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いい短歌を詠むコツ 穂村弘『はじめての短歌』

あぁこんなかたちで穂村弘さんの解説に出会うとは思わなかった。道端でビッグイシュー買ったら、平松洋子さんのインタビューに出会ってしまったくらいのうれしさ。

▼Takram Radio 9/3配信「『はじめての短歌』に学ぶ、数字と物語のバランス感覚」https://www.j-wave.co.jp/original/takram/ 

布団のなかで菓子パンぼろぼろさせる歌人の穂村弘さんをですよ、日本のデザイン最前線にいるTakramの渡邉康太郎さんが語るわけですよ。穂村さんがめっちゃ警戒しそうな人ですよね。だって、バイリンガルでデザイナーでSFCの教授で奥さんが小説家で(しかも声もいい)

そんな渡邉さんが取り上げていたのがこちら。

やーー、この本もべらぼうにいいんです。
え、短歌?関係ないし、と思ったあなたですよ、読んでもらいたいのは。
山田航さんによる解説がふるっていましてね。冒頭引用。

この本はただの短歌入門書ではない。
短歌入門書の仮面をかぶったビジネス書である。
だからこの本を読むべきなのは、ビジネスマンのあなただ。
とりわけ、文化や芸術なんていったい何の役に立つのと常々思っているようなあなただ。

この本は、慶應義塾の社会人向け講座の短歌ワークショップを書籍化したもの。短歌とは縁遠い人たちとともに「いい短歌とは?」と考えていく。

そのアプローチもおもしろくてね。短歌でも俳句でも詩でも読書感想文でもいいけど、だいたいが「添削」されるじゃないですか。こうしたほうがいいですね〜って。でもこの本で、穂村さんがしているのは逆添削。改悪例をつくるってみせるのだ。たとえば、こんな歌がある(上記の番組にも取り上げられてた歌をひこう)

●本作:「煤」「スイス」「スターバックス」「すりガラス」「すぐむきになるきみがすきです」 (やすたけまり)

この歌、しりとりなんですよね。「す」で始まって「す」で終わる言葉を連打しあっている。きっとふたりで、しりとりしているんでしょう。で、結句。「すぐむきになる君が好きです」 なんて唐突かつロマンチックな歌か。

で、穂村弘さんが改悪した作品はこちら。

●改悪:「煤」「スイス」「スターバックス」「すりガラス」「すてきなえがおのきみがすきです」

「素敵な笑顔の君が好きです」ここですね。一気に魅力、あせましたよね。なぜか? 穂村さんは説明します。こちらは「社会的な価値な価値に結びついているから」だと。
短歌(あるいは愛の告白)のなかでは、ふつう価値とは思われないようなものを愛するほうが強度があるわけだ。笑顔が好きじゃ普通だけど、欠点まで好きだとぐっときますよね。


このいっけん「価値と思えないようなもの」の大切さを、短歌添削をつうじて穂村さんが語っているからいいんですこの本。本書の言葉でいえば、社会的にまっとうに「生きのびる」ことではなくて、「生きる」ってそういうケバケバなものがあるでしょう、ということ。(「生きのびる」と「生きる」の違いについては、上記のPodcastでぜひ)

穂村さんのいい短歌論はシンプル。

「なんとなく素敵そうなことを詠むと失敗します」p.155

誰からも共感されるような尺度、つまりは効率至上主義とか経済システムのなかじゃなくて、そこからどうにもはみ出てしまう寝癖のようなものがいい、と。

私たちはこの社会で生き延びるために、誰にもわかるような普遍的な感覚にチューニングをあわせているけれど、ほんとうは共感されにくい個人的な感覚ってあるでしょう? それが短歌では必要だ。いつもの世界とは反転した価値が詩歌の世界にあること、それがうれしいね。


うめざわ
*もいっちょ例をひいておきますか。本作のカッコ内はなにが入ると思います?(p.44)

改悪例1:「ほっかほかの鯛焼き」など面白きもののある世を父は去りたり
改悪例2:「霜降りのレアステーキ」など面白きもののある世を父は去りたり

穂村さんの痛烈な視点がいい。親を偲ぶ歌を作る場合、たいていは改悪例1のような歌になるらしいのだが。
「だけど、たまにこの改悪例2のような歌をつくる人がいる。どういう人かというと、昨日まで営業部長をやっていたけど、定年になったから短歌でも作ってみようかなと思って短歌を作り始めたおじさん」

さて、正解は。

本作:鯛焼きの縁のばり など面白きもののある世を父は去りたり(高野公彦)

短歌的には、社会的に価値のないもの、換金できないもの、名前のないもの、しょうもないもの、へんなもの、弱いもののほうがいい。そういうことです。

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