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第52回新潮新人賞最終候補「大団円」ペンネーム深町壮介

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第52回新潮新人賞最終候補「大団円」ペンネーム深町壮介

最近の記事

讃花①

 昨日と今日が同じだとするのなら、明日も今日と同じだ。そして、何年か先の今日も今日ときっと変わらない。  普段通りの等しい時刻。駅は緩急があるのに整然としていて、滞ることなく、人の帯が絡み合う。電車は時々の確率でしか座ることはできず、揺られる、窮屈な車内で耽ることといえば放心するだけだ。窓を流れる風景はとてつもない速さで後ろに向かって線になり、街並みなんてものはなく、ただの、幾重にも積み重ねられた色の層でしかない。鮮やかでめまぐるしい、万華鏡のような模様を見せびらかしてはつれ

    • 旗手②

       社長と横並びになり、無言のままかすかに後ずさりした。段取りが済むまでのわずかな時間、あたりを見渡して、なじみ深くなりつつある工場のレイアウトを、脳内に叩き込むフリをする。  碁盤に似た鉄の枠めがけて、こんもりとした鉄の湯が流れ込む。粘りが強い橙の濃淡が砂型に空いた穴の中へと注がれていき、ときおり雪の結晶のような火の粉が舞い上がる。独特の、薬品が灼ける臭いが鼻腔を刺激する。変に酸っぱく、一度嗅いだら忘れない。足元はまんべんなく黒い砂が敷かれていて、安全靴の底がするすると滑り、

      • 旗手①

         目の前が突然暗くなり、軽く押される。濡れた感触だけを顔全体に遺して、世界が明るく拓ける。瞬きしてぼやけた景色に焦点が結ぶと、半身に薄くなり、顎を引いて上目遣いになったファイティングポーズが現れる。  数多の練習生たちに使い込まれ、多くの汗を芯まで吸ったグローブが頬を舐める。弱く触れ、素早く離れる。今度は冷たさや革の柔らかさ、ワセリンのぬめり、多少の衝撃などを皮膚に置いていき、遠ざかる。二発がセットになって押し寄せ、リズムよく顔にタッチするといさぎよく去っていく。常に間合いが

        • 消失点最終話

           新鮮な外気を大きく吸い込んでから、ハンカチで口もとを押さえた。小走りで洋室に駆け寄り、ドア越しに「みなさぁん、ちゃんと死んでますかぁ?」と尋ね、反応を窺い、指で輪をつくってオッケイでぇすとひとりきり囁いた。浴室にも聞き耳を立ててから、「あなたも死んでる? 生きてたりなんかしたら私イヤよ。」と二回ノックし、さらに耳をそばだてて、去り際に、部屋の外側から貼ったテープをやっぱり剥がした。臆病で覚悟のない、保身に抜かりのない打算的な私には私自身が失望を深めていくばかりだ。丸く固めた

          消失点⑥

           太陽を眩しいと思った。  夏の季節には高く昇り急な角度から強烈に照りつけてきて、冬になったらなったで無遠慮に、部屋の奥の奥にまで射し込んでくる。馬鹿のひとつ覚えのように昇っては沈んで、時には黄身色の夕日にもなって雄大な大自然みたいなものを誰も頼んでもいないのにこれ見よがしに演出してきて、年がら年中、朝になれば街中を明るく照らしはじめる。わずらわしいと思った。厭味だとも感じた。脇目もふらずに、際限なく、愚直にまわりつづける地面もうとましいと思った。  ベランダに成った、豊満に

          消失点⑤

           鉄の扉を開けた。一瞬、カビの臭いが漂った。  子供の背丈くらいの空間には生成り色のパイプやメーター類が並んでいて、その中の地を這う配管に、銀色をした大きめの南京錠がからまっていた。パイプスペース内の残った空白は幼児ひとりがやっと入れる程度の広さしかなくて、さすがにここで暮らすことはできないけれど、とても盲点で、捕まえにくる鬼から隠れるにはこの上なく適している場所だった。膝を抱えてこの中に潜んでいれば誰にも見つかりそうもなくて、毎日を穏便にやり過ごしていけそうだと思った。おー

          消失点④

           昼夜を問わない。そもそも時間帯だけではなく曜日の影響もさほど受けることがなくて、いつ来てもこの街は若い人々でにぎわっている。  長年勤め上げた会社を定年してからめっきりと外出は減り、毎朝決まった時刻の電車に揺られる習慣に終わりを告げてから久しく経つ。駅構内が最大級に込み合ったラッシュ時にしか縁がなかった私には、大抵座れる空いた車内には依然として戸惑いが少なくない。不定期の外出。だが、次第にではあるが多くなってきている。心身ともに若かった現役時代とまではいかないまでも、新たに

          消失点③

           信号が青に変わり、アクセルを踏み込んだ。  足の裏でペダルの硬い踏み応えを味わいながら、徐々に加速していく。前方を、右横を、左脇を、同様に車が発進していく。風景がうしろに向かって流れ出す。あたりを取り巻いていた景色はいつの間にか消え失せてしまい、遠くの景色はヌルヌルとにじり寄ってきて、彼方でかすんでいる街並は一向にその場から動かない。  速度を増しはじめた車体に身体が置いていかれ、シートに押しつけられた。  前方では街道と交差し、それと平行に、首都高と私鉄が頭上を流れている

          消失点②

           つまんで、左右に揺らす。頭は精密なガラス細工のようにいさぎよく折れるのに、引き締まった腹は多少粘っこく身にしがみつく。乾燥した肉や骨はとても脆いようで、生き物に備わっている生命の膂力をまだ感じさせる。水分を失った皮が砕けて、指の腹に粉が付く。茹でて干した煮干しの頭をもぎ、ペチャンコに、薄く乾いたはらわたをちぎり取る。面倒だが、このひと手間が味に大きく影響を及ぼすのだ。  身の部分は鍋に集め、苦みやえぐみの原因となる部位は元の袋にもどしていく。棄てはしない。これはこれで、晩酌

          消失点①

           電線か、空か雲か、後は鳥くらいなものだった。  下に目を移してみても、真っ黒く、目を凝らせば表面があばたに荒れているアスファルトと、両脇を流れる側溝の連続しかない。十字路に出くわすたび、白い停止線をまたいで進む。  宙に浮いた送電線は終わりなくつづいていて、ときおり分岐し、たわみ、民家へとつながっていて、主線は水色の空の上に延々と張り付いていく。  家々の谷間から、住宅街の細い路地裏から、空に向かって詰み重なっているベランダがちらついた。  歩くと、見えなくなる。また現れる

          桜木花道によろしく最終話

           応援が、どこか遠かった。  ときおり周りの動作に合わせて単発の拍手を送り、右掌の指の腹同士を擦り合わせつつ、右に左に目まぐるしく攻守を交代していく十人を、ぼんやりと眺めていた。心に巣食っている感情は平穏なのか、悔しさなのか怒りか、まだ尽きてはいないのかもしれない勝利への執念なのだろうか。いくら考えてみても散漫で具体的にかたちを象れず、雲をつかむような気分のせいでいまいち判然としない。  二枚あるコートの間には他校のバスケ部員たちが座って観戦していたり、隣の試合の大声や審判の

          桜木花道によろしく最終話

          桜木花道によろしく⑧

           怠惰に歩くような素振りを見せつけてからスピードを瞬時に上げると、各々の表情はほつれて不確かになる。常に変わらないユニフォームの色だけで敵か味方かを判別し、体格で、人物の、大体の見当をつける。紫が少ない。やはり、反応が鈍い。横へのワンドリブルの開始とともに違う展開に見切りをつけて、中に向かって走り出し、気付いて背中を寄せてくる意外に周到な相手選手をよけてインサイドに忍び込んだ。ディフェンスの隙間を縫って、ペイントエリアに侵入した。  口を開けて見上げている俺よりも背が高いセン

          桜木花道によろしく⑧

          桜木花道によろしく⑦

           傲慢だと思う。身勝手だし不遜だし、ただの自己満足でもあるし、周囲がこうむる皺寄せなんかに全然考えが及んでいない無神経な行為だろうし、唾棄すべき自己陶酔だとも思う。  放課後、体育館に続々と部員たちが集まってくる。コートと舞台との段差に寄りかかったまま手を小さく挙げて、後輩の挨拶に応える。手前のサイドラインから奥側に向かって、黒く埃が付着した黄色いモップが走っていき、一巾分ずれて戻ってくる。  いつも通りのハーフコートで、逆側は女バスだ。天井から下がった緑の網の向こうは、バレ

          桜木花道によろしく⑦

          桜木花道によろしく⑥

           南城大付属高校の体育館は異常に広い。  公立高校のそれとは規模が違い、バスケ部にかぎらずバレー部もかなり強いと聞いたことがあるし、他にも何部と何部が全国大会出場とかと書かれた垂れ幕が何枚も校舎から吊り下がっていたので、学校があらゆるスポーツに力を入れているのだろう。  床に敷き詰められた板の表面を透明な膜が寸分の隙もなく覆い尽くしていて、床全面が強烈な光沢を帯び、板の目の鏡のようで、体育館の上方部分にぐるりと設置された窓から差し込む日光を、真っ白く反射させている。まだ午前中

          桜木花道によろしく⑥

          桜木花道によろしく⑤

           鉄の棒を湾曲させて象った留め具の隙間に前輪を固定させた自転車が点在し、天井から細長い蛍光灯の光が白々と落ちてくる。朝と比べて停めてある数は格段に減っていて、こうしている間にも車体をバックさせて引き抜き、サドルにまたがって駐輪場から漕ぎ出ていく。暗闇に融けていく。  日に日に陽は短くなってきていて、すでに辺りは暗く、数百台も収容能力がある巨大な駐輪場だけが妙に眩しく浮かび上がっている。夜の中から、制服姿が滲み出てくる。校舎の明かりは全部落ち、この付近以外は先端の部分が地面にお

          桜木花道によろしく⑤

          桜木花道によろしく④

           ボールの縫い目が、掌の中を滑る。  ザラザラした手触りとほのかな轍が規則正しく交互に走り抜け、程よい摩擦を皮膚に感じさせて、やがて掌に密着する。斜め下に強く打ち出す。切り返す。利き腕のほうが強く、正確に、ボールを反射させることができる。コートの板目にバウンドする音だけを聴き、ディフェンスの左に身体をふる。一回だけ苦手なほうのドリブルをついて、抜きに行く。不安をよそに、大人しく軍門にくだってくれた、左手におさまった感触が心地よい。  自分自身が起こす音か目の前でチェックしにく

          桜木花道によろしく④