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短編小説「手品師と剣」

手品を学んで15年になるがいまだに指がとれかけるネタしかできない。路上で不完全な手品を披露しては失敗し笑い者になる日々に終止符を打つべく、俺は高層ビルに侵入し屋上から最後のイリュージョンの準備をしていた。一回も成功したことない空飛ぶ手品だ。

「さて、今世紀最高のイリュージョン、空中浮揚でございます、なんつってね。さよなら世界」

「ちょっと待ちなんし」

誰もいるはずのない俺の後ろからキンキンとした声が聞こえた。声の方に振り返ると、今時、着物姿の化粧の濃い女が一人立っていた。

「誰だてめぇ、キチガイか?」

死ぬ前の人間に怖いものなんてないんだ。

「あちきはセールスやってるもんでありんす。手品師とお見受けしたんで手品道具を買って欲しいでありんす」

高層ビルの天辺で全裸で飛び降りようとしている男のどこが手品師なのか。怪しい女なので念のために持ってきたアイスピックでケツ穴を突き刺そうとした瞬間、女はなにやら取り出した。

「これは切っても死なない剣でありんす。自分の体を切断しても死なない手品に使えるでありんすねぇ」

そんな剣この世に存在しないことは0.666秒で理解したので殴り倒すことを決めた。

「絶対に失敗しない手品道具でありんすよ」

次の瞬間、俺は揺らいだ。絶対に失敗しない手品道具。俺でも手品を成功させられるのか?

「オモシレェ。買ってやんよ。いくらだ?」

「74800円でありんす」

iPhone12と同じ値段だった。俺には1円しか有り金がない。

「と言っても金なんかないようなみすぼらしいなり してるんし、今回だけは特別に無料で差し上げるんし」

「え、いいの?」

思いの外、教育された気の利く女の可能性が浮上した。

「条件がありんす。この剣を使うときは必ず客がたくさんいるところで。注目されてこその手品でありんす」

「お安い御用だ」

二つ返事で俺は剣を譲り受け早速、路上で手品ショーを開いた。俺の失敗するところ見たさにたちまち暇な愚民が集まってきた。昨日までの俺とは違うっつーの。

「え〜今からこの剣で体を切りまくりますが私は死にましぇん!そんなイリュージョンでござりまする。」

俺は剣を取り出して思いっきり自分の首を切りつけた。その瞬間

「ぐごぎゃぁおょぁぁぁぁぁぁぉぉぉぁぁ!!!!!!!!!!!!」

首が切れて大量の血飛沫がスプリンクラーのように吹き出し民衆に降り注いだ。その民衆の中にさっきの女の薄汚い笑顔があった。俺ははめられた。騙されたんだ。このままでは済まさない。

「うぁわぉぁぁぉぉぉぁぁぁぃぇぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」

俺は最後の力を振り絞り、剣を女に投げつけた。
剣は上手いこと地面にバウンドして女の股間に突き刺さった。

「うきぃぃぇぃぇぁぁぁぁぁぁぁぇぉぉぉぉぇぉあぁぁぁ!!!!!」

女は股間から血とうんちを吹き出し絶命した。
勝ったんだ。やり遂げたんだ、俺は。

薄れゆく意識の中、俺は嫌になるほど青い空を見つめていた。きっと今なら空も飛べる。


ー完ー



書いた人 : 脳溶け夫

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