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だってほかに言葉がないんだから恋って呼ぶしかない。

初デートなんて、清いもんじゃない。
下心にもとづく戦略的な食事会だった。

彼の好意は十分すぎるほどわかっていた。
わたしが思いを伝えれば、どうにかなってしまうこともわかっていた。
わかっていて、食事の誘いにのった。

年末はなんとなく、みんな早足。
わたしはスターバックスの窓際の席で、その様子をぼんやり眺めていた。

待ってる、と連絡をしたけれど、彼はたぶんこんなふうに早足では来ないと思う。その顔を思い浮かべて、すこし息が詰まったところをソイラテで流し込んだ。思考もアイボリーに染まる。

案の定、待ち合わせ場所に来た彼は、わたしの顔を見るまで約束のことなんて忘れていたかのような歩調でやってきて、「お待たせ」と笑った。

はじめは彼が働いていたバーのカウンターで横並びになって、あたりさわりのない話をしていたと思う。からだがそっと触れそうな距離感のまま、けれど、彼もわたしも肝心なことには触れないまま。

汗をかいたカクテルグラスは、わたしのこころを急かしたけれど、それでもわたしは小さく握った手を見つめることしかできなかった。

――――

「それにしても、ゆうちゃんが本当に来てくれると思わなかった。」
橋の上を歩きながらつぶやかれたその一言は、あやうく風とともに通り過ぎるところだった。
「今まで俺がどんだけ好きって言っても軽くあしらわれてたのに、急にいいですよって言うから。」
そっと顔をのぞき込んで微笑む彼は、わたしの気持ちなんてとっくにすべて見透かしていたように見えた。

浅く吸った空気は冷たく、ひんやりと肺の温度を下げた感覚が、きらきらと夜の光のなかを浮遊していた細胞をわたしのからだに呼び戻した。
もしかしたら、声は震えていたのかもしれない。

「好きだったからです。本当はずっと、好きだったから。」

――――

白状すると、わたしはとてもずるかった。
これまでつれない態度だったのに、突然食事の誘いにのれば、わたしには隠してた思いがあるって気づくんじゃないかという打算があった。
そもそも素っ気なくしてたのだって、意地っ張りなところを、そういうカンタンにはなびかないところが好きって、言ってくれたからだ。

キスしていい、って言葉に返事をしなかったのは、このキスを彼のせいにしてしまいたかったから。

「もしゆうちゃんが好きだって言ってくれてなかったらさ、俺、最後に一度だけ抱きしめてもいいか、って言おうと思ってた。」

わたしもずるかったけど、彼はもっとずるかった。
そしてわたしは、そんなずるさでさえ愛しいと思うほどに、愚かだった。


これは、下心にもとづく戦略的な食事会だった。

彼の好意はわかっていた。今となっては、それがわたしだけに向けられたものではなかったこともわかっている。
わたしが思いを伝えて、どうにかなってしまった。だからといって、その先には二人で描くような未来がないってこと、後になって痛いほど知った。

すべてわかっていても、あの日に戻ればわたしはまた、初デートに行く。
それはわたしが、恋に目がくらんだ愚か者だから。