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短編小説「バカフライエフェクト」

「おい!救急車はまだか!」

騒つく民衆に囲まれた俺は、薄れゆく意識の中、なぜこうなったのか、なにがいけなかったのかを考えていた。

12時間前、俺はバイトをクビになった。理由はお客様の肉まんを、ナイフで脅して横取りしたからだ。自業自得だろうが涙が出るほど悔しかった。

上を向いて涙が溢れないように二畳半のアパートに帰宅したらしみったれ大家が家賃を滞納した罰として追い出すと抜かしてきた。

口論から取っ組み合いに発展し、俺は大家にボコられて身包み剥がされて逃走した。そしていつも近所のガキが騒いでるゾウさんの滑り台がチャームポイントの寂れた公園に辿り着いた。

俺は家のない乞食になった。ゾウさんの鼻の上で星屑を眺めながら俺は「死」を考え始めた。

このままゾウさんの鼻を頭から滑り落ちて地面に激突して死ぬのも悪くないか。

「ここまでか」

俺は捨て台詞を吐いてゆっくりと頭からゾウさんの鼻を滑り落ちた。

その瞬間、俺は夢の世界に堕ちた。
夢では全て上手くいって幸せだった。
人とのしがらみも劣等感も喪失感もなにもない。
そんな夢の世界に一瞬だけ堕ちた。

しかしそんな時間はあっという間だった。
気がつくと、俺は頭から血を流し哀れな姿を民衆に晒していた。
即死できなかったのだ。

あのとき、もう少し助走をつけてゾウさんの鼻を滑っていればよかったのだろうか。

このまま死に切れず民衆に恥を晒したままゴミみたいな末路を辿るのか。

違う。最期くらい自分で決める。
俺は最後の力を振り絞って立ち上がった。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

映画のクライマックスのように叫んだ俺は猛スピードでゾウさんに駆け上がった。その瞬間、ゾウさんの天辺で誇らしく仁王立ちしている俺に眩い光が当たった。

「君は完全に包囲されている。大人しく降伏しなさい!」

公園の周りを囲んだ機動隊が俺に銃口を向けていた。どうやら身包み剥がされ全裸だったので通報されたようだ。

「たかが乞食一人にご丁寧なおもてなしですこと」

俺はたいそうな出迎えにお礼を言い、大きく息を吸い込んで叫んだ。

「社会主義万歳〜〜!!!!!!!!!!!」

機動隊員は激昂しマシンガンを俺に放った。
時が止まったようだ。弾丸がゆっくりと俺の方へ飛んでくる。もうすぐ俺は蜂の巣になる。
これでいい。
次の瞬間、俺の脳内に声が響いた。

「「チャンスが欲しいか?」」

エコーのかかったような声で話しかけてきたのは俺が立っているゾウさんの滑り台だった。眩い光を放ち俺に問いかける姿はまるで神のようだった。

「欲しい…欲しいんだよぉぉチャンスがぁぁ!!」

俺は咽び泣きながらせがんだ。

「「よかろう」」

ゾウさんはさらに眩い光を放ち辺り一面を包んだ。
目が慣れると俺は服を着ていた。頭から血も流れていない。なにがなんだかわからなかった。

「おい、さっさと肉まんよこせよトンマ」

その一声で全て理解した。目の前で肉まんを要求してきたこの男は俺が肉まんを横取りした男だ。
12時間前だ。12時間前に戻ったのだ。全て失う前に。

俺は全て取り戻したことを噛み締めながら肉まんを包んだ。そして俺は男に肉まんを渡した。

「遅えっつってんだよグズが」

今思い返すと恐ろしい。俺は目の前の悪態男のせいで全てを失いあんな思いをしたのか。鮮明に刻まれた苦しみが本当に最悪な気分だったよ。悪夢のような記憶はもう、消えることはない。
どうしてくれるんだ?

俺は男をナイフで刺し殺した。


ー完ー

作者 : 脳溶け夫



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