感想文『響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 前編・後編』

アニメじゃなくて原作となる小説の感想です。

アニメ観て「すき」って思うと、それが原作ものの場合、このアニメ作品のどこまでが原作準拠でどこからがオリジナルなのか、気になって仕方ない。これは悪い癖だと思う。

アニメ作品を好きと思った手前「原作のほうが素晴らしい!」となるのは癪だ。かといってアニメが完璧すぎて「原作これいまいちだな?」ってなるのも、まあそれはそれでいいんだけど、なんかアニメだけ観ておけばよかった感が残ってしまってモヤる。

つまり原作など読まないのがノーリスクの正解。なんだけど、ついつい手を出してしまう。なんだろう、精度良く評価できないのが我慢ならないのかなあ。一次資料が手に入るならあたるべき、それをしないのならそれなりの信憑性しかないものと心せよ、という考えが染み付いてるのか。ここに感想文書くくらいで、どこかに発表するつもりもないのだけど。まあ、アニメだけ観ると端折られて不明な点とかもあるにはあって、キャラクター原理主義の自分にとって、時にそれが重大なことだったりもする。

少し前に他のアニメで原作読んで失敗した経験があったので、けっこう逡巡した。それでもリスクを恐れず『ユーフォ』の原作を読もうと思った理由、これはハッキリしていて、原作ではみんな関西弁をしゃべるから。

宇治の話なんだから、ほんとはみんな関西弁しゃべるはずだよね、とはアニメを観てて感じていたことではあった(「関西弁」という表現が正しいかは議論の余地があるが、ここでは便宜上、宇治の高校生たちの話し言葉を「関西弁」と書くことにする)。なんなら関西弁版ユーフォアニメ観たい、黒沢ともよとか早見沙織とか関西弁合いそう、などと妄想してたところなので、原作は関西弁と知ってからはほとんど迷わなかった。

関西弁ユーフォ良いです。すき。話す言葉の違いは、物語に触らずに全体の雰囲気を劇的に変えるので、それによって小説とアニメの棲み分けが絶妙に上手くいってるようにも思う。ただし久美子は「小学生のときに東京から宇治に引っ越してきて家族もずっと標準語なので関西弁がうつらないままここまできた設定」で、原作でも標準語。これはまあ、久美子の性格ならそうかもしれないなと思う。(東京出身で大阪に数年住んだ自分としては、わりと理解できる感覚だったりする。)

いや、原作の良さは関西弁だけではない。これは驚くべきことだと思ってるのだけど、『響け!ユーフォニアム』は、原作小説とアニメ作品の関係がすごく良い。小説は小説の得意なことを、アニメはアニメの得意なことを、それぞれきちんとやっていて、お互いに補完している。原作小説だけで完結してもいいし、アニメだけ観て満足してもいいし、両方味わっても最高なんて、体験としては初めてのことだ。もちろん、「ただの好みの問題」という前提はあるのだけど。

「小説の得意なこと」はやはり心理描写や情景描写に任意の情報量を割けること、そして言葉そのもののリズムと響きだろう。武田綾乃の文章は、丈夫な縦糸にシンプルな横糸を通して表面にリズミカルな織柄を描くような趣きがあり、シンプルだが触り心地がよく、また読んでて楽しい。そしてキャラクターが強い。僕はキャラクター原理主義なので、物語に引っ張られてキャラクターが言いそうにないセリフを言ったりするとたいへん白ける(もちろん文脈による)のだけど、武田綾乃作品はそれが全く無い。つまりめっちゃ好み。

一方で「アニメの得意なこと」といえば、絵と音、空間と時間の制御・支配である。「音楽が付いてる!」というのはまさにアニメ化の醍醐味だ。諸刃の剣ではあるはずだが、『ユーフォ』アニメ化における音楽の存在感は、控えめに言って完璧である。奇跡と言っていい。(控えめではない感想は https://note.com/uncountanime/n/n27bd65933fee )また、楽器演奏のビジュアルにおいて一切の妥協がない点も、アニメーションとしての気合いを感じる。「ちゃんと吹いてるように見える」こと自体すごくない?身体の動き、重心の位置、顔の筋肉の使い方とか、細かい作画の積み重ねだと思う。演奏シーン観ててふと「あっこれ、アニメだから別の人が吹いてるんだった」って「気付いてしまう」ことが異常だと思う。他にも、小説には頻出するけど映像作品で濫用するとイマイチになりがちなモノローグなんかも、限定的かつ効果的にしか出てこない。また、微妙な表情、わずかな目の動き、あるいは背景の空気の質感など、原作に記述のあるなし関係なく、物語の世界を完璧に描いている。アニメの不満といえば、個人的に冬服のデザインは原作(濃紺のセーラー服、リボンは白)のほうが好きです。

『ユーフォ』における原作とアニメの関係性で象徴的だと思うのは、TVシリーズ1期がなんと原作1巻分しかないこと。原作小説3巻でアニメ1期が相場(会社の同僚ラノベオタク談)なので、けっこうな分量のオリジナル部分がある。それにも関わらず、これがまた世界観をきれいになぞっていて素晴らしい。キャラクターがちゃんと生きているので、不自然さがない。(勝手ながら脚本の花田十輝は僕と同じキャラクター原理主義者だと思っていて、それゆえにこの人の作品は基本的に相性がいい。)

というわけで、『響け!ユーフォニアム』シリーズのアニメ作品を、
・TVシリーズ1期『響け!ユーフォニアム』
・TVシリーズ2期『響け!ユーフォニアム2』
・『劇場版 響け!ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ』
・『劇場版 響け!ユーフォニアム〜届けたいメロディ』
・『リズと青い鳥』
・『劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ』
ここまでとりあえず全部観て、武田綾乃による原作小説に手を出して、こちらも
・1年生編『響け!ユーフォニアム』1〜3巻
・1年生編短編集『北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』
・2年生編『響け!ユーフォニアム〜波乱の第二楽章』前後編
・2年生編短編集『北宇治高校吹奏楽部のホントの話』
・書き下ろし短編入り公式ガイド『響け!ユーフォニアム 北宇治高校の吹奏楽部日誌』
・スピンオフ『立華高校マーチングバンドへようこそ』前後編
までひととおり読んで、なんなら武田綾乃の他の作品もだいたい読んで、残るは3年生編『響け!ユーフォニアム〜決意の最終楽章』のみとなっていた。

残るは、というか残しておいたのだけど、『誓いのフィナーレ』公開当時に3年生編のアニメ製作が発表されており、それを待ってから原作読もうと思って。

理由は、ここまで観て読んだ感覚に照らすと、原作小説がめちゃくちゃ良くてアニメがそれを追いかけきれない可能性があって、その場合いちいちがっかりしながらアニメ観るのやだなあと思ったから。上記で絶賛したように間違いはないだろうと思うのだけど、いろんな制約もあるだろうし。TVシリーズの感じなら「アニメすごい!」ってなると思うけど、『誓いのフィナーレ』みたいなまとめ方だと不完全燃焼で終わってしまうなと(その感想はこちら https://note.com/uncountanime/n/n42430126e22f )。いや、そもそも『ユーフォ』では原作を先に読んだ経験がないので、なんとなくその前例に倣っておきたい、というのが本音かも。

…でも、そうか、よくよく考えてみたら、アニメに後頭部を殴打されたTVシリーズ観た後でも原作小説をじゅうぶんに楽しめたし、原作読む前に観た『誓いのフィナーレ』もその時点でまあまあ不完全燃焼感(これをTVシリーズ2期かけて観たい)あった。ということは、これあんまり順番関係ないな?

そして、たまたま『最終楽章』刊行時の著者インタビューを読んで、「これは読みたいことが書いてあるのでは?読みたい!」となってめちゃくちゃ読みたくなってしまった。

だったらもう、原作を先に読めばいいじゃないか。アニメ待ってるうちに死ぬかもしれないし。そんなことになったら成仏できない。生きてるうちに読めるものは読もう。


ということで、本題です。

3年生編アニメを楽しみに待ってて、ネタバレされたくない!という方は読まないように。あと、アニメやる前に死なないように。

『響け!ユーフォニアム〜決意の最終楽章』ということで、久美子が3年生になり北宇治高校吹奏楽部の最高学年としてあれこれする話。これで完結、なのかな。

はっきり言って、最高でした。

見事に読みたいことが書いてあった。それは決して「内容が予想通り」とかそういうことではない。ここまでの内容から「これはどうなるのか」とか「久美子はこのことどう考えるのか」とか、まあそういう疑問や展開の期待への回答がなされていたという意味で、読んで良かった。後悔は全くない。


久美子が部長、秀一が副部長、麗奈がドラムメジャーという、そんな出来過ぎな!な人選だけど、物語の都合は置いといてもそういうことはなくもないというか、部活とかサークルで幹部役になる人ってわりと当初からそういう雰囲気あるというか。仲良しグループで固まってるようで一応パートはバラけてるし、運営上は支障ない気がする。そういえば会計は秀一が兼任してる?(麗奈から「部費徴収」の4文字で詰められてたからたぶんそう)

3年生編は案の定、久美子が部長としてめちゃくちゃに悩むお話。久美子の内面ってアニメではそれほど明確には描かれないのだけど(明言されるのは胸のサイズを気にしてることくらいでは)、小説ではむしろそれが見どころになってる。久美子の、完璧な麗奈を前にしての劣等感、その麗奈から特別に思われているという優越感、しかしそんな感情があまりに脆いことも知っている焦燥感、そういう心理描写が言語化されており読んでてたのしい。なんならそこに梓ちゃん(もともと上手かったけど立華高校でさらにえげつない練習をして超高校級トロンボーン奏者になってる)も、緑輝も葉月も追加で久美子の劣等感と焦燥感を煽ったりする。今作ではまた、部長として、あすかや優子たちカリスマのあった先輩と自分を比較しては思い悩む日々だ。

ただ、それとバランスを取るように周囲からの久美子に対する評価の高い発言も頻出する。2年生のときに新入生指導担当をしていた経緯もあって下級生からは尊敬されているし、演奏レベルも申し分なくて顧問の評価も高い(そういえばアニメでは久美子のユーフォが「上手い」と明言されたことはない気がする)。部長として頑張ってる様子に、同期からの信頼も厚い。

そんな久美子の「自己評価<<他者評価」という雰囲気が、原作小説では全体の良い味付けになっていてとても好き。そして3年生編は、その「周囲からの高評価」「好感度の高さ」まさにそれが久美子をさらに悩ませることになるという、地獄展開だ。

その最大の要因となるのが新キャラの黒江真由。強豪校からの転入生、3年生、しかもユーフォニアムという情報だけを聞いて、バチバチと久美子と火花を散らす熱い展開か、と思いきや全く違う。真由ちゃん、ユーフォ上手いのに、コンクールに対する貪欲さに欠けてて、楽しく吹けたら良い系。曰く「たかが部活」。基本的にかわいくてとてもいい子なんだけど、発言がストレートすぎて、悪意がないぶん余計にたちが悪い。久美子を苦しめるのに、明確に敵対する存在ではなくてこのキャラクターをぶつけるという、武田綾乃の悪意に戦慄する。

久美子に対する執拗な「ソロを辞退する」申し出に辟易し、久美子としては『ユーフォ』シリーズ史上最大、というかたぶん初の苛つきをみせる。久美子、「困る」ことはさんざんあったけど、「怒る」「苛つく」ことはなかったよね。いやしかしこれは読んでるほうもイライラがすごかった。文章としてはただ回数を重ねるだけなんだけど、なんとも絶妙なタイミングで、もう真由が近づいてきただけで胃がギュッとなる。

府大会と同じように久美子のソロなら何の問題もないのに、関西大会では「実力主義」で真由をソロにするという滝の選択。その結果が「実力主義、滝の選択は絶対」派と、「実力主義、久美子のほうがいい」派、そして「実力は大差ないんだから久美子がソロを吹くべき」派入り混じっての大乱闘。こんなことになったのは、久美子が部員達から慕われているからこそである。いままで努力した分だけ、久美子は自分の意思とは無関係に大きな波に呑まれてしまう。

真由の「ソロを辞退する」申し出も、この際は部の雰囲気をまとめるひとつの有効な策に思えるが、かと言って久美子にだってプライドはあるし、今の北宇治は完全なる実力主義だという前提を崩していいはずがない。そもそもそんな状況で自分がソロに選ばれること自体も、実力以外に滝のなんらかの判断があるのではないかという疑念すら湧く。

全てを解決する方法は簡単で、久美子が真由よりも上手ければいい。他でもない麗奈にそう言われる久美子の気持ちよ…。

そもそも麗奈は、関西大会でユーフォソロが真由になったことに対して、なんのリアクションも示さない。真由のユーフォニアムと麗奈のトランペットとはみごとに息の合ったデュエットを披露する。麗奈も思うところはあるかもしれないが、上手い方がソロを吹くべきなのは当然だし、滝の判断は絶対というスタンスは崩さない。それが本心でもあるだろう。これがまた、読んでてチリチリする。そんな…大吉山のデュエットのことは忘れちゃったの…と思ったけどよく考えたらあれは原作にはないのだった。


久美子の高評価についてもうひとつ、前編中盤のサリーちゃんが休むくだり、ここがもう、気持ち悪くて仕方ない。

頑張りすぎてしんどくなって休んでしまったサリーちゃんを励まして部に戻ってもらうよう説得するわけだが、久美子は大変にテクニカルな話術を駆使する。えっそんなキャラだっけ?とは思ったが、そういえば前年の奏ちゃんと会話でも、あすか先輩をイメージしながら、奏ちゃんのペースに飲まれないよう神経を使った話し方をしてた。それから1年経ってさらに堂に入ったという感がある。

しかし、である。この説得にしても、本当の意味で「本人の意思」を確認できたのか、それを久美子の言葉でねじ曲げたのではないか。結局は「能力のある人間は部に必要、だから辞められては困る」という、あくまでも「部長としての仕事」だったのでは?それは間違ってはいないし、そのこと自体を葉月も梨々花も高く評価している。しかし久美子自身が、そこに強い違和感を覚えてもいる。部長としてやるべきことをやっている。しかし、自分がなりたい部長像、自分が求める北宇治の音は、これなんだろうか。前年に加部ちゃん先輩から学んだことを活かせていない、なんなら悪い形で応用しているんじゃないか(個人的にこの点がいちばん許しがたい)。そうこうしてる間も目の前には作業の山、ハードな練習、そして進路。本心は奥底に仕舞い込んだまま物語は進み、「久美子」と「部長」は少しずつズレていく。


久美子が苦しむ物語を読みたかったというのは間違いではないのだけど、それにしても苦しかった。終盤、全国大会前は完全に詰んだと思った。そんなときのあすか先輩の魔法のチケットの登場には「きたあああぁぁ!」と叫んだ。

そして大体のことを解決したのは香織先輩というまさかの展開。まじエンジェルだった。

ていうか香織先輩、ここにきてついにキャラが立った印象ある。シリーズ作中の位置づけとして「あすか先輩の付属」っぽさが強かったけど、本作で(登場ページ数は少ないものの)香織先輩ご本人の心中に触れられたというか。

久美子と話す中で香織先輩が麗奈とソロオーディションで揉めたときの話を振り返ってて、これを聞いてからTVシリーズ1期10話の「やめて!」シーンを観ると、かなり印象が変わる。あのとき香織先輩は何に悩み、何を恐れていたのか。「納得したかった」とは何だったのか。この感覚は久美子も同じだろう。3年生で部長やって、はじめて共有できた香織先輩の立場と想い。

考えてみると「あすかを倒した」久美子に対して香織先輩が抱くのは「かわいい後輩」というだけの感情であるはずがない。あすか先輩はきっと香織先輩に涙を見せたことはないし、しかし久美子がいたからこそあすか先輩は吹奏楽部に戻ってきたことも承知してる。あすか先輩と久美子の間には自分には割り込めないものがある。一方で、いまはあすか先輩とルームシェアしており、当時より物理的にも精神的にも近づいている、いまのあすか先輩をいちばん良く知ってるのは自分、そんな優越感もある。でも、それがいつまで続くかはわからない、そんな儚さもある。

そういう意味で、久美子と麗奈の関係、特に久美子から麗奈への感情をいちばん的確に想像できているのは香織先輩である。だからこの場面で「自分にとってあすかは特別で、久美子にとって特別なのは麗奈であるはず」という話ができた。穿った見方をすれば、お前は麗奈と元の鞘に収まってろ(これ以上あすかに近づくな)という牽制にも思えるけど、それはそれとして、親身な助言であることもまた間違いないだろう。香織先輩は優しい人なので。

そうして吹っ切れる久美子。『ユーフォ』がもやもやエンドにはならないだろうから、どこかでそうなることは予想できたけど。それにしてもすごい力技(大好きのハグ)だった。いやしかしあのくらいの勢いとパワーがないと、ここまでの怨念を昇華できなかったのもまた、間違いない。


久美子の苦しみと合わせて本作の重要なテーマとなるのは「大人」だ。これまでに比べて大人の登場、大人への言及が多い。久美子たちは3年生なので当然ながら進路について悩むことになり、自分たちの変化、その先について考え、意見をぶつけ合うシーンが多い。その過程で、大人が何を考えているのか想像したり、大人の考えに疑問を持ったり、大人だって完璧ではないことを知ったり。

そして美知恵先生である。この人、教育者として完璧すぎないか。「軍曹先生」として渾名され畏れられているという話は1年生当初から出てくるし、たぶん本人もそれを半分ネタにしてるし、もっといえば「厳しく」接することで甘くなりがちな自分を律しているのだろう。その匙加減が絶妙という点で、良い子が真似してはいけない方法論だとは思うけど。

なんなら滝との年齢差も親子ほどあって、滝に対しても生徒を見守るのと同じ視線を送っている。もちろん、同僚としての敬意もまた忘れはしない。いや、人間として出来過ぎである。美知恵先生めっちゃいい先生や、というのは本作読む前から思っていたことではあるが、ここまでとは。小説にはしばしば物語を俯瞰しつつ積極的には手を下さない「神」が登場するが、『ユーフォ』においては美知恵先生がその「神」である。まあ、要するに困ったときの美知恵先生である。

滝も悩む。悩むが、それを直接描かずに生徒視点で生徒に語らせるという、これはまた意地の悪いやり口だ。

生徒から見れば、美知恵先生も滝先生も、なんなら教頭先生も「大人」でひとくくりだ。その中でも明らかに若い滝は、教育者として悩む。そこまで書いてないけど、たぶんめちゃくちゃに悩んでる。それを生徒に感づかれてはならないと思ってるし、美知恵先生や教頭にも上手くやってる風で話さなきゃいけないと思ってる。

そうやって抱え込んだ結果。滝の悩みを、生徒たちはなんとなく察したり、察しないようにしたり、あるいはひたすらに盲信する。その影響で吹奏楽部に不和をもたらす。個々の考えを尊重する形で出来るだけ穏便に進めたい久美子と、滝を絶対的な中心としてまとめあげたい麗奈の衝突。

とりあえず久美子と麗奈はぶつからないといけないとは読む前から思ってたけど、なかなか抉ってくるぶつかり方。麗奈の盲信の痛々しさもさることながら、久美子を応援できるかというとちょっと日和見すぎてやきもきする。秀一もどうしていいかわからない。誰も悪くない。でもどこにも正しさがない。

麗奈はその背景として、あまりにも恵まれてきた過去が明確に提示される。裕福な家で親に愛されて育ち、理想的な練習環境が自宅に整備されている。これはなかなか悪意を感じる描き方である。

武田綾乃作品のキャラクターってけっこう「持つ者」と「持たざる者」が対比されながら、恵まれた人間がそうでない人間に正しさを強いるとか、持たざる者がさらに恵まれない者を見下す、みたいなアンバランスが、しばしば描かれる。

「恵まれた環境にあるからと言って必ずしも幸福ではない」「恵まれていたとしても幸福ではないと言っていい」という主張があれば、「しかしそれは恵まれているから言えること」「自分に厳しいみたいなことを言っても結局はその環境に甘んじている」というすれ違いを隠さない。正しさなんて相対的なものでしかなくて、自分がどう思うか、どうしたいかを大事にすべき。でも拠り所は必要だ。それが自分の脚なのか、他人の肩なのか、あるいは自分の肩に誰かが乗っていたり、互いに支え合ったりといったバリエーションはあるけど。

そもそも正しさなどないとズバリ言い切るのが、あすか先輩である。あすか先輩には、滝のおかれた立場がわかる。絶対的な存在として崇められ、その期待に応えるべく振る舞いつつ、しかし自分自身はひとりの人間でしかないことも承知してる。悩みもするし、不安もあるし、間違いもする。その狭間にある苦しさを知っている。

滝の弱さを、滝自身に語らせないのは見事だと思う。滝が自分語りを始めたらドン引き間違いなしだ。久美子と話してるときにたまにポロッと本音が漏れることはあるけど、これはどちらかというと久美子の持つ「なんか話しやすくてついつい話しちゃう」キャラクターを描く上で効果的な表現だよね。


人間の成長のグラデーションが多くのキャラクターを通じて織り込まれ、巧妙に物語を彩っている。久美子の成長譚のようで、しかしどちらかというと久美子はようやく地に足をつけたといったところ。この先どんな道を歩くのか、そもそもどんな道があり得るのか、久美子にとっては結局それを知るための3年間だったのかも。

わかる。

たしかに、高校3年間で吸収したものって、いつまでも身体の中に残ってる感覚がある。久美子はきっといい大人になるよ。


その他の雑感

・あすか先輩の部屋は出町柳にあって、たぶん(やっぱり)京大生なんですね。何の勉強してるんだろ。

・希美先輩の「これが今の私だしね」と言って髪をまとめることを断ったシーン。上手く言えないのだけど、とても安心した。気持ち的には夏紀先輩に近いか?
正直言うと希美とみぞれの関係が僕はものすごく苦手で、それは恐らく「音楽」を巻き込んでしまっているから。希美との繋がりのために楽器を続けるみぞれと、それを知っていて、みぞれのオーボエが好きだから楽器を続ける希美、そしてみぞれの圧倒的な才能。お互いと、音楽との拗れた依存関係。『リズと青い鳥』の先の希美とみぞれの関係が、僕にはどうしても不安定に見えてしまう。
でも、少なくとも希美は、自覚的に前へ踏み出そうとしていて好感を持ちました。

・奏ちゃんのキャラクターの立ち方が結構凄かった。正直なところ、アニメの『誓いのフィナーレ』で初めてみた奏ちゃんは、咬ませ犬というか、何となく都合よく久美子の活躍をアシストした印象だったが(原作小説内では梨々花を通じてもう少しキャラを知れたが)、本作『決意の最終楽章』では、そのキャラクターできちんと仕事をしている。久美子の悪意を背負うような形になり、むしろ同情した。久美子、人を見る目とか全体を俯瞰する視座はあるけど、イマイチ頭が回らないというか。それを奏ちゃんはもちろん、美玲ちゃんたちがフォローするという構図は、久美子が信頼されていることの現れとしてとても良かった。

・3年生の新キャラ、というかずっといたけど登場機会がなかったキャラとか出るかなと期待してたけど、それは無くてすこし残念。まあ、真由も入ってきてるし、つばめも活躍したし、作品としてそれ以上は余計にしかならないだろうけど。

・秀一の優しさがすごい。1、2年生のころに比べていちばん人間的に成長してると言っても過言ではない。シリーズ全体通して「高校生男子ダッセェ」みたいな雰囲気を感じるのだけど、今作の秀一は良かった。秀くみはきゅんきゅんだった。久美子と上手くいくよう応援したくなった。いや、久美子の物語がヘテロな恋愛関係に回収されるのはなんとなく気に入らないと感じていたのだけど(だからこそアニメTVシリーズの素っ気ない態度が大好きだった)、この秀一なら許せる。理由はよくわからない。あっ自分が秀一に惚れてるってことか。ところで秀一ってイケメンデザインになってるけど、テキストではもう少しもさっとしてるイメージなんだよなあ。

・せっかくだから、全国で金取った時に美知恵先生が「黄前〜よくがんばったな〜」って号泣するとこが見たかった。あと、表彰式のとき「先生、好きです!」コールを全員でやるとか。いや、どちらも秀くみがボヤけてしまうことになるので書かなくて正解だとは思います。

・エピローグ、どうやら高校の音楽教諭の資格を得て北宇治高校に赴任してきた久美子が吹奏楽部の顧問に!と思いきや副顧問という。美知恵先生と入れ替わりっていう演出かあ。赴任前に美知恵先生と会えたりしただろうか(なんの心配)。それにしても顧問はまだ滝がいるのかーと思うと、この先いろいろ心配である。とりあえず麗奈に怒られないだろうか。

・妄想だけど、「○年後」編として、「吹奏楽部練習しすぎ問題について学校、正顧問の滝、部員、保護者、世論等々の間で悩む副顧問黄前先生」とか、「未曾有のパンデミック下で苦しみもがく副顧問黄前先生」とか読みたい。

・信じられないことに僕はTVシリーズの少なくとも1期は全く泣いてないんだけど、『最終楽章』読んでから観ると、あらゆるシーンが泣ける。ありがとうございました。


アニメの心配ごと

・梨々花ちゃんが『リズと青い鳥』映画で結構なキャラ改変を受けてて(と僕は感じたのだけどどうでしょう)、それ自体は好きだったんだけど、3年生編やるにあたってどう回収するのか。「リズの梨々花」に新入生指導係任せられるかなあ。まあ梨々花ちゃん無しでも成立はするか。

・前年のアンコンは無かったことになるのか。いや、いけるとは思うけど、けっこう好きなエピソードではあったので、むしろそこからアニメ始めて欲しいくらいである。でないと、つばめとか、ちょっと唐突にならんかな。1年生のとき滝先生に怒られて以来だよ。まあつばめも無しで成立はするか…。しかし超絶技巧マリンバは聴いてみたい。

・自由曲のユーフォソロ、久美子と真由の差を音で出せるんだろうか。麗奈と香織先輩の時とは違って、技術的には同レベルであとは音色の好みの差って、どうすんだ?

・アニメではパートリーダー会議とか、細かい係とかでキャラクター出してってほしいですね。紹介だけでも。

・2年生編は『誓いのフィナーレ』だけの限定的なエピソードになってしまってるから、上にも書いたけど「久美子がけっこう周りから慕われ信頼されている」っていう雰囲気があんまり醸成されてない。でもこれをちゃんとやっておかないと黒江事変の効果が半減なので、なんとか上手いことお願いします。

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