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大学授業一歩前(第146講)

はじめに

 今回は社会思想史がご専門の西角純志先生に記事を作成して頂きました。お忙しい中作成して頂きありがとうございました。是非、今回もご一読下さいませ。

プロフィール

Q:ご自身のプロフィールを教えてください。

A:専修大学で社会科学論と教養特殊科目の授業を担当している西角純志(にしかど・じゅんじ)です。専攻は社会思想史です。社会科学論では、アウシュヴィッツを思考する、をテーマにしています。教養特殊科目では、美的近代(モデルネ)がテーマです。
 大学院時代、現存社会主義が崩壊し、冷戦構造が解体していく状況を目の当たりにしました。その原因解明の思想的な手掛かりとして「西欧マルクス主義」の創始者、ルカ―チを研究対象に選びました。ルカーチを通して、ジンメルやウェーバーやマルクスを学びましたが、研究生活が長期にわたって続くにつれルカーチを研究する意義が次第に薄れてしまい、途方に暮れた時期が続きました。そんな中、2001年にアメリカの同時多発テロが発生し、エドワード・W・サイードの発言が注目されました。
 そしてサイードの「移動する理論」(Traveling Theory)という概念に着目し、単著『移動する理論―ルカーチの思想』(御茶の水書房、2011年)を出版しました。著書の反響は大きく、これを契機に明治大学で博士号を取得することができました。「移動する理論」とは、思想や理論が時代や場所、時空を超え、現代において転回=移動するという意味があります。

オススメの過ごし方

Q:大学生のオススメの過ごし方を教えてください。

A:私の大学生時代に比べ、現在、誰しも、インターネットやスマホを使用し、情報を得たり発信できる環境になりました。インターネットを使用すれば、海外旅行や留学の擬似体験をすることもできます。とても便利な社会になっていると思います。コロナ禍はいつまで続くか予想がつきませんが、時間の使い方は命の使い方に直結しています。社会人に比べて自由になる時間の多い大学時代ならではの時間の使い方をしてみては如何でしょうか。良書を集中的に読んだり、スポーツに打ち込んだり、一人旅をするのもよいと思います。古代ギリシアに「汝自身を知れ」という格言がありますが、様々な経験を通して是非「自分」を知って下さい。

必須の能力

Q:大学生に必須の能力を教えてください。

A:語学力と答える先生も多いかと思いますが、その前提となる好奇心・探究心だと思います。一つのことを納得のいくまでとことん考え抜くことが大切です。その積み重ねによってこの分野だけは誰にも負けないといえるほどの知見・知識を習得することができます。今日、インターネットの普及によって多くの知識がコストをかけずに容易に入手できるようになりましたが、情報の陳腐化は著しく早くなっています。情報が膨大であるがゆえに、真偽を確かめ、自分でしっかり考えることが極めて重要になってきています。
 それゆえ、鵜吞みやコピペのみで済ませるのではなく、歴史・思想・理論を体系的に学び、現代社会の様々な問題を「自分の頭で考える」力を身につけることが大切です。

学ぶ意義

Q:先生にとっての学ぶことの意義を教えてください。

A:学ぶことに楽しみや喜びを感じられるからです。時に新しい発見・発想やアイデアがひらめいた場合、最高の幸せを感じます。点と点が繋がり線となり、線と線が繋がり面となります。
 膨大な先行研究・資料のなかで自分の研究をどう位置付けるかが大切となると思います。最初は、誰しも模倣からはじまり、似たり寄ったりかもしれませんが、研究を進めるとまだ誰も手をつけていない未開拓分野に気が付くはずです。そこを徹底的に研究することです。

オススメの一冊

Q:今だからこそ大学生に読んでおいてほしい一冊を教えてください。

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画像は共同訳聖書実行委員会著・翻訳・日本聖書協会著
『小型聖書 NI44 』日本聖書協会。

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画像は倉野憲司校注(1963)『古事記』岩波文庫。

A:是非、手に取って頂きたいのが『聖書』です。日本でいえば『古事記』です。世界の成り立ちや人類の精神史を知ることができます。古典から学ぶことが大切です。
 今は、アニメや漫画でも分かり易く解説されています。西洋芸術、彫刻等はギリシア神話やユダヤ・ヨーロッパキリスト教が分かれば何倍も深く楽しむことができます。

メッセージ

Q:最後に学生に向けてのメッセージをお願いします。

A:大学時代をどのように過ごすのか、あるいは過ごしたのか、ということが後の人生に大きな影響を与えることは間違いないと思います。私自身は、学生時代、朝日新聞襲撃事件に遭遇し、ジャーナリストを目指し、朝日新聞や共同通信でアルバイトをしました。しかし、結果としてマスコミを選択せず、それを基礎づける学問を選択しました。ドイツやチェコ、ハンガリーで在外研究もしました。帰国後は、神奈川県で働きながら研究を続けてきました。
 そして、あの衝撃的な相模原殺傷事件に遭遇しました。事件の衝撃はとても大きく、「匿名」という規制線が敷かれるなかで犠牲者たちの「生きた証」を残す活動が注目され、幅広く報道されました。その研究成果が、『相模原障害者殺傷事件―裁判の記録・被告との対話・関係者の証言』(明石書店、2021年)です。2021年10月24日、刊行記念イベントを行いました。明石書店の Youtubeチャンネルにダイジェスト版を掲載していますので、是非アクセスしてみて下さい。


 幸運にも2022年度社会理論学会研究奨励賞を受賞しましたが、学生時代から学んできたことが開花したのだと思っています。文献の収集の仕方、分析の仕方、そして論文の書き方を徹底的に学んだことが今日において役立っています。また、人との出会いも大切です。「若き日に汝の造り主の名を覚えよ」(『伝道の書』:12-1)という言葉がありますが、学生時代の恩師、友人は今後の人生において一生の財産になると思います。

おわりに

 今回は社会思想史がご専門の西角純志先生に記事を作成して頂きました。お忙しい中作成して頂きありがとうございました。
 先生の著作『相模原障害者殺傷事件―裁判の記録・被告との対話・関係者の証言』(明石書店、2021年)は私も拝読いたしましたが、気付かない間に自分の中にある「根源悪」に飲み込まれていないかと、読後強く考えさせられた一冊でした。事件から既に6年が経過していますが、この事件が私達に訴えっかけているメッセージは片時も忘れてはならないはずです。




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