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金の麦、銀の月(14)

第十三話 曇天

図書館から一歩外に出ると、どんよりとした雨雲が空一面に広がっていた。今にも雨が降りそうな様子に、みんなは眉をひそめた。

「傘もってきてないのに…。」

春日部さんが小さく漏らすと、松下さんが慌ててカバンをのぞき込んで安堵の表情を浮かべた。

「さくら、大丈夫。私折り畳み持ってるから。」

私の隣に立っている堀はカバンから大判のタオルを引っ張り出すと、頭の上からかぶって見せた。

「みづきは傘持ってる?私はここから近いし、走って帰るよ。」

うん、と頷くと堀は安心したように眉を上げ、阿部君を振り返った。

「阿部くんは大丈夫?」

堀の問いかけに、阿部くんは全く問題なしと言わんばかりに右手に傘を掲げた。みんな濡れずに帰れそうだ。うんうん、と頷いて堀はそれじゃと軽く挨拶をすると走って帰っていった。春日部さんと松下さんは寮の方向へ、阿部くんは最寄りの駅にそれぞれ帰っていった。

私の頭の中はぐるぐるしていた。

___このまま、二人が出てくるのをこっそり待っていようか、そしてその後をつけて…。

などと考えたが、良心には勝てなかった。私は首を振ると、家とは間反対の方向へ歩き出した。バイトまで時間があるが、家に帰る気力はなかった。近くのカフェで、執筆しようか___。

そう考えながら歩く間も、カフェでパソコンに向かう間も佐野先輩とあの女性のことが頭から離れなかった。

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バイト先に向かうと、今日は館長と二人店番の日だった。私はチケットを切りながらあることを思いついて、タイミングを見計らっていた。二十時の開演ブザーが鳴り終わったところで私は、それとなく館長に尋ねてみた。

「館長。この時間によく観に来る、きれいな女性の方いらっしゃると思うんですけど、いつごろから来られてるんですか?」

普段お客さんについて尋ねることはほとんどないため、館長は眼鏡のフチを触ると物珍しげに眉を上げ、んんっと思い出すような仕草をした。

「きれいな女性…。あぁ、あの、色の白い華奢な子か。うん、たしか、二年前くらいからじゃなかったかな。初めて来たとき、大学生言うとったから、おまえさんと変わらん年ごろじゃないかね。」

私とほとんど年が変わらない、ということに衝撃を受けた。少なくとも、二十五、六歳にならないと纏えないような雰囲気があの女性にはあった。もともと顔覚えの良い館長ではあるが、彼女の美貌はやはり人目を引くのだろう。館長は、何か思い出したのか言葉をつづけた。

「ああ、そうじゃそうじゃ。つい三カ月前ほどに、ひとり人を連れて来て見に来たわ。友人か、同級生かわからんが、えらい楽しそうでな。いつも泣きそうな顔して来るから余計にそう見えたんかもしれん。」

その友人か同級生は男か女か、と聞くことはできなかった。私は半ばうわの空で相槌を打つと、すわっていた椅子の背もたれにもたれかかった。

心がどんよりと重かった。

きっと、その友人というのが佐野先輩だったのだろう。私の直感がそう言っていた。



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‎◈主人公◈

中原美月(なかはら・みづき) 
26歳 会社員・作家
ペンネーム 月野つき
大学時代のサークル 文芸サークル

佐野穂高(さの・ほだか)
27歳 作家・ライター
ペンネーム 穂高麦人
大学時代のサークル 演劇サークル

◈登場人物◈


18歳(当時)
工学部
所属サークル 文芸サークル
趣味 ゲーム

春日部さん(春日部さくら)
18歳(当時)
文学部
所属サークル 文芸サークル

松下さん
18歳(当時)
文学部
所属サークル 文芸サークル

阿部くん
18歳(当時)
理学部
所属サークル 文芸サークル

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