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「母親なんだから」はやめて

母親になってから服装を迷うことが増えた。

もともと装うことは好きで、アンチコンサバ。             クローゼットの半分くらいはお気に入りの古着で、柄物やカラータイツも好きだし、朝一番にその日に何を着ていくか真剣に悩んで決めるのは、自分にとっても大切な時間だった。                     でも母親になると、子どもを抱っこするので、大前提としてスタッズがついているようなものや、毛質がワイルドなウールなどは着なくなる。      また、授乳をしやすいようにロングワンピースやオールインワンも着れない。                                    ハイヒールはもともとあまり履いていなかったが、そうやって少しずつ着るものの範囲が狭まる。                              また、着ても誰に何か言われる訳ではないけれど、「不真面目な母親」と思われたらどうしよう、とミニスカートや派手には少し躊躇してしまうようになった。でもそれはいったい誰のための忖度なのだろうか。

産後、まだ実家で母に子育てを手伝ってもらっていたとき、           外出時に自分の服を選んでいたら「おかあさんなんだから服なんてなんでもいいじゃない」というようなことを言われた。                  確かにそれまでの私はとにかく服を選ぶのに時間がかかっていたので、  母の言うことにも一理あるのだが、そのときは「あぁこうやって『私』が少しずつ薄められていくのかなぁ」と思った。              さらに母は、以前から幼い子を持つ女性タレントなどがテレビに出ていると「誰が子どもを見ているのかしら」と言うようなことが多々あった。   時代錯誤な考えで、私は以前からあまり好ましく思っていなかったが、  こういった考えはSNSなどを見ていると、さして珍しくない気がする。  でも「母親は子どものことを第一優先しろ」「母親は派手な化粧や服装を控えろ」「母親は自分の仕事ではなく子育てを」といった考えは、母親たちを抑圧こそすれ、決して子育てに対して前向きになれるものではない。                                子育ては母親だけでなく父親だってするものだし、子どもだけでなく自分自身を大切に思えるように自分をケアすることは大切だと思う。母親ばかり我慢を強いられるのは間違っている。

また我慢を強いられるのとは別に、母親になっても綺麗でいないといけない、という(主には男性側からの)押し付けもある。

妊娠中に、少し前に子どもが生まれたばかりの友人の男性から、       「うちの妻は大丈夫だったけれど、妊娠線が跡になるとすごいらしいから気をつけた方がいいよ」というようなことを言われた。           その時は受け流したが、今になって考えるとものすごい余計なお世話ではないだろうか。なんだかセクハラじみてるし。                   というか、こんなにも身体中を痛めて子どもを産もうと言うとき、    あんたのためにきれいなお腹でいないといけないのか? とムカムカした。夫なら、多少お腹の皮が伸びてしまっても、お腹に妊娠線が残ってしまったとしてもそれは妻の勲章として褒め称えるべきではないだろうか。    お腹だけではなく、胸も肌も、産前と産後ではかなり変化する。     そういったものを「あーぁ」と恨めしげな目で見るのではなく      「よくがんばったんだね」とむしろ愛して欲しいと思うし、私自身はそう思っている。                               だってあんな壮大な経験をしたのである、恥ずかしがることなんて何もないのだ。

母親になった途端、求められるものがすごく多くなる気がする。          でもそんなのもちろん全部無視していいに決まっている。            大切なのは子どもと自分自身が笑っているかどうかだと思う。


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