見出し画像

評論:J.R.R.トールキン(2/3)

トールキンの幻想世界を支えるキャラクターである小人族ホビットとは一体何者であろうか? これはヨーロッパの伝承などに登場する実在(⁉︎)の妖精であるエルフやドワーフとは異なり、純粋にトールキンの創造になる種族で、背丈は3フィート前後、つまり人間の半分ほどしかない。そのため「小さい人」と呼ばれている。少年のような見かけのわりには体力があり、すばしっこい。そして人間と同じくらいの知能がある。どちらかといえば臆病で平和を愛し、戦いを嫌い、長命であるという。また、川や湖など、水のある所を避けたがる。しかしいざという時にはフロドのように思わぬ勇気を見せる。

彼らの起源は明らかではないが、遠い昔、霧ふり山脈を越え、西に移動してきたものと思われる。普段は人気のない大地に穴を掘り、そこに住んで自足の生活をおくっている。ちなみにホビット(Hobbit)という名前は、作者自身の解説するところによれば、「穴造り」を意味する古い人間の言葉 Holbytlan に由来するらしい。さらに作者の凝った解説を参照すると、この小人たちは西方語ではバナキル (banakil:小さい人)の名で呼ばれ、ホビット庄やブリー村の住民はクドゥク (Kuduk)の語を用いた。またメリアドクの記録では、ローハン王は「穴に住む者」を意味する Kûd-dûkan なる語を使ったことになっている。そしてさらに作者は「ホビット族はかつて、ロヒアリムのことばと密接な関係を持つことばを話していたので、Kuduk は Kûd-dûkan のくずれた形であるように思われる。Kûd-dûkan には、すでに説明した理由から Holbytla の訳語をあてた。もし仮に、われわれの自身の古代英語に Holbytla の語がでてきたらとしたら、それがくずれて Hobbit になることは十分に考えられるのである。」とも述べている。

ファンタジー文学における、例えばこういった語源学的、言語史学的な側面からの肉付けがトールキンの文学世界に奥行きを与えていることは確かであろう。なにしろ『指輪物語』そのものが、作者によれば、この作品の舞台となる世界である「中つ国」の言語で書かれた、かの世界の原書からの英訳、という体裁をとっているくらいなのだ。しかしトールキンにとり文学創造において、言語学的にアプローチすることは彼の余技というよりもむしろ本質的な前提であった。言語と創造との間にトールキンが架けた懸け橋をよく見極めるために、まず、彼の生い立ちを見てみよう。

トールキンは1892年1月3日、南アフリカのブルームフォンテーンで生まれ、4才のとき、イギリスに移った。幼い頃から言語学、文学そして自然に強い興味を持っていたが、それは母親の感化によるところが大きかったと言われている。1903年バーミンガムのキング・エドワード・グラマースクールへ奨学金を得て入学。その後1910年、オックスフォード大学のエクセター・カレッジに進み、「英語・英文学」を専攻、1915年学位を得ている。大学在学中に「妖精言語」の創造に熱中したと言われている。卒業後、第一次大戦に参加して負傷。傷病兵として入院中に言語学の勉強に専念し、その後2年間オックスフォード大辞典改訂の仕事に参加している。1924年にリーズ大学で教授に昇進して後、オックスフォードへ移る。その後20年間、Raulinson and Bosworth Plofessor of Angro-Saxonを勤め、1954年、Merton Professor of English Language and Literature となって1959年に大学を退くまでその職にあった。

学者としてのトールキンは、それまでとかく別個に研究され、互いにかかわりを持とうとしなかった言語学と文学の間に存在する溝を埋めることに意を用い、この両分野の学徒たちに多大の影響を与えたと高く評価されている。また中世の文学に優れた研究を残した。学問的業績としては『ミドル・イングリッシュ・ボキャブラリー』(1922)、『サー・ガーウェインと緑の騎士』(1925)、『ベーオウルフ』(1937)、『妖精物語について』(1938年にアンドリュー・ラング記念講演として行われた講演に補筆したもの。現在は『木と木の葉』所収)などがあげられよう。

『妖精物語について』の中で彼は、〈ひとつの言語の創造は必然的に『神話』の創造を予測する〉、といったことを論じており、ここに彼の言語学的知識に基礎をおいた幻想世界創造というスタンスの根拠が明確に見出される。ここで展開されたファンタジーについての思想は『言語学的美学の試み』たる『指輪物語』において具現化された。このことが、彼自身の述べる《準創造》にあたるわけである。つまり現実の世界が神の創造になるものとすれば、『ホビットの冒険』と『指輪物語』そして次に挙げる『シルマリルの物語』など一連の作品を貫く、トールキンの幻想世界は、第二次の創造にあたる、ということである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?