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イタリアそしてサッカーとの出逢い

小学生時代の私の夢は「プロ野球選手」「絵を描く人」


『ミラクルジャイアンツ童夢くん』と言うアニメを見ては弟と魔球を投げる練習をしていました。絵はたぶん父の影響ですね。

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その頃の先生が読んでくれた本で今でも覚えている好きな詩があります。
「のはらうた」と言う本に出てくる「おれはかまきり」と言う詩です。
理由はないけどなぜか気に入った詩。

みなさん、知ってますか?

そして、小学4年生の時
ある先生との出逢いで私の人生は大きく変わっていきます。

イタリアにある日本人学校で教師をしていた先生が担任になりました。イタリアの素晴らしさを毎日毎日聞きました。なぜか年に1回は家族で海外旅行をすると言う母の提案(父と結婚したときの条件?約束?)で海外へ行っていたのもあって、初めてイタリアと言う国に興味を持ちました。

国際志向の先生はクラスに外国人を受け入れたり、国際交流クラブを作ったり、日本の文化でもある俳句・短歌とか詩を大切にしていました。

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ちょうどその頃にサッカーというスポーツにも出逢いました
野球選手になるつもりでしたが、弟がサッカーをはじめたいと言い出し、その練習に母と付き添いで行った時のことです。

ある保護者が「あら、女の子がいるわ」

と言って私のところに来たのを今でも覚えています。

その後、「ちょっと待ってて」と言われ、

その保護者の人が戻ってきたのと同時に、私の両手の上にはユニフォームとスパイクの一式が置いてありました。

そして言い放ちました。

「週末試合なんだけど、人数が7人なの。後一人で成立するから来て!」

有無を言わせない感じでしたが、感情表現も薄い私は訳わからず...そして週末なぜか試合に行ってました(笑)行きたいと言ったのか、行ってみたらって言われたのか、覚えていません。感覚的には人助け的な感じだったのかなぁ。今考えると、練習もした事がないのにいきなり試合!?って思いますよね。

当日のコーチからの指示は
「センターサークル、あの真ん中の○(まる)わかるか?そこにいてくれたら良いから」
でした。

デビュー戦のビデオが残っているのですが、まぁ〜ほんとセンターサークルから一歩も出ていませんでした(笑)相手が蹴ったボールが数回体に当たっただけ…。

それがサッカーとの出逢い
そして今も、私の中で最も情熱を抱くものになっているのはとても不思議です。

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イタリアとの出逢いが1991年
サッカーとの出会いが1992年
運命ですかね?その頃にサッカーをしていた方はお分かりかと思います。

そう、Jリーグ初年度でもあり、イタリアセリエAが世界最高峰リーグだと言われていた年代です。イタリアに行きたいと思うのはまぁ当然ですよね。

そこから

「イタリアに住む」という私の計画(夢)が始まりました

七夕で短冊に書く願い事が
「ウォーターベッドが欲しい」から「イタリアに住む」へと変わった瞬間です。

私は小学5年生の時に、両親にあるお願いをしました。

私「イタリアに行きたい!」
母「おじいちゃんがあなたのために残してくれた大学への軍資金を使うわよ」
私「大学へは絶対に行かないから、そのお金で連れて行って」
母「わかった。それでイタリアに行こう!」

結果

連れて行ってくれちゃうんです(笑)私の両親の凄さはそこです。
しかも春休みに学校を少し早めに休んで、家族で2週間のヨーロッパ旅行。イギリス、フランス、スイス、イタリアを周りました。その時の旅行では、イタリアだけではなくいろいろな国をみて私が決められるようにと、イタリア以外も回ってくれたのですが、私はこの旅行の後に「イタリアに住む」と決めました

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こんな自分から喋らない私にも優しく接してくれていたクラスメイトや先生には感謝しかないですね♪この頃の私はそんなことにすら気付いていなかったと思います。そして改めて家族に感謝

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コロナの影響真っ只中...今日も良い一日をお過ごしください!

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