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文学フリマ東京35に出ます

11月20日に東京流通センター 第一展示場+第二展示場Eホールにて開催される文学フリマ東京35に出店します。

カクヨムにて公開していた「青くなくても春は来る」を編集し本にまとめたものと、物語をイメージして制作した楽曲が収録されたSONOCAを頒布します。

ブース:L-30

小説「青くなくても春は来る」

B6サイズ/424ページ/1500円
楽曲データ入りSONOCA付き

楽曲試聴動画↓↓↓

↓↓↓本文サンプル↓↓↓

 ハンガーからワイシャツを外して、袖を通す。リボンを手に取り、付けるかどうか少し悩んでから形だけ整えて緩く結ぶ。最近は気温が上がってきてブレザーはいらないかと思ったが、やっぱり着ていくことにする。
「杏奈、早く行かないと遅刻するわよ」
「うん、そろそろ出る」
 自室のドアの向こうから母の声がする。適当に返事をすると母が家を出る気配がして、家の中が静かになる。
 そろそろ行こうかな、と思い軽いリュックを背負って部屋を出ると、ちょうど姉が起きてきたところだった。
「杏奈、いってらっしゃい」
「……ん」
 姉はまだ何か言いたそうだったが、私は気にせず家を出た。
 外には学校に向かう学生や仕事に向かうサラリーマンが慌ただしく歩いている。それは私の目にはまるで早送りの映像のように見えて、私だけが違う時間の中にいるようだった。
 もう家の周りはだいたい歩き尽くしたし、今日は少し遠出してみようか、と駅に向かう。今日も学校に行くつもりは無い。
 電車にはこれまた学生と社会人が詰め込まれていて、皆が朝の満員電車に疲れた顔をしている。隙間に何とか入り込み、携帯を開く。適当なパズルゲームを開き、数分でクリアした。そこで電車を降りることにする。
 初めて降りた駅だった。とはいえ、雰囲気はうちの地元と変わらない。当たり前だ。たかが電車で数分で景色が様変わりするようなことはない。本当にそう思っているのか、もしかしたら簡単に私の見る景色をガラッと変えてもらうことをどこか期待していたのかもしれない。
 そんなことを考えている自分がおかしくて、心の中で笑い駅を出た。特にあてもなく、信号が青の方向に進んだ。
 ここでも学生と社会人の群れは多く、それらは少し焦り気味に駅に走っていた。そろそろ遅刻を危惧する時間なのだろう。
 人の少なそうな方向を選んでいると、視線を感じた。その方向を見ると私と同じ制服を着た女の子が私を見ていた。と言っても私のようにだらしない格好ではなく、ボタンはきっちり留めていてリボンも綺麗に結ばれている。肩で息をして長い髪も少し乱れているところから、遅刻を恐れて走っているのだと分かった。
 その子も私が同じ制服を着ていることに気づいたようで、駅と逆方向に行こうとする私を不思議そうに見ている。
 そんな目で見ないでよ、と思いつつ私は踵を返した。

「芽衣、おはよう」
 図書室の受付で携帯ゲームに没頭していた姫野芽衣は、私が話しかけるとため息を漏らして顔を上げた。長い前髪から覗く目が私を睨む。
「おはようって、放課後なんだけど」
「まあまあ、細かいこと言わないでよ」
 笑いながら本の貸し出し手続きをしてもらう。最近ハマりだした作者の新シリーズだ。正反対な二人のキャラの仲が少しずつ深まっていく様子は面白い。
「芽衣もせっかく図書委員になったんだから、本とか読んだら?」
「……私はいいかな。図書委員になったのは一人になれるからだし、小説とか読んでても感情移入とか出来ないし」
 芽衣はそう言うと自嘲気味に笑った。そんなことないよ、とかもっとクラスの子と仲良くしてみたら? とか、いくらでも適当な言葉は思い浮かぶがそれが口を出ることは無かった。
 次の日は読書の日として、ファストフード店を訪れていた。平日の昼間は閑古鳥が鳴いていて、読書に集中できる。
 しかしあまりに没頭しすぎてしまい、読み終えるとかなり時間が経っていた。シェイク一杯で長居しすぎた。
 周りにも学生の姿がちらほら見えてきて、私は小説の余韻も程々にとっくに溶けてぬるくなったシェイクを飲みほして席を立った。
 階段を上がっていると、向かいから人が降りてきた。端に避けようとすると視線を感じ、反射的にその人の方を見た。そこにいたのは先日見かけた遅刻に焦る同じ制服のあの子だった。
 以前と同じようにきっちりと制服を着ていて、以前とは違い長い黒髪には綺麗に櫛が通されている。
 彼女の大きな黒目に私の姿が写っているのが見えて、慌てて目を逸らしてその場を去った。目が合っていたのは一瞬だったはずなのに、彼女の姿は脳裏にやたらこびりついていた。

「あ、杏奈。やっと来たね」
 昼休みの教室に入ると、他の生徒からの腫れ物に触るような視線に混じって七瀬未来が声をかけてきた。短い髪に明るい声色、少し焼けた肌からは活発さが感じられる。バスケ部に所属し運動神経抜群な彼女はクラス内で唯一私に話しかけてくる貴重な友達だ。
 未来の明るい声色で、私が入ってきたことで生まれた教室の緊張感は少し緩んだ。
「ちょっと用事があってね」
「用事が無くても学校には毎日来るもんでしょーが」
「それもそうだ」
 軽口を叩き合い、午後の授業を適当に流した。現文は雰囲気でこなせたが、数学はもう意味が分からなくなっていた。
 放課後になったので図書室に向かう。本を返却するため芽衣のいる受付に向かうと、先客と何か話している。
 話が済んでから出直そうかと思っていると、芽衣が私に気づいて「ちょうど、来たみたい」と言った。
「ごめんね、芽衣。今日が返却期限って忘れてたよ。おかげで午前中休んじゃった」
「言い訳にならないよ。サボり癖ついても知らないから」
 受付で話していた二人の生徒が避けたので、芽衣に本を渡す。すると芽衣は私から視線を外して声のトーンを少し落とした。
「……じゃあ、このまま貸出手続きする?」
「あ、うん。お願いします」
 二人の生徒のうちの片方、真面目そうな子の方が答えた。その瞳を見て、思い出した。何度か見かけているあの子だ。
 彼女も私に気づいたようで、目が合う。前に会ったよね、と言うのが何故か恥ずかしくてつい嘘をついてしまった。
「あれ? ……どっかで会ったっけ?」
「何度かすれ違っては、いると思います」
 知ってる。声を聞いたのは初めてだったが、真面目そうな見た目通りのハキハキした声。ダミ声でのんびり喋る私とは正反対だ。
「あー、なるほど。その本、面白かったよ。続編が今度出るみたい。あ、私は桜井杏奈。よろしくね」
 自分で言っておいて、友好的な態度をとったことに驚いた。向こうも私がやたら馴れ馴れしいことに少し驚いている様子だ。
「く、久保田雪です」
 緊張しているのか、敬語で返される。隣にいる人は少し化粧っ気もあって制服も私くらいに着崩しているのに、そんなに怖がられるようなことをしただろうか。
「ふふ、じゃあ用も済んだし、帰ろっかな」
 初々しい反応が面白くて、つい少し笑いながら図書室を出た。
 何故か分からないが、生まれて初めて、久保田さんに対して直感的に仲良くなれそうな人だと思った。いや、仲良くなりたいと、思った。

「杏奈、次の授業体育だよ」
 机に突っ伏して眠る私の肩を未来が叩いた。体育だなんて知ってたら休んでたのにな、と思いつつ仕方なく着替えのため隣のクラスに移動する。
 うちは共学で体育は男女別に行うので隣のクラスと合同だ。寝ぼけ眼を擦りながら隣のクラスのドアを開くと、見覚えのある黒髪が見えた。その背中に近づき声をかける。
「久保田さん、隣のクラスだったんだね」
「さ、桜井さん。どうも」
 にこやかに話しかけているつもりなのだが、どうも警戒されている気がする。
 とりあえず共通の話題を振ってみる。
「この間の本、読んだ?」
「うん……面白かったよ。最後のとこ、映画と違うんだね」
「ああ、映画やってたね。そうなんだ。見てないから知らなかった」
 何とかタメ口を使ってくれるくらいには警戒を解いてくれたらしい。
 今日の体育の種目はハンドボールで、適当にチーム分けをされて試合が始まった。私はというとボールを追いかける集団をワンテンポ、いやスリーテンポくらい遅れながらのんびりコートを行ったり来たりしていた。
 なるべく汗をかかないよう動いていても、この時期は太陽が容赦ない。だんだん疲れてきたので遂にコートの端でぼんやりすることにした。
 隣のコートでは未来が大活躍のようだった。しかし見ていると先日の久保田さんの友達らしき人もなかなか頑張っている。よくあんな素早く動けるなあと関心していると、ふと視線を感じた。
 目線を動かすと、隣のコートの久保田さんと目が合った。未来を筆頭とする素早い攻防戦になんとかついていこうとあたふたしている。余所見してたら危ないよ、と思いつつヒラヒラと手を振る。
 さすがに無視されるかな、と思っていたら久保田さんはふっと笑って手を振り返そうとしてくれた。が、余所見をして走っていたせいでそのまま足がもつれて転んでしまった。
 派手に転んだ久保田さんに、何故か隣のコートの私が真っ先に気づいた。他の生徒や先生も気づき、久保田さんの周りに人が集まる。
 心配する先生に久保田さんは大丈夫だと言っているが、膝を擦りむいてしまっている。立つことはできるようだが、歩くのに苦労しそうだ。
「保健委員、保健室に連れて行ってあげて」
 先生がそう言うと、どこからか「うちのクラスの保健委員、今日休みじゃない?」という声が聞こえた。そしたら私たちのクラスの保健委員が連れていくのか。保健委員って……
「私、保健委員です」
 考えるより早く、手を挙げていた。そういえば私は保健委員だった。ほとんど仕事が無いから楽だと思って入ったのに、まさか自分から仕事を貰いにいくとは。
「じゃあ、お願いね。桜井さん」
「はい。久保田さん、行こう」
「あ、ありがとう」
 久保田さんの手を肩にかけると、制汗剤の甘い匂いが鼻をくすぐった。
――――――
「すみませーん……。あれ、いないのかな」
 保健室の中には他の生徒も先生の姿もなく、静かだった。とりあえず久保田さんを座らせて、消毒液などを探す。
「か、勝手に……いいの?」
「それで怒られはしないでしょ。怪我してるんだし。はい、ちょっと染みるよ」
 消毒液とガーゼで傷口を拭き、絆創膏を貼る。軽い傷だしこれで大丈夫だろう。
 処置を終え、とりあえず空いているベッドに寝転んだ。窓から流れてくる風が心地よい。
「ふー、先生いなくてラッキーだったね」
「え、桜井さん?」
 不思議そうに私を見る久保田さんを手招きして、ベッドに座らせる。
「まあまあ、せっかくだしちょっと休憩していこうよ」
 私がそう言うと、久保田さんは呆れた様子でため息をついた。
「……はあ、ちょっと見直したのに」
「ん? なに?」
「なんでもない。もう大丈夫だし、早く戻ろう?」
「えー? 無理しないほうがいいよ。……そうだ、ちょっと待ってて」
 久保田さんを残し、保健室から飛び出す。教室に寄って財布を持って自販機の前に向かう。ジュースを二つ買い、保健室に戻った。
「はい、リンゴジュースでよかった?」
「いや、私はいいよ。授業中だし……」
「堅いなあ。別にこれくらい怒られないって」
 私がぐいとジュースを押し付けると、久保田さんは折れて受け取った。きっと私が買ってきた手前、断るのは失礼だと思ったんだろう。本当に人が良い。
「はい、これで共犯」
 一口飲んだ久保田さんにそう言うと、顔を赤くして抗議してきた。
「ちょ、ちょっと!」
「あはは、冗談だよ」
「もう……。サボる口実に私を使わないでよ」
「んー、まあそれもあるけど、久保田さんじゃなかったらわざわざ保健委員ですなんて言わなかったかも」
「え?」
 つい流れで喋ってしまったが、ちょっと変なことを言ったかもしれない。実際、久保田さんは動揺している。
「私じゃなかったらって、どういう……」
「そりゃ一応顔見知りだし。なんだっけ、会う回数が多いと好感度が上がるみたいな心理効果があるんだよね、確か」
 私まで慌てて早口になってしまう。しかもこれじゃ私が久保田さんに対して好感を持っていると言っているようなものじゃないか。
「そう、なんだ……」
「それに、転ぶ前に私の方見てたよね? そのせいもあるのかなって思ったから」
 見てたのは私も同じなんだけど。
「いや、それは別に……」
「まあ、目立つよね。あれだけサボってれば……」
 悪目立ちしたくないとは思っているけれど、そのために真面目を演じることもできない。ならせめてそのせいで生じた事には責任を取りたい。だから久保田さんのことも保健室まで連れてきた。
 そういうことで自己完結させる。この行動に深い意味など無いと。
「さて、そろそろ戻ろっか」
「……うん、ありがとう。桜井さん」
「なに? 急に」
「ううん。いい息抜きが出来たなって」
「なら良かった」

だんだんと外を歩き回るのもしんどい暑さになってきた。じゃあ真面目に学校に行けという話なのだが、そう簡単な話じゃないのが難しいところだ。
 ひとまず目に入ったゲームセンターで涼ませてもらうことにする。クレーンゲームなどを冷やかしつつ奥に進むと、シューティングゲームの前に芽衣の姿が見えた。いつの間にか学校が終わる時間になっていたらしい。芽衣は画面に写る敵たちを熱心に打ち倒している。
 悪戯心が芽生え、自販機で冷たい飲み物を買うとゲームに熱中している芽衣の首元に当てた。
「ひゃあっ!?」
「うわっ」
 想像以上に驚かれて、私も驚いてしまう。芽衣は敵意むき出しの目で振り向いたが、私だと気づくと気が抜けたようだ。
「杏奈か……もう、やめてよ」
「ごめんごめん。芽衣、ここのゲームセンターよく来るの?」
「まあ、学校から少し離れてて人に会いづらいし」
 芽衣らしい理由だ。そしてこの様子だと同じクラスでもまだあまり馴染めてないのかもしれない。確か久保田さんと同じクラスだったと思うけど、だからといって仲良くなれるとは限らないが。
「まあ芽衣の好きにしたらいいと思うけど、向こうの方のゲームセンターには行かないようにね。こっちと違ってガラの悪そうなのが多かったから」
 私がそう言うと、芽衣はどこか不服そうに目を細めた。
「もう、親じゃないんだから」
「女の子の一人遊びは危ないからね。心配してるんだよ」
 芽衣は小さいし、というのは言わないで頭をポンと撫でる。それにまた更に芽衣は頬を膨らませた。
「……杏奈だって、女の子でしょ」
「はは、確かに」
 また別の日、芽衣がいるかなと思い何度かゲームセンターを訪れてみたのだが、タイミングが悪いのか芽衣の姿を見ることはなかった。

あまりにもサボりすぎてしまい、遂に呼び出しをくらってしまった。宿題を提出していないことが問題らしいが、私はそんな宿題の存在も知らなかった。
 まあこれも因果応報か、などと他人事のように思いつつ下校時刻の校舎に登校する。部活に精を出す生徒たちを横目に歩いていると、足元にテニスボールが転がってきた。テニス部の活動場所はからはかなり離れているのに、どういうことだろうと思いつつ拾い上げると、ラケットを持った久保田さんが駆け寄ってきた。
「すみません、ありがとうございます……。って、桜井さん?」
「あれ、久保田さん。テニス部だったんだ」
「うん。ていうか桜井さん、今日休みだったんじゃ……」
「そうなんだけどさ、ずっと放置してた宿題がいよいよやばいらしくて」
 私の言葉に久保田さんは顔を引きつらせた。真面目な久保田さんには想像できない世界だろう。
「あ、そうだ。桜井さんにちょっと用事があって」
「私に?」
「うん。えっと……今日この後でも大丈夫?」
「うーん。まあさすがに部活終わる頃には私も終わってるかな。いいよ」
 どれだけ宿題が溜まっているか知らないけれど、先生もさすがにそれほど遅くまで残らせはしないだろう。
「じゃあ、また後でね」
――――――
 結局、補習を終える頃には部活中の生徒もほとんど下校してしまっていた。下駄箱で待っていた久保田さんの下に急いで向かう。
「ごめん、お待たせ」
「ううん。じゃあ、行こっか。桜井さんって電車?」
「うん。そうだよ」
 久保田さんと雑談をしつつ駅まで歩く。
「ていうか久保田さんってテニス部だけど運動苦手?」
 先日の体育でもあたふたしていたし、先程のテニスボールも久保田さんが吹っ飛ばしたようだったし。
「うっ……。それは、うん。苦手だけど……まあ、一応何とかしようと思って、テニス部に入ったの」
「へえ、すごいね。中学の頃は部活やってたの?」
「え……っと、中学の頃は、特には」
 微妙に歯切れの悪い回答を不自然に思ったが、話題を変えられてしまう。
「そんなことより、姫野さんのことで聞きたいことがあって」
「芽衣の?」
 芽衣と久保田さんに接点があるだろうかと考えていると、視界の端に芽衣の姿が見えた。
「あれ、芽衣じゃない?」
「え、どこ?」
 目で追っていると、芽衣はゲームセンターの方に向かっているようだ。それも以前に芽衣と会った方ではなく、行かないように注意した怪しい方のゲームセンターだった。
「あっちのゲームセンターに向かってったね」
「え、あそこ……?」
 久保田さんも察したのか、怯えた表情になった。
「ちょっと見てくる。久保田さんはここで待ってて」
 少しでも久保田さんが安心できるよう何でもないような顔でそう言ったが、袖を掴まれた。
「わ、私も行くよ」
「……危ないかもよ?」
 今度は真面目な声で言う。それでも久保田さんは目を逸らさなかった。
「だったら尚更、桜井さん一人に行かせられないよ」
 ここで置いていって、後から一人でついてこられる方が危ないと思い、二人で行くことにする。
 芽衣といい久保田さんといい、何で私なんかのことをそんな心配するのだろう。私一人くらい、どうなっても構わないのに。
――――――
 店内は薄暗く、客層も大学生くらいの男が多く騒ぎ声も時折聞こえた。芽衣がいるであろうシューティングゲームのコーナーに向かっていると、左手をぎゅっと握られた。振り向くと、久保田さんが少し顔を赤くして私の手を握っている。
「ご、ごめん」
 久保田さんは離そうとしたが怖いんだろうなと思い、笑い返した。
「いいよ、このままで」
 店内の奥に進むとやはり芽衣はシューティングゲームをプレイしていた。その後ろではガラの悪い集団が芽衣の方をチラチラ見ていて、今にも絡まれそうだ。
 足早に芽衣の下に向かい、肩を叩く。
「芽衣、何してんの。こんなとこで」
「あ、杏奈……!? 久保田さんも……」
 私たちが来ても例の集団は獲物が増えただけのような反応で、より一層目を光らせている。小柄な芽衣と真面目そうな久保田さん、二人とも顔も整っているしああいう輩たちからすれば格好の餌食なのだろう。
 その汚い目を睨み返しつつ、二人の手を引いて急いでゲームセンターから出た。
 追ってきてないことを確認して、少し離れた公園のベンチに座った。ずっと汗ばんでいた久保田さんの手が突然ぱっと離されたので緊張が解けたんだなと思う。
「……で、芽衣。何であんなとこにいたの。あそこが危ないってことくらい、芽衣なら分かるでしょ」
「ご、ごめん……」
 なるべく厳しい態度にならないようにしたが、私の言葉に芽衣は萎縮してしまう。
「桜井さん、そんなに責めなくても……」
「うん、ごめん。私も責めるつもりは無いよ」
 芽衣の言葉を待っていると、俯きつつ話してくれた。
「久保田さんに会うのが……怖かったの」
「え、私に?」
 聞くところによると、前に芽衣は久保田さんともゲームセンターで遭遇していたらしい。その時にまた遊ぼうと言われていたがそれが怖くて向こうのゲームセンターに行ってしまったということだった。
「……私、人とどう関わればいいか分からなくて、中学の頃もそれで上手くいかなくて、浮いちゃって……」
 中学の頃を思い出してしまう。私にとって数少ない友達だった芽衣だけど、芽衣にとってもそれは同じことだった。
「久保田さんは、優しいから……。嫌われたくなくて、怖くて……」
「嫌わないよ」
 芽衣の言葉に対して、久保田さんは強く言い切った。私には言えない、真っ直ぐな言葉だ。
「だって、一緒にゲームして楽しかった。姫野さんは、楽しくなかった?」
「……た、楽しかった」
「私も……あんまり人付き合いって得意じゃないから。姫野さんに嫌われちゃったのかなって、不安だったの」
「そんな、久保田さんは何も……」
「だから、その……一緒にゲームしてくれる友達がいたら、すごく嬉しい。姫野さんが嫌じゃないなら、また一緒にやりたいな」
「……うん。私も、またやりたい」
 何はともあれ、二人が仲良くなれて良かった。
「ねえ、私も一緒にゲームしていい?」
「杏奈はまずちゃんと学校に来るところからでしょ」
「う、ひどいな」
 それはまあそうなんだけど。
 私たちのやりとりを見ていた久保田さんが少し遠慮がちに口を開いた。
「わ、私も……二人のこと、名前で呼んでいいかな? 私のことも、雪って、呼んでほしい」
「もちろん。よろしく、雪」
「うん。よろしく……。雪」
「……ありがとう。芽衣、杏奈」


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