思いますよね。

qbc:
転職は考えなかったですか? 

スミス:
転職はずっと探してはいたんだけど、なかなかうまくいかなかったですね。本気じゃなかったっていうのもあるんですけど。

qbc:
一番エネルギーを割いてたのは何ですかね? この時。

スミス:
答えのない問答ですよね。自分はどうなんだ? 何を感じてるんだ? どうしたいんだ? っていうのを、答えが無いのを延々と考えてた。

qbc:
いつですか? 

スミス:
40代中ごろ

qbc:
それを考えていた時間っていうのは、仕事中なのか、それともプライベートのいついつなのか? 

スミス:
いや、もう思いついたときですよね。仕事してても、それを思いついたらもうしばらくそっちを考えてたりしてたし。だからあんまり何時から何時までそれを考えようと思って考えるんじゃなくて、頭に浮かんできたらもうしょうがないって感じ。

突然来るっていう感じだったので。やっぱりね、トリガーはいろいろあるんですが。
やっぱり深く、あぁ俺はなんて駄目なんだ、駄目なんだ、やっぱりみんなと比べて負けてるみたいな、そういう思いが結構突然出てきたりとか。

qbc:
なんでこのタイミングで? それが30代でも出てきてもおかしくなかったわけじゃないですか?

スミス:
いや30代でもあったんですよ。あったけど。

qbc:
それが強まった? 

スミス:
そうですね、やっぱり、それをちっちゃいうちに解決をしてなかったからですよね。やっぱ複雑骨折になっていってるんですよね。

止血はできているから、どんどん上書き上書きで大きくなってて、そこがもう異常腐敗しちゃってるみたい。腐敗して、臭いみたいな。そんな感じになっちゃってるんで。
ごまかし切れなくなっちゃったんですね。自分自身をごまかし切れなくなった。

もう一つは、自分の感覚が鈍ってたんだけど、ちょっとずつそういう自分の内面を見るだ、何とかだ、感性を取り戻すっていうようなことをやってるうちに、自分の感覚がちょっとずつ鋭くなってって気付くようになった。今まで気付かなかったけど、気付くようになった、
っていうのもあるかもしれない。

qbc:
なるほど。良くなっていったなっていうか、そのシナリオのゴールってどんな感じになるんですかね? 

スミス:
そうですね。40代の前半、真ん中ぐらいですかね。その前に住んでたところがちょっと家賃が高かったんで、ちょっと生活コストをどこまで落としたら生活できるんだろうかっていうちょっと実験をしたくなるんですね。それが44、45ぐらいだったかな。

ちょうどまたその会社から違う、今勤務してるところにちょっと異動になったんですけど、そのタイミングもあって。
どうせ週末は旅に出てるから、毎月海外に行ったりとかしてたから、もう最小限でいいと。安いとこでいい。どこまで生活コストを下げられるか試してみようみたいなところから、45前後ぐらいですかね。で三軒茶屋に来たわけです。

いつかお話ししたみたいに、なぜかわからない。望んでもないのに来ちゃったっていう感じ。

そこからですよね、やっぱり、がががっと変わり始めたのは。
40代前半のときっていうのは、セッションとかの類に全く行ってなかったですから。

30代のときの結論で、行ってもしょうがないっていうふうに思ったんですよ。
どんなに有名な人であっても、そうじゃない人でも、結局セッションやってる人自身がすごい依存体質な人が多いなとか思ったりとかして。

行かなくていいよと。言ったら逆に、こじらせるだけだなって思っちゃったから。もうそんな興味ない。お金の無駄って思ってたんですよ。

三軒茶屋に来まして、とある数秘術師のブログを見つけて、あらこんな人いるんだ、なかなか刺激的な人だなと思ってね。別にセッションを受けたいっていうよりも、顔を見てみたいという感覚で最初の鑑定に行ったんですよ。

あとで、私が怒り満載だったから、最初は通りのいい言葉、言える範囲のことしか言えないっていうふうに言われましたけど。とてもじゃないけど、ズバっと言っちゃうと絶対切れちゃうから、って。
でも何か気がかりになるような、私にとっては何かいろんなフックがね、あるような鑑定の結果を言ってもらったんですね。

うん、そこからね、自分でその言われた内容をもとに、自分で過去どうなって、何をしたことでどういう感じなのか、みたいなのを、検証するというかね。

ちょうど30代半ばぐらいから、見えない世界からのアクセスがあったり、見えないのが見えたりとかそういうことをし始めたので、自分が本当に弱ってたとき、弱ってたときからその力が強くなったのは事実なんですよ。
でも人に言えないんですよね。頭おかしくなっちゃったの? みたいな感じになっちゃうから。

だからそう、見えない世界とのコミュニケーションっていうのが40代から本格的に始まったって感じです。

もうセッションなんて無駄だと思って前半は行かなかったけど、後半になってたまたま三軒茶屋に来て、なんか面白い人がいると。
占い師の先生と、それからまた違う人のところにも行ってたんだけど、その人のところは一回こっきりで終わったかな。

自分のあり方が間違ってるからこんな奴らを引き寄せちゃったわけね

スミス:
占い師の先生は、何か気になることを言ってくる人だなと。
でも彼女の予言がね、当たるときもあったんですよ。

これから忙しくなるよと。転職をするからか? って言ったら、違う。どうやら違うと。なんかいろんなところにとにかく行かされるからっていうふうに言われて、なんですかそれは? って。もう十分行ってきたんだけど、とか思ったんだけど、本当に行くことになっちゃって。
北欧とかね。なんでスウェーデンに俺はいるんだみたいな。フィンランドとかね、何回か行かされましたけど、

qbc:
何が良かったんですか? 占い師の先生のセッションは?

スミス:
そうですね。やっぱ関西人だから関西ノリだっていうのが、私が今まで行ったセッションをやってくださる人にはあまりいなく。関西人だっていうところで、私も関西長かったんで、ちょっと新鮮な感じがしたっていうのと。
あとはね、この人は占い師っていう体だけど、実際はコンサルタントなんだなと思ったの。

だから相手であるクライアントをどう育成じゃないな、クライアントにとって、どうプラスになるようなこと、行動に繋がるようなことを言う言葉の使い方がうまい人だなと思ったのね。

霊力自体がすごいっていうよりも、この人はコンサルタントなんだ。占いをネタにしてるけど、この人はコンサルタントなんだっていう意味で、なんだろう、いわゆるスピの人じゃないから、理論的な話もできる人だなっていうのは思いました。

そこが私が気に入ったところの一つかもしれない。だからそれをスピリチュアル的な解釈で彼女はどう言うんだろうかっていうその見解が知りたい、そんな感じ。

qbc:
それが、何で良かったんですかね? 

スミス:
やっぱりね、結局スピの、いわゆるスピリチュアルヒーラーさんとかセッションやってる人って、感覚的なんですよ。そりゃそうだと思うんだけど。
感覚的でちゃんと言葉に落としてくれないんです。感覚をそのまま言われちゃっても、どう受け取ればいいんだっけ? みたいなのが結構あったりとか。

どうしても感覚的過ぎて、言葉として、私が左脳的な人間だからっていうのもあるんだけど、そこでフワフワしちゃうと結局何にも変化にならないんですよね。

自分の中でのこれが問題なんだとか、これが課題なんだとか、この課題に対してこうアクションをすべきなんだとかっていうのが、出てこないで終わっちゃうんですよ、感覚的だと。
自分の感覚を確認するっていう意味合いも私はセッションに求めているので、自分の答えをするっていう自分の考察を、それがマルなのかバツなのか、それがどうなのかっていうのを知りたいっていうのも私の場合は強くあるから、言葉にしてくれないとわかんないんですよね。

絵にして描いてくれるんだったらそれはそれでいいんだけど。
そういう意味で占い師の先生っていうのは、それができそうな人なんだなって。

qbc:
何が解決されたんですかね、その方式で? 

スミス:
まずね、言われたのは、とにかく怒り。
怒りがものすごい分量ありますと。それは何でそんなに怒ってたのかっていうこと自体、自分で気付いてなかったです。

他人から言われて、何に怒ってるんだと。やっと振り返るようになったわけです。
それまで無意識で怒ってたんでしょうね、気付いてないけど。

いろんなところで暴発してたんですよね。そこでご迷惑をおかけした人たちもいっぱいいるんだろうなとは思うんだけど。
何かトリガーに触れちゃって、いきなり暴発するみたいな。

qbc:
なるほど。それまでのセッションとかスピリチュアルとか自己啓発っていうのは、何を伝えてくれたんですかね?

スミス:
私にとっての解決策を提供してほしいっていうので、私はお願いしてたんですけど、今となったら気休めですよね。

あとは理論的なもの、パッケージ化されたソリューションみたいなものでもいいんだけど、そういうものって、やっぱりやりきれないんですよ。やりきれないっていうよりも、自分で消化しきれない、自分で実行しきれない。中途半端に終わっちゃうみたいなところだったと思うんで。

今すぐ動ける解決策っていうのを、常に求めてたんですよね。それがセッションに行く意味だと思ってたし。
私に対して誰かが困っちゃう、何とかしてくれって言われたとき、相談に乗ってもいいですかなんて言われたときは、そうすべきものであると。ただ話を聞くなんていうのは時間の無駄だと思うんですね。それは私が男だし左脳が強いタイプだったからだと思うんだけど。
だから、セッションで相手がちょっと私の話聞いてっていうの、すごい嫌だった。
それは付き合ってる奴とかでもすごい嫌だ、嫌そうな顔して聞いてたんだろうなと思うんです。だって意味が無いからみたいな。

占い師の先生の場合は、私は結構ギリギリガリガリ言っちゃうタイプなんだけど、でも負けじとね、理論的に言おうとしてくださるので。それが駄目なのよとか言われ、あ、そうなのね、みたいな。

私自身、過去、基本的にあんまりはっきり言わないタイプの人ばっかり選んでたのかなっていう気がするんですよね。やっぱ、怖いからっていうのが多分あったなと思うんだけど。

占い師の先生とかはパッと見、そういう怖そうな、私は言うわよ、みたいな先生じゃないからそれなりにきっと耳障りのいいことを言うんだろうけど、人によって多分変えてるんだろうし、そこはやっぱりコンサルタント。伝え方が上手い。

qbc:
何年かかりました? 占い師の先生と会ってから、変わったなって思うまで。

スミス:
4年ぐらいですかね。
最初のセッション以降、1年に1回とりあえず何か鑑定を受けるようになったんですよ。

そのあと、これまた異動があって、これがまたね、腐りきったところでね、大変だったけど。割り切りながらやってましたけど。
そのときなんかは、あまりにもどうでもいいやと割り切ってたんで、まず最初変わろうみたいなのでやってはいましたけども。

本当にもう、職場にいる人たちはなんなんだ、みたいなことがいっぱいあったけども。それを引き寄せているのは自分か? みたいな。
そう自分に対して問いかけるようになりましたよね。あぁなるほどね。自分のあり方が間違ってるからこんな人たちを引き寄せちゃったわけね。みたいな。
まあ、二度と顔を見たくねぇ、みたいな感じだったけど。

なんか、そういうのがありましたが。
そういう問いかけを自分にすることって、占い師の先生と会うまではまず無かったんですよね。

qbc:
どういう問いかけ?

スミス:
これを引き寄せているのは自分か? ってね。
もしかして、自分が仮に全ての事象は自分に原因があるんだと仮定したときに、この、今、直面している事象は、私のどういうところが引き寄せた原因になっていたのか、みたいな考え方をね、するように。

それでも、とんでもない、根性からおかしい奴っているわけなんで。関わらないのがベストみたいな。無視みたいなそんな感じだったけど、最小限の付き合いしかしないみたいな。

その異動先では、やる気は無かったよね。やる気は全く無かったけど。
まぁ、悪い子ちゃんだったかもしれないね。最低限のことやってるだけだから。

そういう存在に、ずっと指導を受けてたっていうのが、実は40代の裏側

qbc:
考え方はどう変わったんですかね?

スミス:
引き寄せの法則と言ったらなんかちょっとありきたりな感じがしちゃうんですけど。自分の心の状態とか、自分のあり方っていうものはやっぱり外の世界に反映されるんだろう、と。例えば仕事を変えるとかっていうことはまだやってないけども。自分のあり方をまず変えるっていうことに関しては、だいぶ完了してきたかなっていうのはあります。

どういうふうに自分の考えが変わったかっていうと、他人依存とか環境依存とかっていうのは、そっからの脱却はしてるはずなんだけど、自分自身を信用してなかったよね。

怒りにしても何にしても。結局とどのつまりは、自分を信用していない。だから他人をもっと信用できない。

それは幼少期の何とかが影響してるのは絶対あるんだと思うんだけど。
それすらも、だからあなたはそれを選び続けるんですか? っていう質問ですよね。
いや、選びたくないです、じゃぁどうすんの? 
選ばないんだよねって。自分でどう変えるんだっけ? っていうところまで頭が行くようになったっていうのはありますよね。

qbc:
今、一番したいことって何ですか?

スミス:
今ね、とりあえず過去の整理とか、自分の心のあり方の調えは成功したんだけど、次何しようかっていうのが出てこないんだよね、なかなか。
当座で言えば引っ越ししたい。今狭いのと、この街がちょっと合わなくなってきてるのを感じるから。とりあえず引っ越ししたいよねって。今ピックアップしてるんですけど。

あとは大学の先生になりたいっていうのがやっぱりあって。博士課程か何かに行きてぇなぁみたいなのがありますと。
今から行って大学の先生になれるかどうかわかんないけど。それをまたこんな50になったおっさんが博士課程に行ってドロップアウトするのか、ちゃんと博士号を取れるのか、ブログにしたら売れそうだなと思って。実録記のような感じで。それなりにフォロワー数稼げるかなとか、今思ってんだけど。
というようなことを考えていますと。とりあえずは。

あとはこれ全く逆の側面なんですけど、やっぱりね、あんまり人混みとか人の影響、人の気の影響を受けたくないっていうのがやっぱあって、定期的に山の中に行かなきゃいけないんだなっていうのは感じてるんですよ、実際はもう行ってるけど。

それから、ちょっと話飛んじゃいますけど、やっぱりね、占い師の先生のセッションを受けてから変わったのは、見えない世界とのコンタクトが非常に頻繁になってます。
その内容も占い師の先生に確認してもらってる。こういうの来てるんだけど、あなたから見てどう思う? みたいな感じで。

彼女の最初の鑑定で、前世を見るみたいなのがあって。過去性とか前世、過去世とか。多分、要は霊視の範疇ですよね。そこでこんな子がいますと。子供が出てきました。
なんか西洋人ですと。いや、すごい多分とんでもないお金持ちの子供なんだけど、理由があって、山の中に隔離されてますと。

その後、私もいろんなね、自分の過去世って結構探してたし、実際とっ捕まえて見てたこともあるんですよ。6人ぐらい見たかな。

たまたまそれが2年ぐらい前ですかね。軽井沢を車で走ってて、ずらっといきなりいるんですよ、目の前に。
森の中走ってるのになんかいるんですよ、ずらずらずらって。いろんな日本人だったり西洋人だったり、いろんな人たちが。
男も女もね、全員集合だって。やっとそこで全員と会えた。なんだけど、占い師の先生に言われたその子供っていうのがいなかったんです。

ずっとね、私、鑑定を受けてから思ってたのは、さすがの占い師の先生とは言えども、中世イタリアの子供っていう私の過去生について言っておられるけど、全然見たこともないし感じることすらないので、何言ってはるんですか? って。。
と、思っていたんですが、それを去年の6月に見かけちゃったんですよ。長野県の山奥で。で、2ヶ月後にそこの山に泊まりに行って、やっと捕まえたみたいな。

qbc:
捕まえた? 

スミス:
捕まえたというか、やっと接触できた。
最初に去年の6月に行ったとき、7月か。7月に行ったときは、走ってるのしか見えなかったんです。なんか気配を感じる。だけど話すことも何もできない、なんだけど気配を感じる。

なんか変なの来た、みたいな感じでね。報告はしたんですけど。とりあえず8月の末に何とかその山の中に宿が取れたので、とりあえず行ってきますと。っていうので行ったら、そこでやっと会えましたみたいな。

そこで、それで会って、その存在と会ってから、なんかずいぶん変わったかもしれない。

ある種、すごい子供なんだけど。いろいろ指導してくるわけですよ。
見えない存在って言う観点で言うと、占い師の先生のセッションを受けて、2年ぐらい経ったときですかね、共通の精神世界の業界のブログを書いてる男性の方がいて、ある精神世界関連のトップブロガーの方なんだけど。私はある精神世界関連のトップブロガーの方さんのセミナーに行きましたと。
それで、ある精神世界関連のトップブロガーの方、3年ぐらい前に突然お亡くなりになったんですよ。

きほこさんのところにもたまに来てるみたいなんだけど。ある精神世界関連のトップブロガーの方、どうなってますか? みたいな話がね、その後の鑑定では必ず出てくる。
ちょっと待って、ある精神世界関連のトップブロガーの方またいるからと言って、鑑定のときに言われたり。
ある精神世界関連のトップブロガーの方に結構指導をしてもらってたっていうのも実はあって、そこで先ほど、きほこさんが最初の鑑定で言ってくれたイタリア中世の子供っていうのがいましたと。

そこから何かね、バタバタと過去から含めた自分の怒りの源やら、なになに? っていうものの謎解きの回答がバンバン来るようになったんですね。
自分なりにこう考えてるんですけどどうでしょうか? マル、バツみたいな。そこじゃないのよとかね、いろいろ言ってくるんですよ。

だから今となってはもうそういう存在と共に生きてるみたいな、そんな感じになっちゃってですね。

qbc:
どんな気持ちになりましたか?

スミス:
いやもうなんか、正直10年ぐらいそうだったから。
10年ぐらい直近の過去生みたいな人たちっていうのが、私が本当にもうめげてるときに、きゅっと出てきてた。

全然行きたいと思わない場所に行かされて、なんでだろうと思ったらそこでふわっと出てきて、やっぱりあなたここにいた人なんだね、みたいな。

そういう存在に、ずっと指導を受けてたっていうのが、実は40代の裏側。

スピリチュアル面で言うと、そういう見えない世界の存在から指導を受けてた。
別にそれはなんでしょう、不思議な力を授けるとか全く無くて。あくまで自分の、私自身のあり方とかを正すような。

自分はもう怒り心頭だし、恨み心頭だし、まずそれを受け入れてくれる存在。
ある時から、いい加減にしろみたいな感じになり、その思考のあり方とか、思いのあり方を正すようなことを言ってくるようになったんですね。

そういう存在たちに今、この全てを投げ捨てて会社が変わるとか、何とかってのはちょっと待てっていうのも実はあった。そこじゃねぇんだ、みたいな。後半になってくると、別にやりたければやれ、みたいになってきてますけど。

そういう存在と共にあるような暮らしをして、もう10年って感じです。その結びつきは強くなっていて、さらに占い師の先生のセッションに行き始めてから、その確認ができるようになったから、より納得度が高まったっていうのもあるし。

共通のお知り合いだったある精神世界関連のトップブロガーの方っていう方の存在っていうのもあるし。
ある精神世界関連のトップブロガーの方の亡くなった後。亡くなった後に、占い師の先生とやり取りをしているときに、かつて暮らした岡山県の山間部の話もあったんですよね。

占い師の先生がいきなり岡山の某田舎に行きなさい!なんて言いはじめて。たまたま占い師の先生がその田舎にいる知人の家で出張セッションをすることになってて。一つ空き枠が余ってるから、来なさいみたいことを言われ、じゃいこうかなとなったんですね。

qbc:
見えてるって、どんなものが見えてるんですか?

スミス:
存在が見えるっていうよりもね、何かね、心に響いてくるんですよね、言葉みたいなものが。
最初は何言ってんのかよくわかんない。わかるように言ってくださいっていうと、なんかちゃんと日本語で話してくれるみたい。

だからそれは、あんたの勝手な妄想なんじゃないの? って言われちゃうとそこで終わっちゃうんですけど。私にとっては自分が考えるようなレベルよりも遥かに高いことを言ってきたりとかするから、なんか違うんだよなって。

qbc:
例えばどんな言葉をもらったんですか?

スミス:
いやもうね、なんでそんなふうに思うんだっけ? 本当にそれでいいんだっけ? とかね。
最近で言うと、この物件でよろしいですか? って、なんか確認したのかな。
心が無性にもう無意識的に喜ぶ瞬間があったから。かなりの候補だっていう理解でよろしいでしょうか? って言ったら、うんそうだとか、そうじゃないとかね。

それか、言葉にできないんだったら何かしら反応でわかるようにしてくれって言ったら、なんかいきなりね、雲だらけだったのがいきなり太陽が差してきたりとか。ここはいいっていうことですね、みたいな。

ようこそ

スミス:
あとはね、長野県の上高地っていう山奥で、きほこさ先生に言われた中世イタリアの過去生っていうか、実質的にいえば私の魂だと思うんだけど、それと出会ったときに、勝手に、すごい綺麗な風光明媚なところなんですけどね、勝手に目から涙が出るわけですよ。
感情も別に変わってない。怒りもない。喜びもない。なんだけどその景色を見てるだけで、なぜかボロボロ涙が出てくるのね。

なんだ、ここは? と。何か響いてるんだよな、魂にって思って聞いてみたら、そうだよって。

ようこそ。
ようこそって何? そのようこそって。
君の町なのここ? みたいな。
ホテルが古いアンティーク山小屋のようなホテルだったんだけど、なんでしょうね、ものすごく落ち着くわけですよ、そのちっちゃい部屋。
何かしら、もしかしたらね、魂というか、過去世の元祖が暮らしていた時代に近い家だったのかもしれないですけどね。

qbc:
なるほど。

スミス:
それで、もう少しリアルな人間関係もちょっと築きたいんですけど、みたいなことを言ったら、そろそろそういう時期かもね、みたいな。

あと言われるのは、残念ながら君はまだ当分死なないから、当分死なない、残念ながらね。だって何もやってないでしょ。何のミッションも果たしてないでしょ。ずっと修行してたでしょって。だからこれから働いてもらうよって。
どのように働くんでしょうか? 楽しみだよね、みたいな。

qbc:
その見えない存在とよく喋れる場所っていうか、関係性が良くなる状態っていうんですかね、距離が近くなる場所っていうのは、どこですかね?

スミス:
自宅もそうだし、やっぱり風光明媚な田舎ですね。
渋谷とか六本木だとかはあんまり出てこないです。別に渋谷でもちょっと外れた人通りの少ないところとか、静かなところ。
やっぱ人混み、人の邪気が多くないとこ。あとは自然が豊かなところ。

傾向としては海より山ですね。
だから特に海抜1000m 以上の方がよりクリアに入るって感じなんですよ。なんかね、なんかラジオに合わせる感じ。自分自身がラジオだとすると、その周波数を合わせていく、そんな感じなんですね。
東京が電波入って混線しちゃってるからなかなかクリアに聞こえないと。田舎は無駄なものがないからクリアに音が聞こえてくる、そんな感じなんですよ。

だからそれでこの一、二年、何度もいろんなところに行かされて。軽井沢、八ヶ岳の北の方とか、1500mのところとかね。上高地も。北海道の海抜100m200mでもないらしいんですよ。やっぱり絶対的な高さらしくって。

qbc:
飛行機も、やっぱり、高いところと関係あった?

スミス:
飛行機もね、元々そういうことに気づく前から飛行機の中で瞑想すると入りがいいっていうのを感じてたんですよ。
標高1万メートルぐらいのところを飛びますからね、大体。

瞑想すると、何かすごく入りやすいなっていうのが、もうずっと海外行く時でも国内でもあるんですけど、感じてたので。やっぱり高さっていうのは何か影響あるのかもしれません。

ただ飛行機の中はね、実際1万メートルのところで飛行機を出てというのは耐えられない。即死するような状態だと思うんで、密閉された飛行機って言う空間の中にいるから、何ら問題はないですけど。普通に屋外で何かをやるとか、普通に待機をするとかっていうのでいくと、やっぱ海抜1000メートル以上のところはやっぱり入りやすいってのは間違いないですね。

もう毎週、軽井沢行っていたりとかね。宿代が高いから土曜日行って日帰りで帰ってきてまた翌日の日曜日にまた日帰りで行くとかね、そうすると体がやられちゃうわけですよ、一日で。30メートルから1000メートルまで行ってまた30m行ってって、体が相当きつかったんですけど。

人生の転換点

qbc:
人生の転換点という質問をしていて。
自分の人生の転換点、いくつ置いてもいいですけど、どこにあったと思います?

スミス:
まず大学院に入ったときだよね。最初は。25。4、5、6かな。
あと、鎌倉に引っ越したときもそうですよね。サラリーマンじゃない、何やってるかわかんないおじさんたちがいっぱいいるっていうね。

qbc:
35?

スミス:
35。その後なかなか辛い時期が始まって、人生をいろいろ立て直すというか、思考に明け暮れた時期ですけども。それが45。三軒茶屋に居たときかな。

qbc:
10年おきですね? 

スミス:
10年おきですね。今は50になったばっかですけど。
今年もそうなんでしょうね。

49までに大体その答え合わせが終わって、じゃあ次どうすんの? 何やりたいの? っていうところが実際に動き始めるよっていうのがまさに今、最後かなっていう感じ。

qbc:
振り返ってみて、話したエピソードの濃淡はあると思うんですけど、振り返ってみてどうでした?

スミス:
やはり、なんでしょう。一般的な幸せ、日本人の一般的な幸せ像とはかけ離れた人生を歩む人だったんだなっていうのが改めて気付かされましたね。

qbc:
一般的な幸せ像っていう、その鋳型は何を指してるんですか?

スミス:
そういった意味では、子供が多い第二次ベビーブーマーの昭和40年代末、50年代初頭の団塊の世代の影響を受けまくってる人たちの幸せ家庭像みたいな感じかな。

受験戦争に勝ちます、それで大学に入って大企業に入ります。ほどよいときに結婚します、子供が1人か2人? わかんないけど。子供いないっていう場合もね、もちろんあるとは思うんだけど。それでそれなりに出世します、別に役員とかまで行かなくてもね、別に可もなく不可もなく。

楽しいのかどうかよくわかりませんみたいな。そういうもんでしょみたいなっていうものとは真逆の人生だったなと。
果たしてそれを仮に私が今それをやったとして耐えられますかって言ったときに、全く面白いとは思わないんだよね。

絶対離婚してると思ってるし。
自分を知りたいんだ、なんで別れるの? 自分を知りたいんだ。

もう信じらんないでしょ? でも普通に言ってしまいそうだもん。別に君が嫌いなんじゃないんだと。自分自身を知りたいっていうことが最優先課題だから、これをやらしてくれって。
女性からすると、お前は消えろって感じですね。

qbc:
一般的な幸せ像はどこで持たされたんですか? 

スミス:
いや、それはね、やっぱ親がね、そういう側面を歩んでたっていうのもあるんだけど、一方でおかしい人たちでもあったから、こんなふうにはなりたくないっていうのが多分強すぎちゃったんだと思うんだよね。
この人たちとはあまり関わらないでいようと。それなりの人と結婚してそれなりの階級に行くんだみたいな、そういう発想に暴走しちゃったのかも知れない。
石原慎太郎の小説「太陽の季節」のようなね。そういう側面は少しあったかもしれない。

ましてや受験だ何とかだっていう要所要所で失敗してたから。
それがどんどんどんどん加速されていくっていうんですかね。

だから自分の思い込みを、どんどん刷り込みを強化してたんだと思うんです。
自分のね、ちっちゃい頃の経験からしか判断できないし、それでこれが正しいんじゃないかと思ってたのが、いろんな経験を積むことによって、積まされることによって、やっぱりこれしかないんだ、これなんだみたいなね、自分で勝手に宗教を作りあげたのかもしれないなぁ、なんて。

結局、もう最終的に私が思ったのは、全て幻想なんだと。
幻想は、じゃあ誰が作るんだ。
幻想は、自分で作ってる幻想。

社会が作る社会っていう幻想も、もちろんあるんだけど。自分の人生っていう意味では、自分の人生は自分が作った幻想。
幻想なんだったらいかようにしてもいいわけだよねと。楽しいと思う幻想にすればいいんだよね、なかなか難しいけどね、やっぱ翻弄されちゃうからね、現実があるから。

qbc:
ありがとうございます。

スミス:
こちらこそありがとうございます。なんかもう、まとまりのない終わり方になりましたが。

終わりに

過去の2回はとても重々しかった。今回のインタビューは晴れやかだった。

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