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郷愁の季節

入口で待ち構えるように仲居さんが我々一行を笑顔で招き入れてくれた。
ホテルのロビーの絨毯はふかふかしていて、天井には今流行りのシャンデリアという照明がロビー全体をほのかに明るく照らしている。
革張りの椅子とテーブルがいくつか設置され軽食や飲み物を提供するカウンターもあり、奥の方にはお土産コーナーも併設されていた。

「豪気なもんだね、去年よりも随分立派になってるじゃないか」
佐々木が思わず声を上げる。
「うちの会社も随分と景気がいいみたいだね」
私はなんとも誇らしかった。

部屋は同期4人の相部屋でこざっぱりとした和室だった。
荷物を置いて浴衣に着替えるや否や、山本が冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の中は横に瓶が入るような仕切りがありビールやコカコーラ、バヤリースが横に並んでいて、商品の下に値段が付いていた。

「どうだい?まずは1杯といこうじゃないか?」
「いいね」
山本はビールを取り出して蓋を開け、コップに4人分のビールを注いだ。

「今年も一年お疲れさま」
「平泉貿易の前途を祝して」
「乾杯!!」

我々4人はビールを飲み干した。

「いいホテルだね、綺麗だし仲居さんも可愛い子がいたぜ」
「さすが!抜かりないね」
「去年のホテルより全然いいよ。うちの会社は随分景気がいいみたいだな」
岡田はさっき佐々木と私が話していたのと同じようなことを言った。

「どうだい?宴会の前にひとっ風呂といこうじゃないか」
「さっきロビーのパンフレットを見たけど天然温泉らしいね」
「そりゃ行かない手はないね」

4人はぞろぞろと浴場に向かった。
何十人も入れる巨大な風呂には、先に到着していた営業1課の者が何人か入っていた。
実は営業1課とはあまり仲が良くないのだ。

「ちっ」
「なんだよあいつら先に来ていたのか」
「まぁまぁ、いいじゃないか」
基本的に誰かれ関係なく分け隔てなく付き合うことができる佐々木が1課の連中に手を振った。
向こうも佐々木がいるならと手を振り替えしてきた。

広い湯船の横はガラス張りになっていて、薄暗い窓の外を見るとライトアップされた鬼怒川が照らし出されていた。
4人で頭に手ぬぐいを乗せて湯船に浸かった。
「しかし、こう広い風呂だと1課の連中がいても気にならないね」
「去年はこうもいかなかったからな」
「佐々木は偉いよな、1課の連中ともうまくやって」
「こんなところで揉めてもしかたないだろ」
「神様仏様佐々木様だね、こりゃ」
山本がおどけると4人は声を出して笑った。

宴会は18時30分に始まった。
大広間『つるの間』は広大な和室で入り口の反対側にはステージが設けられ、2人が向かい合う形の卓が3列、ステージに向けて並び、その上には刺身や天ぷら、季節の煮物、小鍋などの一人一人の料理がすでに準備されていた。
我々同僚4人は全員同じテーブルだった。

社員全員が集まるとステージの脇で社長が今年一年の労をねぎらう挨拶をして、乾杯の合図でコップが当たる音がすると徐々に大広間は騒がしくなった。

「どうだい、料理もなかなかものんじゃないか」
私が岡田にいうと
「そりゃそうさ。なんたって景気のいい我が社だからね、温泉街でこれくらいのものはなかなか食べられませんよ」
と岡田は自慢げに答え私の空いたコップにビールを注いだ。
ひとしきり料理をつまみビールを何杯か空にすると
山本が
「そろそろ上司のところに回るか」
と言った。

我々は岡田、山本組と私と佐々木組に別れて上司のところにビールを持って回った。
専務の前に行く直前に佐々木は仲居さんに熱燗の注文をした。
「大の日本酒党の専務だから、君、とびっきり特級酒で頼むよ」

特級酒とおちょこを持って佐々木と私は専務の前に行き
「専務、今年もお疲れさまでした。専務は日本酒党だとお聞きしたので、特級酒の熱燗を清水と私で用意してきました」
と専務におちょこを渡し酒を注いだ。
「君たちは随分と気が利くじゃないか」
「恐縮です」
「ありがとう、ま、来年もこの調子で頑張ってくれたまえ」
専務はご機嫌だった。
そして、自分で仲居さんにお願いした熱燗を私と一緒に用意したと言った佐々木という人間の器の大きさに私は感服したのであった。

だんだん賑やかになってくる宴。

節子さんたちの総務課は少し離れたところで飲んでいて、女性たちの楽しそうな笑顔が見えた。
ひとしきり上司に挨拶を終えた2人は、少し手持ち無沙汰になり、
「どうだい?あっちにも行ってみるか」
佐々木と私は瓶ビールを持って総務課のところに行った。
総務課のお局と言われている年配の山田さんがこちらに気がついて
「営業2課のホープのお2人が来ましたよ」
とおどけた。
山田さんは少し酔っぱらっているようでご機嫌だった。
佐々木と私は山田さんをはじめテーブルにいる4人にビールを注いで乾杯をした。
少しお酒の入って赤くなっている節子さんは艶っぽく、仕事の時とは全然様子が違うその仕草に、私はら思わずは見惚れてしまった。

私が節子さんに気があると知っている佐々木が、私に気を遣って他の人たちと談笑してくれたおかげで、私は節子さんと話をすることができ、年が明けたら一緒に銀座に食事に行く約束をした。

宴もたけなわとなり専務の1本締めで宴会が終了、部屋に戻る者、もう一度風呂に入る者、ホテル内のスナックに飲みに行く者、三々五々に散らばっていった。
岡田と山本はもう一度風呂に入るということだったので、私と佐々木はホテル内のスナック『燈』で飲み直した。
「おかげで今度節子さんと一緒に食事に行く約束ができたぜ。礼をいうよ」
「なーに。お安い御用さ。オレのときはよろしく頼むぜ」
「おう、任せろよ」
私たちはサントリーオールドを飲みながら仕事の話や将来の話をして、夜が更けていった。

朝食は昨日とは別の大広間だった。
我々4人は朝飯を食べながら昨日の宴会の話をした。
「営業1課の中村が酔っぱらって転びそうになったときのはずみで部長とぶつかって、部長のカツラがズレたらしぜ」
「部長、ご立腹だったな」
「いい気味だったな」
岡田と山本がその場にいなかった私と佐々木に小声で話し、みんなでヒソヒソ笑った。
「そっちはどうだったんだい?」
「総務課と盛り上がっていたみたいじゃないか?」
「佐々木のおかげで節子さんと今度食事にいくことになったよ」
「へー、やるねー」
「神様仏様佐々木様だったよ」
私たちはまた笑った。

チェックアウトの時間になり、ホテルの前で社員全員で写真を撮り、行きと同じくバスで東京に向かった。帰りのバスは行きとは違って随分と静かなものだった。

東京駅に着き、我々4人は飲み直しと称して八重洲口の縄のれんに吸い込まれるように入って行った。

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突然の小説風な文章、いかがでしたでしょうか。

会社勤めをしたわけでもなく、昭和の中頃に生きてきたわけでもないのですが、往年の、そして年齢的にも時代的にも世相的にもこの先絶対に味わうことがないであろう、会社の泊まり込みの忘年会というものに思いを馳せ、こんな文章を書いてみたのでした。

普通に『会社の忘年会に行きたい』ってだけだと、個人的なコラムとはいえ、あまりにも伝わらないから、こういう形になってしまいましたが、書き進めていくと色々面白いもんですね。
時代背景とか会話の口調や言葉使いとか、、、映画や本で読んだイメージや感触を薄っぺらい感じで織り込んでいくのは楽しい作業ですな。
ホントにこんな口調で話してたのかしら。

叶わないとは思いますが、出来ることなら一度は行ってみたかったなー。
こんな忘年会が実際にあったのかどうかは知りませんが。
誰か再現して動画にして下さい。
1再生の責任は取ります。

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