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もういない君と話したかった7つのこと #01

まえがき

 僕がこの本を書くことになったきっかけは友人「K」の死です。
 Kは10歳以上年の離れた友人でした。
 出会ったときのKはまだ16歳で、人を寄せ付けない尖った雰囲気があり、非常に聡明で、いろいろなことを考えすぎてしまう少年でした。
 出会ってから7年後に彼は亡くなりました。
 部屋のドアノブにひもをくくりつけて首をつったのです。
 その3日後に僕は、彼の好きだった高円寺の名曲喫茶で彼の親族と会い、お話をしました。
 小さな骨になったKを見たとき、騙し絵のなかに入ったような奇妙な気分になったことを覚えています。
 スーツを着たKの父は、僕に「君は書く仕事をしているのだろう。ぜひこのことを書いてください」と告げました。
 文字通り体が震えました。自分の子供が亡くなったとき、すぐ言えるようなことではありません。
 それからKのことを小説にしようと試みたこともあったのですが、どうしてもうまくいきませんでした。その頃から、僕はゆるやかなスランプに陥っていたのです。

 そんなときです。本書の担当編集者がやってきたのは。
 悩める人が少しだけ楽になる生き方を指南する本を書いてほしい──そういうふうに言われたのですが、僕にはまったくそれができる気がしませんでした。
 精神が強い人のことをよく「軸がブレない」と評しますが、僕は昔から軸自体がぐんにゃりと歪んでいるような状態です。
 だいたい作家というのは、人よりうまく文章を書けるだけで、一皮むけば実際はおどろくほど平均的で、平凡な普通の人であることが多いのです。
 僕も例外ではありません。

 一度は依頼を断ったものの、そのあと時間が経つうちに、ふとKのことがひっかかりました。
 Kは閉塞感を抱えて生きていました。
 よく「自由になりたい」と言い、自由になることを望んでいました。
 そのために最終的に選んだのが自殺でした。
 しかし、自由になるための方法は、本当に自殺しかなかったのでしょうか。
 あのとき死んだKが、もし生きていたら。Kのような悩みを抱えている人がいるなら、今だったら、すこしは役に立てるのではないか。
 自殺なんてそんな大げさな、と思われますか。
 けれどこの国では年間2万人近くもの人が自殺で亡くなっています。
 誰もがこの問題とは無関係ではいられません。
 16歳で出会ったときから死にたいと言っていたKは、それから7年を生きました。
 もうちょっと何かできたんじゃないだろうか──あの頃、僕とKがしていた会話を思い出しながら、もう一度考えてみたいのです。
 万人に役立つ人生訓や成功術は教えられなくても、Kのようなひねくれ者の気むずかしい若者といっしょに、いろいろなことを考え、共に悩むことはできるのではないか。
 そう思い、この本を書くことにしました。

 この本ではまず、Kや私の経験も踏まえて、自由という概念や、様々な自由の形について話し、それはどうすれば手に入るかを考えます。
 次に、仲間や友達・政治・働くことの自由について話し、「頑張りたくない」という人に向けた生き方を探り、最後にまたKのことについて考えています。
 この本には僕とKが話したことや、話せなかったことが書かれています。
 いろいろなことを考えすぎて、人生に絶望し、悩めるひねくれ者が、かろうじて生きていくための方法を、僕なりに考えたものです。
 世間の常識とは、ちょっとだけズレたことが書かれているかもしれません。
 でも、僕たちは世間の常識からズレたところで生きていたので、それでちょうど良かったのです。
 もちろん、そこまで思い詰めていない人にとっても、読んで少しだけ生きるのが楽になるようなことを書いたつもりです。
 ゆっくりと寝る前にでも、気になったところから少しずつ読み進めてください。
 時間ができたら、他のところも読んでみてください。

 それではまたあとでお会いしましょう。



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