コラム 「ヒ。〜肥料の必要性について」
もしも無肥料で普通にたくさん収穫できたら、お財布にやさしい栽培になるはずです。リジェネラティブ農業の実践者は肥料を入れないで土を豊かにすると言います。無肥料栽培に挑戦するにあたって、肥料について改めて学んでみました。
栄養がないと生きていけない
NPKなどの話は最後にして、まず考えるべきなのは必要な時に、必要な量の栄養素が、植物が吸収可能な形になっているかです。
仮に肥料が不要だとしても、生きるために栄養が不要な生物は存在しません。化学肥料が環境に良くないと考える自然派の人が気にかけているのは、必須栄養素の窒素・リン・カリ・マグネシウム・カルシウムや微量要素をどうやって天然のものに代替・供給するかでしょう。
一般的な畑での栄養素の供給源は以下のようなパターンになると思います。
1・人が施した肥料や堆肥
2・栽培地に残る未利用の肥料分
3・動植物・昆虫や菌類の活動、その死骸
4・雨や河川水
植物の気持ちに寄り添うなら、十分な栄養があって生長できて、子孫を残せるなら、栄養源の由来が有機・無機・天然・化学のどちらでも植物は良いはずです。
結局、有機物も無機化されて吸収される訳ですから。
肥料から考えるのはいったん傍に置いておき、それぞれの作物の植物生理をきちんと理解する所から始めましょう。
無肥料と水耕栽培から見えたもの
以前、鉢植えに単用土で無機肥料をあげた場合を100%とした収量の比較テストをしてみたところ、無肥料だとキュウリでは約5%、ナスで約20%とかなり厳しい結果でした。弱々しい体で精一杯小ぶりな実をならしましたという感じで、野菜に謝りたい気持ちが溢れてきたのを覚えています。一方で水耕栽培は土がなくても、有機物がなくても、じゃんじゃん大量に実ります。
コシヒカリ meets 松島理論
そうなると養分不足で失敗しないように、常にたっぷり栄養分をあげとけば良いんじゃないのと思えてくるのが人間の心理ですが、ここには罠があります。
コメの増収技術を追求した松島省三さんという方をご存知でしょうか。水稲は日本の食文化の根幹となる重要な作物で、栽培の歴史も古く、その植物生理は多くの研究者により詳しく研究されています。
その水稲で松島さんは実証試験を重ね、どの時期に窒素が効けば収量が上がるかを明らかにした方で、不要な時期に窒素を切ることで茎の伸長・分げつ数や登熟度合いをコントロールし、倒伏を減らすといった、美味しいが倒れやすい特性を持つコシヒカリで多収量を実現する現代の施肥体系の基礎になるV字型稲作理論を作り上げています。
メリハリの効いた精緻な施肥設計(ないし一発型肥料の設計)の元になっている理論であり、適切でないタイミングの窒素は収量面でマイナスに作用するということが明らかになりました。
有機農業が難しいとされるのは、緩効性の有機物オンリーだと無機化のコントロールが難しいので、栄養要求のタイミングがシビアな作物相手だと栄養過剰・不足状態が続きやすく、悪い要素が収量結果に露骨に反映される点だと思います。
私たちはとにかく地力を蓄えることに目が向けがちですが、地力があれば全て良しなのではなく、それぞれの植物の栄養要求に目を向ける目線が大事なのだと改めて気付かされました。
ぶちあたった無肥料のカベ
鉢植えではなく、畑での無肥料栽培はどうなのでしょう。
炭素供給原理主義の方、残留した化学肥料が自然な栄養循環を妨げる毒だという方、糸状菌が都合よく植物に栄養分を補給してくれると提唱する方もおられますが、肥料分を無機化してくれる菌はどこから栄養を得て植物へリレーしているのでしょうか。どれも肥料をどうするのか目線で、植物にとっての栄養は十分に足りているのか疑問が湧きます。
論より実証ということで、実際に無肥料栽培にチャレンジしてみました。畝を一本にした後の、元々畝があった場所にコーンを植えてみました。前作は冬作の大麦とホウレンソウ、種まで含む残渣をそのままにしており、地中や地表には結構有機物があり、不耕起・施肥なしの状態です。
結果は生育ムラが発生し、近所のコーンの育ち方と比較しても遅く、明らかに窒素が足りないことが窺える状況になりました。
土づくりが足りないから、、、土壌が整っていないから、、、言い訳は立てられるかもしれませんが、この結果が全てです。植物がハッピーそうに見えません!!
リジェネラティブ農業の本(邦題:土を育てる/NHK出版)で有名なゲイブ・ブラウンさんの農場のウェブサイトの写真を見ると、牛の足元が隠れるような高さにボウボウに草が生えたところに放牧しています。物凄く大量の草による有機物供給と家畜フン(体内微生物や消化物のカスといった窒素源)がある環境がないと無理かもしれません。
雑草に含まれる無機栄養分の研究があり(小野ら 1969)、私の菜園に生えている雑草を肥料代わりに使えないか検討した中ではツユクサがT-N4%、P1.5%、K8%、他にケイ素やMgなども含まれ肥料代替素材として面白そうだったのですが、無機化率・生草換算での必要量を考えると、このような無肥料栽培をいくら続けていても絶望的にバイオマスの量が足りません。
たくさん収穫があるという事は、窒素固定をしている以上に圃場外へ持ち出ししているという事です。
果菜類では特に顕著で、後作を考えて病気が広がらないように残渣を圃場外へ持ち出せば、栄養素ベースで収支の赤字拡大です。
化学肥料ゼロで作りたいのなら足し算が必要という事です。
これはコーンなどを大きく育てたい場合のお話ですが、毎年の収穫や栽培で消費する以上の養分を供給する有機物が生産されるような生態系(草ぼうぼう)への遷移を促すか、人為的に他所から多量の有機物を入れること(これは自然栽培なのか?)をしないとうまくいかないだろうというのが実際に無肥料栽培をやってみた感想です。
低費用・低労力の施肥方法はこれだ
我が家の栽培環境では、必要な栄養素を満たすだけのバイオマスを投入できなさそうなことがわかりました。次は必要最低限に肥料コストを抑えつつ、有機物や栄養素を供給する方法を探る必要があります。
結論から言うと、土づくりにかける時間とコストを考えると、最初から腐植分が含まれる堆肥と必要最低限の肥料をワンセットで組み合わせて使うことが、現状での家庭菜園のコスパ面での最善手だと思います。
少量の養分を途切れずに有効活用出来る状態を作り出せれば十分です。
肥料を狙ったピンポイントで効かせられ、バッテリー効果のある腐植質が微生物を増やし、肥料成分の流亡を減らし長く無駄なく栄養素を使えるメリットが発揮されるからです。最近は混合堆肥複合肥料や指定混合肥料といった便利な肥料がホームセンターで簡単に手に入るようになりました。
「堆肥と肥料って普通だろう」と思った人もいるかと思いますが、栽培に慣れてくると腐植を毎年しっかり入れるのがだんだん億劫になってきます。プロ生産者でさえも堆肥を入れなくなってきているのが日本農業の現状です。
ベランダ栽培などで匂いがある家畜堆肥が使いにくい場合や雑草堆肥などが手に入らない人はバーク堆肥などの植物質が多く含まれるペレット状の濃縮堆肥が便利だと思います。乾燥させてあるので、少量でたくさん堆肥を撒いたのと同じ効果があります。
ピンポイントで栄養を与えたい植物の葉やツルの先がくる位置(=根の先)に穴を作って、そこに肥料を入れる穴肥のスタイルであれば、少ない量で済み、無駄に土を耕さなくてもよくなります。
最後におまけで肥料の選び方の話をします。ホームセンターに行っても種類がたくさんありすぎて選べない人もいると思います。
こんな時は作物毎にアミノ酸合成に不可欠な窒素の必要量が違うので、窒素成分量をメインに考えて元肥・追肥を選ぶと良いです。
根を伸ばすのに重要なリン酸は土壌の金属と結合するので、たくさん入れても意味はなく、むしろ必須金属欠乏症の原因となります。言い方を変えれば、園芸作物を作る畑だと既に土壌中に過剰に存在する傾向があるので抑え気味で十分です。追肥はゼロでもいいくらいです。
家庭園芸用のリン高の山型肥料が売られているのをみると、一般の園芸家が花や実にはたくさん必要だと肥料メーカーに信じこまされている状況が伺えます。
カリは贅沢吸収と覚えておけばよく、沢山まいても過剰症が出にくいため、これも気付かないうちに畑に過剰にある傾向です。生育後半に必要量があればいいので、抑え気味で十分。
カルシウムとマグネシウムは土壌の酸度調整に苦土石灰を使ってる方が多いと思いますので、これで十分足ります。
いわゆるL字型の肥料設計(高N-低P-低K)のものを選び、必要な窒素量は作物毎に考えることが肥料選びの基本形になると覚えておけば良いでしょう。
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