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小説『ヴァルキーザ』 15章(3)


野営中の深夜、不意に冒険者ぼうけんしゃたちはみな、何かの気配を感じ、目が覚めて起き上がった。

見張りのグラファーンは、みなに警戒けいかいを呼びかける。

突如とつじょ、暗闇の中から何者かの影が現れ、冒険者たちに向けて、魔力を帯びた強い声を放った。

それは、馬の鋭いいななきに似ていた。
その高音の叫びは、聞いた者を恐怖におとしいれた。

エルハンストやアム=ガルン、ゼラは恐怖に飲み込まれ、意識を失った。
そして、魔法の眠りの中で恐るべき悪夢を見、精神的な打撃を受けた。

グラファーンとイオリィ、ラフィアは耐え残った。彼らは闇の中に浮かぶ、その大きな黒い馬の妖精のシルエット 〜夢魔ナイトメア〜 に向かって、そろってりかかっていった。

イオリィの戦槌せんついとラフィアの短剣が夢魔の体を打つ。

だが、それら青銅製の武器がその姿を引き裂いたかのように見えたそのとき、武器は怪物の体を透かして、空しく弧を描いた。

驚愕きょうがくのあまり、2人は立ちすくんで反応が遅れた。2人は夢魔の、次に放たれたいななきに対処できず、そのまま恐ろしい声を浴びせられた。

イオリィ、ラフィアもまた、悪夢に閉ざされてしまった。

しかしグラファーンだけは、恐怖の声に抵抗し続けることができた。
彼は、山の集落でルーア人から贈られていた護符ごふを身につけていた。

冒険者たちが妖精渓谷ようせいけいこくを行くと聞き、渓谷の行く手を阻む強大な魔物に対抗するためにルーア人が渡してくれたその、魔力を秘めた護符は、夢魔ナイトメアの魔力から旅人を守る力を持っていた。

「バクの守り」という名のその護符が光ると、
暗闇の彼方から、白く光輝く大きな霊獣れいじゅうが、急ぎ駆けつけて来た。

同時に、虚空こくうにどこからともなく放たれた何者かによる魔法語が響き渡る。

 よるくにつかえしゆめびと
 めし普遍ふへんみずちからもて
 ときものまがよりきよたま


詠唱えいしょうに呼応して、白く光輝く霊獣は、鉤爪かぎづめの手で夢魔ナイトメアを一瞬のうちに引き裂き、その体を喰らい尽くした。

そして辺りが一瞬、真昼のように明るくなり、たちまち夢魔の姿も、霊獣の姿も消え去った。

消え去るまでのわずかな間に、グラファーンに、夢魔の死に際の想念が伝わってきた。

「ぐっ…無念…だが、わがチスの名にかけて、死すとも貴様を呪い、必ず滅ぼしてやる…」

グラファーンは夢魔ナイトメアのチスを倒した!

辺りは再び暗闇に閉ざされた。

グラファーンはいま目の前で起きた一連の事に言葉も出ないほど驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻した。

やがて、倒れていた冒険者たちが次々と立ち上がる。みな悪夢から回復したのだ。

「さすがグラファーン、やったわね!」
イオリィが賞賛しょうさんする。

「ルーアの人々がくれた、お守りのおかげさ」
グラファーンは冷静に応えた。

冒険者たちは、とりあえず互いの対立を控え、その晩はそれ以上眠らなかった。そしてみな装備を整え直し、翌朝、渓谷をさらに下って歩きはじめた。

ルーア人の描いてくれた地図を頼りに向かう先は、イリスタリアの都の王宮で、宮臣きゅうしんたちから、マーガス国への経由地だと教えられていたアルフェデの街だ。

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