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今年の秋に発行した詩誌「アンリエット」。 ここにどんな詩が並ぶのかは具体的には言えな…
わたしが生まれるまえ ながいゆきみちで 暖を取るためにまだ若い母が燃やした手紙を けさも…
黴臭く重い半纏にくるまれてはいるものの、北風が木戸をゆらす明けがたには頰の冷たさにふと目…
家の近くに、だれも住んでいない古い木造の洋館が建っていた。屋根は雨に朽ちかけ、壁や柱の白…
今夜、はつゆき、 降るのでしょうか 窓のそと 静まっていく足音に 目と耳が吸い込まれ 冬にな…
ひとつの車輛のなかで いくつかの言語の息がささやきあう ねむたげな 真昼 長距離列車がよう…
振り返ったひとが もういちど振り返るのを恐れ わたしは振り返らずに別れたのか 振り返ったときにはすでにいなかったのか 決して忘れまいと誓ったはずの数々の歩行やささめきも 思い出せない 振り返ったひとなど最初から存在しなかったのか そうした忘却があったことすらしだいに忘れ やがて すべての記憶も 記憶する力をも失うとしても いつもと変わらない窓から聞こえてくる 鳥のさえずり 登校する子らの笑い声 信号機が点滅する合図 車道のクラクション そんな取るにたらない朝の粒子を 見
学生のころ ひと冬だけ イザベルの住む家で過ごした 石畳のうえで冷えたスーツケースを 部屋…
濡れた木陰に 雨雲の疱瘡のように浮かぶ うすあおい花の球体を たよりない明かりとして 神楽坂…
食卓に 花びらが落ちている ちる音を いちども聞かないうちに また夜になり アパートの 隣の部…
十年前には 花市がたち パントマイムに 歓声があがっていたはずの 広場には 飲みかけのペット…
自分の外側にいま存在する、何かのために、誰かのために、詩を書く、のではなく。 わたしが忘…
雨は めぐりあえない花を追うように 路地を濡らしていった 荷物を送ったあとの 畳の 水の匂…
木陰で 偶然ひろいあげた 果実ひとつぶんの充実 これは 時間をかけて集められた 雨音の 静けさのおもさ はかりしれない時間と距離から 静けさはもたらされるのだとすれば てのひらの 青梅を流れる水音も それに寄り添うひとの感情も 見えない流星ほどに 遠い場所から届くのだから いま見えている雨粒からも すこし離れ 遠さのなかで 思い出せばいい 白い上履きでどこまでも駆けていった はつなつの 喧騒を包んでもなお 抜けるような青だった真昼の しん、とした広がりを あの涼しい浮力