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金の麦、銀の月(10)

第九話 夢を見つけるその日まで

年が明け、長い春休みを迎えた私は充実した日々をおくっていた。

サークルはと言えば、春休みの初めの方に一度集まっただけであとは四年生の卒業までは自由に過ごすようにと言われた。そもそも個人の趣味として執筆をしていた人の集まりでもあるため、文化祭や合宿以外にサークル員みんなで何かをするというイベント事には乏しかった。

私はと言うと、四ヶ月の間に貯めたバイト代で、堀と共に足繁く劇場に通った。堀の家が街の中心地に近かったのもあり、私は劇場に通う度に堀の家に泊まり、夜を更かした。堀はかなりのゲーマーで、宿泊代と称してよく相手をさせられた。器用とは言えない私は九割方負けるのだが、負けん気の強さだけは一人前で、堀はそれを面白がった。

家を空けることが多くなった初めの頃は、母は私のことをひどく心配していたが、短大を出た父は大学生はそんなもんだと意外にも笑って許してくれた。

化粧が濃くなるわけでもなく、堀の家に泊まった次の日には必ず午前に帰っていたのもあり、母も安心したのかしばらくすると快く送り出してくれるようになった。

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そんなある日、ふと堀に将来の夢について尋ねてみた。学部も違う堀とはそういえば、そういった話はしてこなかった。

「ん〜、今のところ研究者かな。院まで行って、大手企業の研究職に就くのいいなって思ってる。」

普段文学や芸術の話ばかりするのもあり、彼女がリケジョであることはことある度に意外だと驚いてしまう。思わず、かっこいいと口走ると堀はイヤイヤと笑って首を振った。

「本気でそれ目指すってなると、来年からは勉強一本にしないといけなくなるし、でもサークルもバイトも続けたいし、正直決めかねてる。…美月も寂しがるしね。」

私は確かに、と真面目な顔をつくって頷いた。
それを見て笑った堀は私にも同じ問いを投げかけてきた。

「美月はやっぱり小説家目指すの?」

私は一度頷いたが、自信は全くなかった。

「小説家になりたいけど、現実考えると…。んー、私もまだ決められないって感じかな。」

堀はうんうんと頷いてくれた。

「ねー。まだあと三年は勉強するわけだし、そのうち夢もまた変わってくるんじゃないかな。」

私も堀の言葉に頷いた。小説を書くための見聞を広めるために大学進学を選んだ私は、小説家以外にこれといってなりたいものはなかった。サークルに入ったことで、小説家になりたいという気持ちがさらに大きくなっているのも事実だ。

___夢を叶えたい。

それが私の本心ではあるけれど、そう言って夢を叶えてきた人はどのぐらいいるんだろうか。

そうやってふと考えこんだ隙に、画面内の私は堀に倒された。あーっと声を上げた私を見て堀は笑う。NEW GAMEを読み込む間に、堀は画面を見つめたまま私に話しかけた。

「もしかしたらさ、私ら明日夢が見つかるかもしれないし、二年生になってもっと大きな夢が見つかるかもしれないじゃん? そうなったらこうやって二人で夜更かしして遊ぶってことも出来なくなるかもしれないって考えたら、私は寂しすぎるからこの春休みは全力で美月と楽しいことしたいんだよね。」

その堀の言葉はこの上なく嬉しかった。私はよしっと気合いを入れると、しっかりとコントローラーを握り直した。相変わらずゲームは弱いけど、堀と笑い会う時間は最高だった。

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◈主人公◈

中原美月(なかはら・みづき) 
26歳 会社員・作家
ペンネーム 月野つき
大学時代のサークル 文芸サークル

佐野穂高(さの・ほだか)
27歳 作家・ライター
ペンネーム 穂高麦人
大学時代のサークル 演劇サークル

◈登場人物◈


18歳(当時)
所属サークル 文芸サークル
趣味 ゲーム


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