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もういない君と話したかった7つのこと #10

馬鹿に見られるくらいでちょうどいい

 だけど、それがあまりにも恐怖すぎて、「このままでは、もう人前で喋れなくなってしまう」と思いました。
 そのうちに似たような依頼が来たんですが、そのとき、「もう、逆に……やろう」と思ったんです。
 もうあのとき以上にひどいことはないだろうと。それに、ちゃんと準備すればいいんじゃないかと思ったんですね。
 結局、その次の機会は、カンペみたいなものを作ってそれを棒読みしながらなんとか乗り切りました。
 とても成功とは言えませんが、初回があまりにひどかったので、それでも「なんとかなった!」と思えました。
 それからも人前で話すことを繰り返して、たぶん20回目くらいで、やっと少し慣れました。
 そのときに気づいたんですが、「これを言ったらだめだ……」とか「頭がよく見えるように話さなくては……」とか、そういう自意識は捨てたほうが良い結果が出ています。
 むしろ「好き勝手に馬鹿なことを言う。それで見限られるならしょうがない」と開き直るほうが上手くいくようです。
 中学生のときに、生徒会とか、スピーチとか、ああいう人前で話すことをやっていた人は凄いなあと思います。
 でも、逆に、今となっては大したことなかったんだな、とも気づいたんです。
 自転車の練習と一緒なんですよ。「慣れなんだな、これ」と思いました。
 結局、みんな、数回しかやってないから怖いんです。周りの目が気になるっていうのは、慣れていないだけです。

 人に注目される仕事といえばいろいろありますが、例えば手品師──マジシャン。
 マジシャンというのはパフォーマンスアートなので、そのパフォーマンスをどうすればいいのかみんな悩むそうです。
 手品の種を売るマジックショップには、これを解決するマニュアル本が売っているんです。
 ゲイ・ユンバーグの『オーディエンス・マネジメント』という本です。
 悩んでいたときにマジシャンの方に薦められて買ってみたのですが、なかなか勉強になりました。
 マジシャンって、人に見られて演技しなきゃいけないわけですが、当然緊張するわけですね。
 そうすると、ミスしがちになってしまう。
 だから、どういうふうにお客さんをマネジメントするか、どういうふうに視線を持っていくかというのが、書いてある本です。
「褒めてもらうのではない、共感してもらい自分のことを好きになってもらおう」とか、「一度にひとつのことに集中するべし。次のことをするまでに3秒は静止するべし」など、具体的なことが書いてあります。
 ただ、一番興味深かったのが、この本の最初のほうに、
「世の中の人っていうのは、人前で話すことが死ぬより怖いと思ってる」
 という内容が書かれていたことです。

 僕やKのような内向的なタイプは、あまり注目されないように端のほうでひっそりしずかに生きようと思いがちです。
 だけど、それは逆効果なのかもしれません。そうすると慣れることなく、どんどん、世の中が怖くなっていく。
 だから少しずつ慣れていくといいんじゃないでしょうか。
 僕は最近、人前で話していて、やっと、たまに観客の目を見られるようになりました。けれども、未だに、うまくできると言えるほどではありません。
 人の評価は気になります。でも、中には甘い評価をしてくれる優しい人もいるんです。
 そういうのがわかったら、少しは人への恐怖から自由になると思います。
 他人の評価というのは「人それぞれ」なんだな、ということが実感できます。



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