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【小説】遠いみち➃

 祝言が終わって母さんと義兄さんが帰ってしまうと、私ももう、お客様ではいられなくなった。
 三度の炊事を任され、掃除に、洗濯に、買い物に、毎日、目の回るような忙しさだ。この家のお勝手には水道が引かれていたから、蛇口を捻るとすぐに水が出るのは有難かった。共同水道まで水汲みに行かなくても済むのだ。それでも寒い時期の、身を切られるような冷たい水での洗濯はやっぱり辛くて、あっという間に両手の指が、あかぎれだらけになって血が滲んだ。

 毎日の献立はお義母かあさんが決めて、これとこれとを買ってくるように、とお金を渡される。私が戻るとすぐにお義母さんは、買った値段と釣り銭とを数えて帳面に付ける。家のお金はすべて、お義母さんが厳しく管理していた。

 炊事は決して苦手ではなかったけれど、私の作るものはどれも味が違うらしく、最後の仕上げはお義母さんにお願いしなければならなかった。ことにこの家の味噌汁は、私の実家とは違う味噌を使っていて、美味しいことは美味しいけれども、私にはどうにも物足りない味だった。

 小芋が上手に煮えた時にも、お義母さんは
「これは、食べられるねぇ」
 と言われるだけで、決して、美味しいね、などと褒めてはくれない。
 実家では、母さんも姉さんも、姪っ子たちも、美味しい、美味しいと、わいわい喋りながら食事をする習慣だったから、静かに黙って食べるこの家の食事には、慣れるまで息が詰まりそうだった。


 義妹の花枝さんは相変わらず、私のことが気に入らないようだった。
 花枝さんは、抜けるような白い肌をしていて、顔だけじゃなく足も、腕も、指先までも透き通るように白い。そしてまた、それが大層、自慢らしくて、暇さえあれば手鏡を見ている。
 時折り私を振り返ると
「お義姉さんは、元々色黒なの?」
 と笑いを堪えながら聞く。
 またある時は
「あんまり外で、喋らないほうがいいわよ」
 と笑う。私のお国訛りのことを言っているらしい。
 何を言われても、私はじっと我慢した。そうするしかなかった。あまり物を知らない私は、そもそも言い返せるほど弁が立たなかった。


 昭さんは毎日、朝早く出かけて、夜遅く帰って来る。仕事のことはよくわからないけれど、会社の事務所にいることは少なくて、外回りの営業をしているようだ。付き合いでお酒を飲んで、深夜に帰宅することもしばしばだった。

 そうして休みの日にはいつも、寝転んで静かに本を読んでいる。私は、その横に座って繕い物をする。
「何ちゅう本を、読みんさるんですか?」
 時折り私が尋ねると、
「古い歴史の本だよ」
 と簡単に言われる。夏に会った時のように、祝言が済んでからも口数は少なかった。

 けれども、お義母さんや花枝さんに何か頼まれると、疲れていても嫌な顔ひとつせず、すぐに引き受けてあげる。親孝行で、妹思いな人だった。お義母さんもまた、厳しい人ではあるけれど、さっぱりとした性格で決して意地悪ではなかった。


 その年の、暮れが近付いた頃のことだった。
 お使いから戻ると玄関の三和土たたきに、嫁入りの時に母さんが新調して持たせてくれた、赤い鼻緒の塗りの下駄が無造作に脱ぎ捨てられていた。見れば、右横が擦れて、いくつも塗りの剥げているところが目立つ。
 私は胸がギュッとして、思わず悲鳴のような声が出た。

 私はその下駄を、まだ一度も履いていなかった。大切に箱に入れたまま、しまっておいたはずだった。
 母さんの顔が浮かび、箱を開けて見せてくれた日の部屋の様子までもが、まざまざと甦り、悔しくて、悲しくて、涙が溢れる。泣いてはいけない、と思って我慢するけれど、それでも目に一杯の涙が溢れ、すぐにこぼれてしまう。

 私の叫び声を聞いて、お義母さんが顔を出された。何も言わなくても、私の顔と、手にした下駄とを交互に見てお義母さんは、すぐに悟ったようだった。
「⋯⋯花枝にも困ったもんだね。よく言っておくから、あなたも許しておやんなさい。あの子だって決して悪い子じゃぁ、ないんだよ。
⋯⋯兄さんを取られたとでも思ってんのかねえ⋯⋯」
 そう言って、ため息をついておられる。
 お義母さんに何と言われようと、苦しくて苦しくて、私は何も考えられない。この下駄は私にとって、それは特別な、大切な物だった。

 どうして、こんな目に合わなければならないのだろう。私が何をしたと言うのか。仲良くしよう、親切にしよう、と心を配ってきたのに。こんな仕打ちは酷い。酷すぎる。思えば思うほど、悔し涙が滲む。
 
 私は今すぐ汽車に飛び乗って、母さんや姉さんのいる家に帰りたかった。あの使い慣れたお勝手で、母さんや、姪っ子たちの世話をして暮らしていた頃に戻りたい。今すぐ戸を開けて、このまま着のみ着のままでも構わないから、駆け出して行きたい!
 ――けれども私には、切符を買うお金がなかった。汽車賃はおろか、駅までのバスに乗るお金すらなかった。自由に使えるお金は、一円も持たせてはもらえなかったのだ。

 私は何も言わずに、下駄を箱にしまい直した。そうしてお義母さんの横を抜けてお勝手へまわり、升で計ってお米を研ぎはじめた。これ以上、涙がこぼれないように何度も袖で拭っては、力を込めて、ギュッギュッギュッとお米を研いだ。

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