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漫画『チェンソーマン』の感想(序盤のネタバレのみあり)

漫画『チェンソーマン』を読んだ。

理由は些細なもので「人気作でかつ極めて評価が高い」というものである。
私は機会があれば小説を書きたいと考えているので、
価値が高い評価されている作品は”読まなければならない”。

似たような理由で数年前に『ダークナイト』を見たりもした。

さて、結論から言えば「似た作品がなく、
画力と構成にスキがない作品」とはなる。
ただし人は選ぶ。

作品の立ち位置は王道の物語と邪道の物語の間の「混沌とした物語」だと捉えている。

具体的に考えてみよう。
王道の物語は良い身なりの生まれの主人公が、
順当に活躍に順当にハッピーエンドを迎えるものである。
これを王道とする。

これに対する邪道は、ちょうど先程紹介した『ダークナイト』が近い。
いわゆるダークヒーローものである。
彼らは王道ものと違い、世間的に評価はされない。
主人公は社会の敵にも近い存在だが、
実は社会に強く貢献している……というタイプの作品だ。

『チェンソーマン』はこのどちらでもない。
これがまず面白い。
主人公は悪魔との合体?で生まれた、いわゆる人外、
超能力を持った存在である。
合衆国のスパイダーマンや日本の仮面ライダーのように、
この手のキャラクターは悪と立ち向かう「ヒーロー」になるのが普通である。

しかしチェンソーマンの主人公は「普通の生活」を目指し、それをすぐに手にしてしまう。
「ジャムの塗ってあるトースト」が主人公の当座の目標で、
これは流石に物語序盤に達成される。
されてしまう。

以降も主人公は「世界を救う」とか「自分を生んだ組織に復讐する」のような大きい目標を持たない。
自分と同じ人外の怪物「悪魔」を倒す動機は、
異性の胸を揉める、異性とキスをできる、ぐらいの達成できそうなものである。
そして、案の定すぐに達成される。

流石にこれで主人公も「夢は追い求める間が一番楽しくて、夢が叶うとむなしく思えるのではないか」と落ち込むが(胸を揉んだだけならそうだろう)、
その後も三大欲求(食欲・性欲・睡眠欲)に忠実に物語は進んでいく。

ただし主人公の周りの環境はだいぶシリアスである。
主人公が所属する公安は悪魔退治を有する組織であり、
多くの構成員(デビルハンター)は悪魔への復讐を誓って働いているという。
そこへ来て、主人公は己の欲望に忠実なのである。

王道でも邪道でもない、しいて言えば「混沌の物語」と呼べそうである。
大きな目標はない。世界を破滅させる巨悪はいない。
主人公は世界を救わないし、おそらくそういう展開にならないだろうという形で物語は進む。

唯一、序盤から顔を出すいかにも悪役な「銃の悪魔」は珍しく世界に強く影響を与える。
出現するだけで何万という人間が死に、しかも世界中がこの悪魔の被害に遭っているという。
しかしこの悪魔退治も、美人上司が「なんでもいうことを聞く権利」と引き換えに主人公は目指すことになる。
ここでいうなんでもいうことを聞くは、けっこう露骨に性行為を示していて、主人公の目標はこの辺に収まっている。

逆に、周りの環境が主人公の目標に対して「大きすぎる」ことが最初から違和感として残るだろう。
1-2巻の段階で、すでに偶然遭遇したはずの悪魔は主人公の心臓を求めていることがわかる。
作中では「主人公は悪魔と合体した珍しいケース」という線で進むが、明らかに状況と釣り合っていない。
このように、かなり早い段階でわずかに読者に違和感を持たせる非常に上手い作りになっている。

なぜ上手いか? 後半でこの辺の違和感をしっかり伏線として回収するからである。かなり緻密に作られたようで、物語上の「無駄な語りや人物」がほぼいない。後半の盛り上がりは圧巻の一言。

という風に、文章で説明するとけっこう退屈に聞こえるかもしれない。
私としては序盤-中盤をヒーローでもダークヒーローでもない、
”一般人思考の超人”として描き続けた点がまず凄いと考えている。
冒頭でも書いた通り、だいたいはヒーローかダークヒーローになってしまうものなのだ。

あるいはヒーローそのものをあざ笑うコメディとして成立する方がはるかに楽だ。
具体例。

しかし『チェンソーマン』はコメディではない。
ヒーローをあざ笑うパロディ作品でもない。
”全体として”シリアスで、主人公が俗っぽい、
広義のヒーローものということになる。
-ただし類書はない-

人を選ぶと書いた箇所は、この俗っぽさの部分である。
主人公が異性の胸を揉むために命を賭けることに共感できるかというと、
だいぶ難しいと考えている。
作者が主人公にどれぐらい共感していたのかはけっこう気になる所。
なので、この「ノリ」が嫌だという人はそれなりにいるだろう。

「読む価値があるか?」と質問は当然Yes。
ただし↑で書いた「好み」が邪魔をするなら当然楽しい読書体験にならないだろう。

ただし、少なくとも娯楽というものに関心がある人には読むよう勧めておく。
すでに書いたように、こういうタイプの作品はまずない。
それでいて、伏線回収や物語の進行、画力と全体としてスキがない。
特に物語を書く側の人間なら、
「ここから一体どう盛り上げるのか?」という部分で大いに参考になると考えている。

特に伏線。
主人公の相棒(バディ)になる血の悪魔パワー、
その命名を特に疑わなかったが、後半ではうなずくしかない。