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金の麦、銀の月(11)

第十話 贈る言葉

日も少し暖かくなった三月、私たちは四年生の卒業式を迎えた。四年生は去年一年間、就職活動や卒業論文で忙しく、直接関わる機会はあまりなかったが、先輩方が制作に携わった文芸冊子は何度も読んでいたため、作家としての先輩方はよく知っていた。

編集社や新聞社など、物書きらしい職に就いた先輩もいれば、堀のように技術職に就いた先輩もいて、希望に満ち溢れた表情が垣間見えた。

文芸サークルでは文芸サークルらしく、旅立つ先輩方に後輩から言葉を送る。自分の言葉で贈ってもよいのだが、私はある小説の一節から贈ることにした。

あなたは望みの道を歩いてきたの。この道は、けっしてまっすぐではないのよ。あなたも大きなまわり道をしたけれど、でもそれがあなたの道だったの。─『果てしない物語』ミヒャエル・エンデ

先輩方はきっと、今までもたくさんの紆余曲折を経て、この卒業という日を迎えられている。これからも、たくさんの回り道をするかもしれないけれど、それは大きな夢や目標に向かうための一つのエピソードであり、いつか必ず先輩方それぞれの大きな物語が完成するはず。そういう思いを込めて、私はこの一節を送った。

先輩方の笑顔や涙を見ていると、私も四年生になった時、彼らのように大きな夢を抱え、力いっぱい飛び立てるようになりたいと心から願った。

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桜が散り始めた四月、私は二年生になった。

先輩になると同時に、新二年生の一大イベントでもある新歓行事が待ち受けていた。

お隣の演劇サークルでは、新歓公演の大道具作りが始まり、毎日トンテンカンと賑やかだ。

私達文芸サークルはといえば、これといって大きな催し物をする訳ではないが、新歓時期には常に存続の危機に直面するため、かなり気合いが入る。新入生を三人確保できなければ、翌年の廃部リストに入ってしまうのだ。そして、その重責を担うのが私達新二年生という訳だ。

私と掘を含めると、新二年生は五人いる。文学部所属の二人、春日部さんと松下さんはしばしば講義で合うので顔と名前は一致しているが、新歓行事以外でほとんど話したことは無かった。そしてもう一人、唯一の男子である阿部くんは途中入部のため、まるで話したことがなく、今回の新歓の顔合わせで初めてまともに顔を合わせた。

ぎこちない自己紹介から入り、題目を黒板に書いたところで、話が完全に途切れてしまった。堀は元来人見知りのため、なにか言いたそうにしては口ごもっている様子だ。私も初対面で話すのは苦手で、なかなか話出せずにいた。ほかの三人も下を向いてしまっている。

この状況をどうしようかと必死にぐるぐる考えていると、堀が何かを決心したように顔を上げた。

「な、なにかイベントみたいなのやれないかな…?」

すると意外なことに、ほかの3人もうんうんとうなづいた。私も堀に頷いたところで春日部さんが遠慮がちに口を開いた。

「…私もビラ配りだけじゃなくて、なにかやりたいなって思ってた。」

静かに頷いていた阿部くんは眠たそうな目を一層細めると、私の方を見た。

「ビブリオバトルをアレンジした、ゲームみたいなイベントとかできないかな。」

それ楽しそう、と松下さんも頷いた。阿部くんの意見を皮切りに、イベントの構想はどんどんと膨らんで行った。

そして、1時間の話し合いを経て、今年の新歓行事では理系vs文系の公開ビブリオバトルを行うことになった。

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※ヒブリオバトル…参加者同士で自分の気に入った本を持ち寄り、その本の魅力を紹介し合う書評ゲーム。

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◈主人公◈

中原美月(なかはら・みづき) 
26歳 会社員・作家
ペンネーム 月野つき
大学時代のサークル 文芸サークル

佐野穂高(さの・ほだか)
27歳 作家・ライター
ペンネーム 穂高麦人
大学時代のサークル 演劇サークル

◈登場人物◈


18歳(当時)
工学部
所属サークル 文芸サークル
趣味 ゲーム

春日部さん
18歳(当時)
文学部
所属サークル 文芸サークル

松下さん
18歳(当時)
文学部
所属サークル 文芸サークル

阿部くん
18歳(当時)
理学部
所属サークル 文芸サークル


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