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世のちり洗う四万温泉(下)

こちらは本館の隣にある前新という3階建ての建物で、昭和5年に建てられた。中之条町指定重要文化財である。

前新の外観。アーチ窓のある1階が元禄の湯。

このうち「元禄の湯」と呼ばれる浴場があるのがここの1階。昔ながらの温泉の造りをよく残していて、レトロな雰囲気が素晴らしい。
温泉の入口の戸を開けると、すぐ目の前に浴場がある。脱衣場と浴場が一体化した造りになっているのだ。浴場には、大人3人が入ると少し窮屈になるかなという大きさの浴槽が4つ、もう少し大きめの浴槽が1つと蒸し湯が2つある。

元禄の湯。右奥にあるアーチ状の戸が蒸し湯。(積善館HPより引用)

かけ湯をして、湯船につかる。1人で浸かると、狭すぎず、広すぎずという感じで、落ち着くサイズ感だ。こんこんと湧き出る湯は源泉かけ流しで、湯加減もちょうどよい。視線を窓や天井に向けると、大正ロマネスク様式の意匠が目に入る。おしゃれで、きれい。まさに眼福。こういう良い建築を見ながら温泉に浸かるなんて、素晴らしい贅沢だ。

せっかくなので、蒸し湯にも入ってみる。蒸し湯とは、言ってみればサウナのようなものだが、温泉の蒸気に当たることがメインだ。湯船に浸かるという入浴スタイルが普及する以前は、この蒸し湯のスタイルの方がメインの入浴方法であったらしい。確かに、必要な湯量が蒸し湯の方が圧倒的に少ないため、こちらのほうが効率は良いのだろう。
壁にある屈まなければ入れないくらい小さな戸を開け、蒸し湯の中に入る。暗い蒸し湯内は、タイル張りで背もたれのある腰掛けがあるだけの空間で、蒸気が充満している。ここに座って、蒸し湯を楽しむ。暗い空間に一人、温泉の蒸気に包まれていると、身体も頭も落ち着く。なるほど、こういう楽しみ方もあるのか。新鮮な驚きであった。

この元禄の湯、日帰り入浴もできるので積善館に宿泊しなくとも入浴は可能だ。だが、これだけ素晴らしい温泉なので当然、人気だし入場制限はしているはずだが、どうしても人は多くなってしまう。ゆったりと温泉を楽しみたいなら、やはり宿泊して、日帰り入浴をしていない時間帯に入るというのがベストだろう。

温泉と建物探索を楽しんでいたら、夕食の時間になった。本館宿泊客は、大広間でお弁当形式の夕飯をいただく。お弁当形式ということなので、相当簡素なものをイメージしていたのだが、重箱に入っているおかずという感じで、わりと豪華だ。これに加えてお茶碗によそったご飯とお味噌汁もある。ただ、一般的に想定される温泉旅館の夕飯と比べれば、確かに質素ではある。最近、食が細くなってきたので、これくらいのほうがちょうど良い。(写真は撮り忘れました)

夕飯後、少し外に出てみる。建物がライトアップされていて、なかなか幻想的である。なんでも「千と千尋の神隠し」の油屋のモデルの一つになったとも言われている。実際にモデルになったかどうかは、そこまで関心はないが、確かに素晴らしい建物だ。スマホのカメラを向けていたら、似たような写真でフォルダが占拠されてしまった。

夜の積善館

夜は、また元禄の湯に浸かったり、夜風に当たりながら本を読んだり、広縁で書き物をしていた。川のせせらぎが聞こえるだけの暗闇は、なかなか東京では味わえない。

翌朝、6時くらいには目が覚めたので、朝風呂でまた元禄の湯に浸かる。見事に、自分しかおらず独り占めすることができた。この上ない贅沢だった。

楽しい時間は、あっという間に過ぎゆくもので、気が付けば朝食も食べ終わり、チェックアウトの時間だ。できれば連泊したかったなあと思いつつ、駅へのバスに乗り込む。

温泉宿を目的とした、あまり外にも出ない、爺臭い旅という見方もできるだろう。だが、それは温泉宿という空間、そこで過ごす時間を最大限に楽しむ最高に贅沢な旅でもあった。

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