そうなった未来そうならなかった未来
今はとてもご機嫌。
いい音楽にいい時間、いい香り、状態の良い意識感覚。
久々かもしれない。
昔メンタルを拗らせていた頃はそのおかげだったのか
体調は最悪だったけど文章が芸術的だったような気がした。
現在はおかげさまでメンタルが整えられたせいか
芸術的な言葉選びや感傷的な表現は減っていってどこか残念だったりした。
全てはバランスだから
何かが増えると何かが減る。
それが良いバランスなんだとも思う。
最近は自分の仕事を通して
自分の偏りに気付いたり閃いたり。
ご縁をいただいているクライアント様には
やはり深いつながりを感じる。
このタイミングで出会っていること
このタイミングでの会話は意味がある。
人は必ず想い描くイメージがあり
そうなった未来とそうならなかった未来を
同時進行で生きているような気がする
パラレルワールドといった世界のこと。
【あの時あの選択をなぜしたのか】
それには深い意味がある
そうなる未来にもそうならなかった未来にも
必ず最高の結果や体験が用意されている
実際に並行してたくさんのパラレルワールドが広がっているとして
私たちがメインで視聴し体験する世界はひとつかもしれないけど
今選んでいるモードが何を得るためなのかって
その視点をプラスしていくだけで
日々の感受点は感度を増すのではないか。
「あの時ああすればよかった」「本当はこうしたかった」
でも現実は目の前に選んだ世界が広がっている
今の自分に最高の流れを汲んでの
無意識の選択=プレゼンだとしたら?
「こんなはずじゃなかった今」
にもたくさんの伏線が盛り込まれたドラマでしかない。
全て無意識の自分が自分のために用意した舞台とシナリオ。
毎日はスペシャルであなたの人生をドラマチックに仕立てている。
主役でいくのか?勝手に脇役気分でいるのか?
午前3時30分。
真夜中と朝が交差し始める時間。
なんだかわからないけどワクワクする。
何かが生み出せそうな感覚。
私はこうして誰が読むでもないどうでもいいことを
こんな風に自分の言葉で書き綴るのが好き。
最近、昔の感覚と今の感覚が統合されてきた気がする。
それは過去のあの苦しかった頃の自分を必要だったからだと
受け入れることができたからなのかもしれない。
どこまでも沼の入り口に立っていて苦しくて
諦めることができなくてもがいていた
自分の人生はこんなもんじゃないと心の裏で信じていた
誰も助けてくれないし誰にも助けられないのはわかってもいた
今生きている自分にがんばったねと言いたい。
私ができること。
いろんなものにさらされて
いろんな感覚に触れて
影響を受けたりもしたけど
私がやりたいことが見えてきた気がする。
私は私のペースで
私とご縁を繋いでくださる皆さんと共に
この瞬間を感じて生きていく。
ああ、真夜中にひとりで至福。
ありがとうございます。
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