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水を縫う


先日、水を縫うという本を読了しました
この本は青少年読書感想文全国コンクールの課題図書だったそうです

普通という言葉に囚われてしまうすべての人達に読んでいただきたい作品です

私たちはきっといつでも
〜なのに〜だ、というような言葉で縛られている気がします

女なのに、男なのに、母親なのに、父親なのに、祖母なのに、祖父なのに、赤ん坊なのに、ゾンビなのに…などなど

なよなよしている、ガサツだ、かわいいものがすきだ、女性的だ、男性的だ…などなど

そして、最後に変な人だね、と続くような気がします
普通からはみだしてしまうと、持て余されてしまうみたいです

なんででしょうね

それがその人であり、個体としての違いたちなのに
その違いを許されない
男性には男らしさを
女性には女らしさを
この染み込んだ痣のようなものが薄まって薄まっていつの日にか私たちのなかから消えますように…そう願います


作中に
「あんた自身の人生は失敗やったのかしら?」
と問いかける言葉があります

私は、わたしの人生について考えました
しっぱい、しっぱい、しっぱい

過去のたくさんのつまずき
ちゃんと就職したわけでもなく
恋人がいるわけでもなく
結婚もしていない
ひとりで生きていく未来に不安ながら覚悟を決める今
両親への罪悪感

わたしの人生は、
どうしてこうなったんだろうなぁという思いが浮かぶ時もあるのですが
失敗でもなかったのかなぁ

私の人生は幸せすぎない、でも不幸せすぎてもない
そう思いました


改めて登場人物の清澄のように好きだ!と思い言えること、私にとっては何なのだろうかと考えさせられました

私は何が好きなんだろう
周りから許される好きではなく
私自身がほんとうに好きなもの

すぐに答えが出なくて、あぁ私という人間を大切にしてあげたいなぁとしみじみ感じました

普通でなくていい、好きは好きでいい
許されなくてもいい、理解されなくてもいい
人は憧れていい、違っていい
そんなことを考えさせてくれる本でした

よければ皆さまもよんでみてください
皆さまの好きは何ですか?
周りからの寛容に許される好きではない、好きは何ですか?

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