見出し画像

行き場をなくした素直な気持ち


人生は綺麗事ばかりじゃない。

疲れていてもスキップできてしまう夜もあれば、この夜が二度と明けないんじゃないか、この世で自分を必要としている人なんて誰もいないんじゃないかと、暗闇と孤独の境目がひどく曖昧になるときがある。だからこそ、嬉しかったり楽しかったときは思う存分はしゃぎたいし、そんな私の様子を見て誰かの硬くなってしまった心が緩むようなきっかけになれと、そんなことを思って過ごしている。

昔から人に惚れやすい性格だった。自分にないものを持っている人は魅力的に見えるし、同じような感覚がある人はシンパシーのようなものを感じて嬉しくなった。好きな人に好かれようとする自分はあまりにも滑稽で、直向きだった。けれどそんな私も働き始めてから変わったらしく、恋とか愛とかそういったものに向き合う時間は少なくなった。知ることができない相手の感情を勝手に想像しては落ちこむことも減った。誰に必要とされているのか分からなくて空虚な気持ちばかりが募っていたあの頃の私には戻りたくない。

大切にしたいと思えば思うほど素直になれない自分に嫌気がさすから、恋愛はちょっとだけ苦手だ。

思い返せば彼は私に好きと言ってくれたことは一度もなかった。それでも良かった。一緒に過ごす時間が楽しかったし、私ぐらいの人間には不幸が付き纏う幸せがお似合いだ、とも思っていた。恋は盲目という言葉はあながち間違っていない。そして彼が帰ると毎回ひどい虚無感に襲われた。一緒に居れないことが寂しくて仕方なかった。けれど所詮二番目の女だった私に、寂しいと言える権限なんて最初から存在していなかったわけで。

後先を考えて行動するタイプの彼でも私といるときは感情的で人間味があった。そのギャップに惹かれていたのかもしれない。普段は人あたりも良く、冷静な判断ができる彼はしっかりしているほうだった。それでも私の眼には、いつ壊れてもおかしくないような雰囲気を纏っているように映った。刹那のような姿の彼を見放すことはできなかったのだ。

愛は目に見えないし、言葉でも伝わるとは限らない。だけど確かにそこにはあったはず、とてつもなく歪な形をした愛が。

「好き」と伝えられなかった恋愛のほうが記憶に残る。どこかでそんな言葉を聞いたことがある。伝えられなかった思いは好きの二文字だけじゃない。寂しい、行かないでほしい、分かってしまう嘘はつかないで。「モテるね」と君に言われても嬉しくない。私は君に好かれていればそれ以外何もいらないの

でも最後ぐらいは物分かりの良い女でありたくて、いつも口から出るのは本音とは裏腹の言葉ばかり。私じゃない人と幸せになってね、なんて言いたくなかった。本当は一緒に幸せを見つけたかったよ。でもそんなこと言ったら重い女だよね、そのぐらい分かってる。せめて君の最後の記憶ではしつこくない女でいさせて、そんな願いを込めて放たれた言葉を君がどう受け取ったのか知ることは一生ないと思う。知る必要もおそらく、ない。

忘れたくないと思っているのに、楽しかったはずの記憶はどんどん抜け落ちていく。そして自分にとって印象深かった出来事だけが断片的に残る。私の脳みそが必要ないと判断した記憶は、私にとって大切な思い出だったりする。だからお願い、もう少しだけ覚えていさせて。元号が変わったときの記憶とともに、また思い出せるように。



読んでいただきありがとうございました◎ いただいたサポートは、自分の「好き」を見つけるために使いたいと思います。