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人事の心構え(クローズアップ現代+のワタミ特集)

今回の内容は非常に厳しいものとなります。願わくば、みんなが幸せで涙に暮れる人がいなくなることを望みます。しかし現実は厳しく、そして綺麗事では片付きません。

令和3年1月22日のNHK番組「クローズアップ現代+」であのワタミグループを特集した回が放送されました(タイトル『岐路に立つ居酒屋 雇用と日本型ビジネスの行方』)。

心苦しいながらも、人事屋さんとしては共感せざるを得ない内容でした。ブラック企業として悪名高い同社ではありますが、正規雇用をしっかり守る姿勢はトップとしてあるべき姿です。センシティブな事柄だからこそ、感情的にならないように、同番組を参考にしつつ、人事屋の心構えをお話したいと思います。

参考(NHK番組HP

番組概要

コロナ禍において大ダメージを受けた飲食業界は厳しい局面に立たされています。テイクアウトを始めるお店や中には時短要請に異議を唱える会社など生き残りのために何ができるのか、をそれぞれ模索する日々が続いています。

ワタミグループも例外なく、生き残り戦略を迫られ、同社渡辺会長は、居酒屋の店舗を焼肉屋さんに転換するという一大決心をしました。「経営者人生、最大の勝負」と述べているとおり、全国の実に1/3の店舗を焼肉屋へと変貌させました。

また、こうした居酒屋業界が隆盛したバブル期には、学生アルバイトや主婦のパートさんなど安価な労働力に支えられて、安くて美味しいメニューの提供を実現してきた過去があります。しかし、コロナ禍での接客は非常にリスクが高く、お客さんの立場からすれば敬遠されてしまうこともしばしばあるでしょう。そこで第二の手法として、業態変換した焼肉屋さんのアルバイトさんの代わりにAI搭載のロボットを導入したというのです。

同番組におけるこの場面のやりとりを引用します。

※本記事冒頭の参考ページより

ディレクター
「活躍しているのが、このAIロボットですか。」
ワタミ会長 渡邉美樹さん「時給は300円ですけど、よく働いてくれています。」
ディレクター
「じゃあ、人の雇用ってどうなっちゃうのかなって。」
渡邉美樹さん
「アルバイトさんに、大体8割ぐらい頼っていた業態です。そのアルバイトさんのところは申し訳ないけれども、ひかせていただいて、社員の2割のところは確実に守っていく。」
ディレクター
「大学生とか主婦とか、ワタミでパートやアルバイトで働いてきた、生活をなりたたせてきた人は、これから期待できない?」
渡邉美樹さん
「その部分の今まで何千人、何万人雇用していた部分が厳しくなっているのは現実です。ただまずは、社員を守りたい。われわれ居酒屋業界は追い詰められているので、それは本音です。」
しかし、正社員の雇用を確保していくことも容易ではありません。

このように、AI搭載ロボットの導入により、これまで接客や提供を支えていた"非正規雇用の人件費をカットすることで正規雇用を守る"という姿勢を明確に打ち出しました。やりとりが実に生々しいですよね…。

番組の概要をかなりかいつまんでご紹介いたしましたが、皆さんはどう思われましたか??

日本型ビジネス(=日本型雇用)とは

さて、渡辺会長の言動に対する評価の前に、まずは日本型雇用や日本の労働市場における特徴などについてご説明をしたいと思います。番組の副題に「日本型ビジネスの行方」とあるのは、経営者に話を聞いている構成上、居酒屋業界(飲食)に軸足を置いているのだと思われますが、大局的には業界を抜きにして考えても差し支えないものだと言えるでしょう。すなわち、私が挙げた日本型雇用や労働市場の特徴が今後どう変化していくのか、がテーマにされている訳です。

その証拠に、我々サラリーマンにあっても、テレワークにスムーズに移行できた若い世代と"会社に行くことが仕事だった"世代が明確に切り分けられてしまい、それはこれから述べる日本型雇用の弊害が如実にあらわれていると言っても過言ではありません。

コロナ禍において、かなり如実に日本型雇用のデメリットが強調されるようにもなりましたが、その具体的な内容はどのようなものでしょうか。

キーワードを並べるならば、"新卒一括採用主義"を基軸とした"メンバーシップ型"の仕事の仕方であり、その結果"終身雇用"が約束されているという特徴があります。これらのキーワードは一体不可分の仕組みと言えるため、「ジョブ型を導入しよう!」とか「評価制度は成果主義にするんだ!」などの部分的な対応で解決できる問題ではありません。つまり、新卒をまとめて採用することにより社員を補充し、社内教育やジョブローテーションにより、その会社の一人前に育て上げる(=終身雇用)ことで労働力を安定的に活用できる仕組みが確立されているのです。

この仕組みは高度経済成長期には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と欧米から称されたほどでした。市場が拡大を続け、社内の人口ピラミッドも三角形を維持している段階にあっては、これほどシステマティックに会社の成長を支える仕組みにぴったりなものはなかったのかもしれません。多くのゼネラリスト社員がいるため、どの部署どの仕事でも社員の個性に依存することなく業務を遂行することができたのです。

キャリア志向は持たなくても良かった

別の角度から日本型雇用の説明をするならば、「自分のキャリアは会社任せ」と言うこともできます。つまり前項を換言すれば、新卒として入社したまっさらな社員は"終身雇用"と引き換えに、自身のキャリアステップの一切を"会社に委ねて"いるに他なりません。

良く比較される欧米の「ジョブ型」とは、労働者自身のジョブやスキルに対して会社が値段を決めることを指します。ですから、当然結果を求められます(成果主義)し、自分の能力は自分で磨いていかなければいけないことからも終身雇用などあり得ない発想になります。

日本型雇用においては、自身のキャリアアップに対する意識をそもそも高める土壌がありませんし、むしろ会社が望む色合いに社員を染め上げていく文化を考えると、極端な話、業務に関係のない英語を学んだり資格を取るなどは時間の無駄であって、それよりも会社の風土にどれだけ自分を重ねていけるかが重要となっていました。これこそが「24時間働けますか?」や会社に行くことが仕事になっている人たちを産んだ要因なのです。

非正規雇用は労働力の調整弁

終身雇用を支える日本型雇用の特徴の一つとして独特な賃金カーブが挙げられます。若いうちは「報酬<労働」となりますが、年齢を重ねるにつれて「報酬>労働」とカーブの傾きが急になっていきます。これは働く男性と家庭を守る妻というステレオタイプや子の大学進学や親の介護のタイミングを加味したまさに日本オリジナルの特徴と言えます。

しかしこれでは景気停滞時には困ったことが起こってしまいますよね。つまり、終身雇用という「労働力の流動性」を著しく阻害する要因がある一方で会社の業績は停滞ないし低下していくとなると、中年社員の人件費が圧迫し、これまで同様の新卒採用はできなくなります。さらに部門閉鎖をしても仕事ではなく人に給与体系が張り付いているため、人件費自体を下げることはできずに、手持ち無沙汰社員が増加するという事態も起こり得ます(リストラを除いた場合)。

そこで会社は人件費をどこでコントロールするかと言えば、標題のとおり「非正規労働者」に頼らざるを得ません。労働基準法上でも正社員の地位は非常に強く守られていることもあって、使い勝手(言い方悪いですが)の良い非正規労働者を必要な時には雇い、苦しい時には切っていく、このようにして会社は人件費をコントロールし存続しているのです。

渡辺会長の手腕

それでは、日本的雇用や労働市場の特殊性を踏まえた上で、番組を振り返ってみると渡辺会長の手腕は目を張るものがあると感じました。ズバリ、枠組みと仕組み両面からの経営改善アプローチです。

枠組みとは居酒屋を焼肉屋に変えたこと、仕組みとは従業員をロボットに置き換えたことを指しています。

単純な話として、売り上げの中から材料費や人件費等々の費用を捻出していく訳ですが、人件費をいくら削ったところで売り上げがなければジリ貧ですし、だからと言って売り上げを維持するもしくは上げるためには当然人件費というものがかかってきます。これを一挙に解決した方法が上記の枠組みと仕組み両面からの経営改善アプローチなのです。

渡辺会長は、焼肉屋へ転換した理由を2つ挙げており、それは

①来店目的の違い

②市場の縮小

この2つです。

簡単に言ってしまえば、これからは市場が縮小していく中にあって、何となく一杯やるためのお店よりはご馳走感のある「焼肉を食べたい」という思いを持つ客層を確実に獲得していくということでした。市場全体が狭くなることを見越して、実はターゲットを絞り込んだ妙手であると感じました。

万人受けではなく、コアな深いファン獲得を狙う戦略と同じ発想ですね。

次に、ロボットへの人員代替案ですが、こちらはコロナ禍におけるお客さんの不安を取り除くという大義名分の元で、やはり労働力の調整弁として非正規労働者の人件費をカットしたというのが実際でしょう(現に「まずは社員を守る」と明言しています)。

しかし、厳しい言い方をするようですが、お客さんからしてみれば、店員さんが正規雇用か非正規雇用かというのは関係のない話です。美味しいものを安心して食べることができればそれで良いのであり、渡辺会長のロボット代替案も一挙両得の妙手と言わざるを得ません。

このように全体で見ても、ワタミの取り組みは売り上げ増と人件費カットをうまい具合に狙った生存戦略を打ち出したものと言え、経営者としての手腕はやはり高いものがあると思われます。

人事の仕事はエグい

ここからは私の感想がメインとなります。また私自身正社員なので、どうしても渡辺会長寄りの考え方になるのは否めませんし、非正規雇用で辛い思いをされている方からすれば、ふざけるなという内容かもしれません。

しかし人事屋の仕事は時として本当にえげつないことも考えながら行っていかなくてはならないのです。あくまで経営者の手先として働いている訳ですが、やはり経営者感覚や目線というのは大切で、誰を優先して守るのか、どこを切り捨てて生き残るのか、と葛藤しつつも明確に答えを出していかなければなりません。特に渡辺会長のようなワンマンであれば、己の強い意志一つでなんとかやっていけるでしょうが、普通の会社であれば、人事戦略の提案や実行は人事部の最重要マターとなります。

このクローズアップ現代+を受けて、「非正規雇用は守らなくて良いのか!」「なぜ正社員ばかり守られるんだ!」という意見も出ています。心情的には私も同じ思いを持っています。しかし、渡辺会長の言動に対して、一人の人事屋として抱いたのは、非常に合理的かつ無駄がないな、経営者として頼もしいなという感情です。

ここにおいて、「非正規雇用のお前が悪いんだ」とか「俺は就活頑張ったんだ」などという狭隘な感情論や無意味な強者の理論は一才必要ありません。コロナ禍という未曾有の事態をどう乗り越えていくのか、そこには非情な決断が必要なのです。

自分が非正規じゃないから?

自分が困っていないから??

確かにそうかもしれません。しかし人事屋に求められているのは、かわいそうな人たちに同情することでも、自分の仕事を卑下することでもありません。組織の半永久的な継続にどう貢献するかを考え、最適解を実行することです。それが営業なら死に物狂いで案件を獲得するでしょう。開発部なら新商品開発に昼夜も忘れて没頭するかもしれません。私たち人事屋は、人件費の抑制をする他にないのです。たとえ、非正規労働者を雇い止めしてでも。

ほんと、人事の仕事ってエグいですよね。

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