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まっすぐな道

数年前に話題になっていた小説を、最近になって、たまたま手にする機会があった。
『82年生まれ、キム・ジヨン』である。
2016年に韓国で発表されてベストセラーとなり、その後2018年に翻訳出版され、日本でも大きな関心を呼んだ。

1982年に生まれたキム・ジヨンという、ありふれた名前の女性の、少女時代から結婚、出産に至るまでの人生を通して、韓国のジェンダー意識に関わる現代史や社会問題、女性が負う重圧や生きづらさを映し出す。
過去と比較すれば制度的な性差別は緩和されたが、現代において未だ残存する見えない差別が、どのように女性の人生を制約し、抑圧するのかを描いている。

wikipediaより抜粋、引用

また、同じ2016年にドイツで発表された、イスラエルの社会学者によるインタビュー集『母親になって後悔してる』が、2022年に翻訳出版された。
そのショッキングなタイトルに拒絶反応を示す人も少なくなく、肯定的な書評には批判が集まるなど、ひととき物議を醸し話題になった。

「現在の知識を保った状態で過去に戻った場合、また母親になることを望むか」と言う問いに、否定を返した23人の女性へのインタビューから構成されている。
本作は子供を憎む母親の話ではなく、子供を愛する一方で、自身に課せられた母親という役割を重荷に感じる女性について述べている。

wikipediaより抜粋、引用


私もまた長い間、「女性であること」の理不尽な重圧に、強い生き辛さを感じてきた。
そしてさらに「母親であること」の重すぎる責任に、押しつぶされそうになりながら生きてきた。

けれどもその一方で、「女性であること」によって優遇される機会も少なからずあったし、その恩恵もちゃっかりと享受してきた。
また、私自身が女性であるからこそ母親になることもできたし、かけがえのない子どもたちに出会うこともできた。
だからこそ私は、「母親になったことへの後悔」などという物騒なものを、慎重に心の奥底にしまい込み、誰にも悟られないように過ごしてきたのだと思う。

これは、「子どもを大切に思う気持ち」とは全く別次元の話である。
子どもは大切だし、愛おしく思っていながらも、私がキム・ジヨンの人生に共感し、イスラエルの母親たちに深く頷いてしまうのは何故か。
それは、女性の生き方を限定、固定、強制されることの辛さなのではないだろうか。

動物の本能として、妊娠し、出産すること自体に、大きな喜びがあることは否定しない。
問題は、現代社会の人権意識や男女平等の理念と、女性だけに妊娠、出産、育児が課せられる現実との大きな矛盾にあるのだ。


もしも妊娠や出産が、男女どちらでも任意に選べるなら——。
あるいは人工授精、人工子宮、人工出産と、すべてを生身の体ではなく外注できるなら——。
例えば育児の、大変な部分を全て外注することが前提となり、かわいい、愛しいという甘やかなところだけを享受できるなら——。

それらはとても馬鹿げた妄想だけれど、未来社会で実現すれば、もしかすると、産みたい、育てたいと願う女性がもう少し増えるかも知れない。

妊娠中の辛くて不自由な体は、病気と何ら変わりはない。出産の痛さは瀕死の交通事故レベルだし、後遺症も長く続く。
ましてや新生児の育児をワンオペでこなすことは、ほとんど拷問だ。

女性は皆、生まれながらに母性があり、これらの苦痛をも、喜びをもって自ら進んでこなしている、と決めつけたのは一体誰なのだろう。
そんな枠に填めることで、長い年月の間、得をしてきたのは誰なのだろう。

近年になって少しずつ、女性は声を上げはじめた。そしてまた、従来とは全く異なる考えを持つ男性も、着実に増えはじめている。
女性が、女性という枠に押し込められる前に、男性が、男性という枠に囚われる前に、それぞれが人間として、互いを尊重し合えればいいのに。
そんな未来を、私は切実に願っている。


ところで私は、どうやら「まっすぐ」という言葉が好きらしい。

老嬢の背筋まっすぐ春帽子(俳句幼稚園 2022.3.1)

畦道の轍まっすぐ霜日和(俳句幼稚園 2023.11.20)

目の前の道は、いつだって真っ直ぐだから。(小牧幸助文学賞 2023.11.5)


「まっすぐ」という言葉の持つ響きに、どういう訳か私はとても憧れる。
ステレオタイプな言い方をすれば、真っ直ぐであることは正義だ。
あるいはそれもまた、刷り込まれた価値観であり、思い込みに過ぎないのかも知れないけれど。

それでも私は、背筋をピンと伸ばして、遠くの目標を見据えながら、目の前の道をしっかりと歩いていきたい。
後ろに続く、たくさんの少女や女性が、スキップで追い越していく姿を見送りながら。


サラバ 普通が苦痛だった日々
手を振ってみれば ほら今はもう
私の隣には君がいて
失敗しながら一緒に歩いてる
サラバ 変わりゆく街並みを抜け
歩いてこう 遠回りで帰ろう

サラバ / SEKAI NO OWARI


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。もしも気に入っていただけたなら、お気軽に「スキ」してくださると嬉しいです。ものすごく元気が出ます。