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愛された記憶

「ちえ」という名前は決して珍しくないから、これまでの人生で私は、たくさんの「ちえ」さんに出会ってきた。
千恵、千絵、知恵、智恵、千枝、千愛、知江⋯⋯。
命名に込められたそれぞれの意味や背景は異なるけれど、名前は、その人が生まれて最初に受け取る贈り物だと言える。


小学校に入学した時、同じクラスに「ちえ」ちゃんがいて、名前が同じというだけで親近感を持った私たちは、すぐに仲良くなった。
彼女には五歳上のお兄ちゃんがいて、いつもナイトのように守ってくれていたから、同級生の悪ガキたちは誰も、苛めたり、からかったりしなかった。

遠足の日、隣り合ってお弁当を広げた時、ちえちゃんのお弁当箱には、キャラクターのピックに刺した小さなウインナーが見えた。
「お母さんがね、このウインナーちっちゃくて、かわいくて、ちえちゃんみたいね、て言うんだ」
ちえちゃんは全く悪びれることなく、そう言って笑った。


高校に入学して仲良くなった「ちえ」は、たまたま私と苗字も同じで、当てられた漢字だけが違っていた。誕生日も数日しか違わない。ただし私と違って彼女は、物凄く人目を引く美人だった。
ふんわりウェーブのかかったロングヘアー。当時流行していたロングコートを翻して駅のコンコースを歩く姿は、まるでドラマか映画の撮影のようで、すれ違う誰もが振り返った。

ところが卒業後しばらくして、彼女が交通事故に遭ったと知らされた。
驚いて友人たちと駆けつけると、彼女は、トイレ、シャワー、ソファーセットにミニキッチンを備えた特別室に入院していて、思ったよりも元気そうな笑顔を見せた。
そうして、面差しのよく似た上品なお母さんが、私たちにアップルティーを淹れてくれた。

引きも切らずに見舞い客が来るので、少し前に病室を移してもらったそうだ。
政治家や芸能人が使うような特別室を、私はその時はじめて見た。そして香り高いアップルティーというものを、私はやはり、その時はじめて飲んだ。


仕事を通じて知り合った「ちえ」さんは、「千絵」という名前に相応しい、素敵な絵を描く人だった。
ちえさんの描く絵は素人目にも、特別な才能に恵まれているように映った。それでも当時は、絵画だけで生活を賄うことは難しかったけれど、本人は全く気にせず飄々としていた。

彼女はいつも古着をうまく組み合わせて着ていて、夏でもブーツを履いたり、唐突に着物姿で現れたりした。
芸術の世界で生きることは元来、お母さんの夢でもあったらしく「とにかく好きなことをしなさい」と言われて、とても自由な家庭で育ったそうだ。
思いつけばふらりと、大型バイクで旅に出てしまうお母さんのことを、彼女は、何だかんだと言いながらも心から尊敬していた。


どの「ちえ」さんにだって、長い人生の中には、他人からは窺い知ることのできないような、辛いことや悲しいことがあっただろう。私が見聞きしたのはほんの一部だし、傍目には羨ましいような事柄も、本人にとって幸福だったかどうかはわからない。
それでも「愛された記憶」は確かに心の奥底に残り、暖かな灯をともし続けるのだ。


ところで、どういう訳か私には、母から「ちえ」と呼び捨てにされたり、「ちえちゃん」と親しげに呼ばれたりした記憶がない。母は私を「ちえさん」と、少し遠慮がちに呼んでいた。
私が物心ついた頃から、母はずっと病弱だった。だから一緒に出掛けた思い出は、数えるほどしかない。
そんな遠い記憶の一つを、私は最近、不意に思い出した。

あれは、小学校高学年の頃だったと思う。どんな経緯だったか、母と二人で遊園地に行ったことがあった。
頭上をジェットコースターが走る真下のベンチに座り、耳をつんざくような轟音と大歓声の下で、アルミホイルに包まれたおにぎりを食べた。

母は持病のせいで握力が極端に弱く、おにぎりをしっかりと握ることが難しかった。一口食べればボロボロと崩れる柔らかいおにぎりを、私は黙って食べた。ソフトボールくらい大きくて、酸っぱい梅干しが一つ入っていた。
母もまた何も話さず、水筒の蓋をコップにして番茶を注いでくれた。

たったそれだけのシーンだ。
なぜ母と二人だけだったのか、どうして遊園地に行ったのか、遊園地に行ったのに、何一つ乗り物に乗らなかったのはどういう訳か⋯⋯。
どれも思い出せない。
私は母と二人きりでいることに不慣れで、少し緊張して、動作もぎこちなかったと思う。

酸っぱい梅干しの入った柔らかいおにぎりと、ほんのり温かさの残る番茶は、とてもとても美味しかった。
アルミホイルの中でぐちゃぐちゃになるおにぎりの欠片を、私は、一粒も残さないよう一生懸命に食べた。


叩かれたり、暴言を吐かれたり、何かをされた虐待は心に大きな傷を作る。それと同じように、手をかけてもらえなかったり、放っておかれたりというような、何もされなかった虐待もまた、生涯消えない心の闇を残す。
そんな心の闇を自分の手で癒そうと、私はこれまで愛されなかった記憶を調べ上げ、並べたてることばかりに躍起になっていて、愛された記憶を見逃してきたように思う。

私は、人を信じられないのではない。
信じて裏切られた過去の苦い経験が、私の心に極端な恐怖を植え付けて、信じようとするたびにブレーキを踏ませるのだ。
「信じることは怖いこと」だと。
「信じなければ怖いことは起こらない」のだと。
弱った心が巧妙に、保険を掛けさせているだけなのだ。
愛された記憶に包まれたなら、私はもう一度、人を信じることができるだろうか。

ねえ、お母さん。
あの時のおにぎり、美味しかったよ。

あの柔らかいおにぎりの感触を、私の手は、今でも覚えている。


愛されて 愛されて 愛されてここにいる
手離して 置き忘れて それでもまだ刻まれてる
写真には写ってなくても

愛された記憶 / 吉田山田


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