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ツナ缶を開けたり閉めたりしていちゃついてみたい

ツナ缶。ベルトのバックル。眉毛クリップ。ファーレン延長器。割ピン。温度計。黒くつややかなフィラメント。巨大なスライド・ラックから滑り落ちる脳。

この羅列を読んでも何がなんだか分からないと思う。私も抜き出してみてよく分からない。ファーレン延長器って何だ。

これらは「短くて恐ろしいフィルの時代」に登場する者たちを構成するものだ。

さらに訳が分からなくなった。

あらすじに心惹かれた

脳が地面に転がるたびに熱狂的な演説で民衆を煽る独裁者フィル。国民が6人しかいない小国をめぐる奇想天外かつ爆笑必至の物語。ブッカー賞作家が生みだした大量虐殺にまつわるおとぎ話。

脳が地面に転がるたびに熱狂的な演説で民衆を煽る独裁者…?

どういうことなのだ、どうしたらそんな状況になるのだ、と気になってたまらず本屋に走った。

脳が転がる独裁者の前にホーナー人とは何だ?

脳が転がる独裁者、の謎を解くために意気揚々と読み始めた私の前にまず立ちふさがったのは【内ホーナー人】【外ホーナー人】である。

彼らは何だ、誰だ。どうやら【外ホーナー人】の国内に【内ホーナー人】は間借りしているような状況らしく、お互いに相手へ不満を持っている。

ホーナー人自体はよく分からないが、抱いている不満は妙に人間くさく、表だって言いはしないが一皮むけば人間だれしも考えていそうなことだった。

そのため彼らは人間という前提で読み進んだ。ホーナー【人】と表現もされている。

しかしそこで登場するのは、不安になると地面を掘り返すのに使う【八角形のスコップ状の触手】を持つエルマー。

漠然と想像していた人間の姿が崩れ、混乱した。しかもエルマーは突然縮小した【内ホーナー国】から体の4分の3がはみ出てしまったのだ。(スコップ状の触手以外)

国が小さすぎる!

はみ出してしまった【内ホーナー人】エルマーは侵略行為をしたとみなされ、【外ホーナー人】の【内ホーナー人】に対する迫害は嗜虐をきわめていく。

迫害を煽動したのが【フィル】である。

彼はこれといった目立ったところのない平凡な中年男だが、脳を巨大なスライド・ラックに固定しているボルトがときどきはずれ、脳がラックを勢いよく滑って、地面にどさっと落ちてしまう。そして脳が転がり落ちたとき、民衆を煽る演説が口から飛び出すのだ。

迫害の栄養は無関心と無知

フィルは【内ホーナー人】の全体的に縦長でやや左に傾いているキャロルに恋をしていた。しかし彼女は同じ【内ホーナー人】巨大なベルトのバックルに青い点を一つくっつけて、それをさらにツナの空き缶に接着したような感じのキャルと結婚してしまい、来る日も来る日もキャロルがキャルのベルトのバックルを磨いてやったり、ツナ缶のふたを開けたり閉めたりしていちゃついていた。

フィルが【内ホーナー人】への迫害を煽動するきっかけは単なる嫉妬だったのだけれど、他の【外ホーナー人】たちは「何だか分からないが素晴らしい言葉で、俺たち外ホーナー人がいかに素晴らしく内ホーナー人は劣っているかを耳障りよく語ってくれる」からフィルに賛同する。

フィルがサインしろと言うから契約書の中身も読まずサインをする。【外ホーナー人】に追い詰められ無惨な姿になった【内ホーナー人】をみて、こんなぶざまな奴らには何をしてもいいだろうと更に迫害をする。マスコミは出来事をただ単に見出しとして叫び散らすだけ。

【外ホーナー人】は考えようとしなかった。

しかし私はこの【外ホーナー人】の行動をよく知っていた。散々くりかえす歴史や差別。

彼らはみんな廃材を自由に組み合わせたような風貌だけれど、とても「人間」だった。

私はちゃんと考えているだろうか?

自分のことばかり考えて周りに無関心になっていたり攻撃していないだろうか?

エライ人の言うことだからと鵜呑みにしていないだろうか?

脳が滑り落ちているようなやつのキレイな言葉に周りが賛同しているからと同意していないだろうか?

彼らの愛おしい生

はじめは彼らの容姿の説明に混乱して戸惑ったが、だんだんと彼らの生じたいがおかしく愛おしくなっていく。

給料として「おほめテープ」をもらって喜んだり、クリスマスに夜空の星をうっとり眺めていたら、肩から腕にかけていちめんに生い茂っている葉っぱのせいで体じゅうにイルミネーションをつけられて泣きながら家に帰ったり。

ツナ缶を開けたり閉めたりしていちゃついてみたいなとほんのちょっとだけ思った。何が入っているのだろう。

彼らの<創造主>は【お前たちは善なのだ】とささやく。私には何が善なのか分からない。ただとても彼らが愛おしくなった。




















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