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おちこむことがあっても
おちこんでしかたのない日も、ある。
明日もそうかもしれない。うまくいかなくて、足の裏に力を入れてこらえて、自分のわがままな甘さに嫌になってしまうこと。余裕がなくなってしまうこと。周りが見えなくなって、帰り道に反芻して、動けなくなること。なんだか、いっぱいいっぱいです、とお手上げ状態になって、なかなか何も手につかない。
それでも、過去を変えられるわけではない。過ぎたことは、戻らない。明日がどうなるかも、未来がどうなるかも、わからない。時間は誰もに平等に流れていく。
できることなんて限られている。今を大切にできるか、ということ。目の前にいる人を、心を大切にできるか、ということ。不安に思うとき、心は拡散している。自分の輪郭をこえて、暗闇を霧がどこまでも広がっている。私は水を含み、また本に手を伸ばす。手すりに縋るように、文章から浮かぶ確かさを求める。暗闇の中で声がする。文章に呼応する自分の声。文章は、作者と、本との対話であり、自分との対話であり、それらにいつのまにか支えられている。そしてこうして文章をつづるとき、霧散してた心が少し戻ってくる。多少、手におえるものになっている、ように思う。
映画魔女の宅急便のキャッチコピーを思い出す。
「おちこんだりもしたけれど、わたしは元気です。」
きっといつか、元気になれる。
たいへん喜びます!本を読んで文にします。