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休職日記 #23 盗み聞き

学生街の喫茶店ほど居心地の良いものはない。比較的空いているなら、なおさらだ。休職して良かったことなどほとんどないが、数少ない利点として、そういう混雑から解放された良い場所を利用できることというのは間違いなくあるだろう。流石に経済的な理由もあるので頻繁にそんな贅沢をすることは出来ないが、たまの贅沢としては至高の時間である。

先日も例のごとく、神保町の純喫茶で入手したばかりの古書をパラパラと眺めながらコーヒーを飲んでいた。しばらくして隣の席に2人組の学生客が入ってきた。図らずも会話がよく聞こえてきたので、つい盗み聞きをしてしまった。
どうも母校の後輩のようで、就活という現実に直面しているようだ。
この2人、”アンチ就活”という主義主張のようで、無批判に就活に熱心に取り組むメインストリームを批判的に語り、同時にメインストリームに乗っていない自分たちの正当性を熱心に語り、どこかで聞いた最先端の動きを基に世の中を語っている。
批判の矛先は、私が属する(就活市場においては人気がある)業界にも向けられて「なんで人気なのか分からない」「虚業じゃないか」「内製化しろよ」とのご高説が流れてくる。「君たち、すぐ横に当事者がいるよ(休職中だけど)」と微笑ましく聞いていた。

かくいう私も、3~4年前までは、どちらかと言えば、彼らの側にいた。思考停止に陥っている同級生たちをやや嘲笑しながら、自分に合った、かつ、競争力もある仕事を選んだ。すべてが希望通りとはいかなかったが、勝ち負けで言えば、勝ったほうだ。メインストリームとは異なる賢い選択をした、彼らとは違う自分・・・と思っていた。
ただ、実際に社会に出る(厳密に言えば、組織人になるという意味だが)と、こんな「自分は特別な(凡人とは異なる優秀な)人間である」神話は、いともたやすく崩れ去った。思い描いていた理想とは異なる、そこまで面白くはない仕事と、とても優秀な自分は虚構であったという非常な現実が突きつけられた。そして、果てはメンタルダウンである。

アンチ就活論を展開する2人を見ながら「君たちの言っていることは半分は正しいが、半分は間違っている」と思わずにはいられなかった。
物事を語るにあたって、当事者性なんてものは無くても構いはしないが、実際に組織人を経験した上での発言か、そうでないかの違いは聞き手にとって、その重さに天と地ほどの差があるのも事実だ。組織人を経験していない彼らの言説は、やはり聞いていて軽いのだ。根本的な事実誤認が散見される上、現実はそこまで単純じゃないし、理想と現実には埋めがたい乖離があり、人生というのは思い描いていたとおりには、まあ進まない。そういうことを真に理解せぬままの言葉は、吹けば飛んでいく程度の重さしかない。
実際、組織人としての経験がなければ、そうなるのも致し方ない気もしなくはない。現実に自分がそうであった。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という金言があるが、私を含めた世間一般の大多数を占める愚者は、やはり経験をしないと分からないのだ。他者の言説で、真の理解ができる人間など、いないに等しいほど、わずかだろう。そんなことを考えながら、空になったコーヒーカップを所在なく手に持った。

店を出てからも、なんとなくそんなことを考えていると、ウォークマンからサカナクションの「エンドレス」という歌が流れてきた。

〽誰かを笑う人の後ろにも それを笑う人 それをまた笑う人 悲しむ人

少し、ぎょっとした。

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