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この世界の確かめ算【短編小説】

  喫茶チェーンでモカをすすりながら無職を噛み締めていた時だった。
 「あの、ちょっと。」大学生くらいの男が勝手に向かいに座りながら話しかけてきた。天然パーマだ。
 「なんすか?」マルチかなんかだと思ったから、少し無礼だったかもしれない。でも天パに悪い奴はいないから、それだけで殴りかかって来たりはしない…はず。

 「お時間宜しいですか?」天パは中々真剣な眼差しでこちらを見つめている。それでもマルチかなんかだと思った俺は、
「ダメです。」とだけ言って、モカすすりを再開した。
 
 「ほんとに一瞬です。」ボディバッグからメモ帳を取り出しながら彼が言った。わざわざスマホでなくメモ帳なんて今時珍しい。俺は何も言わなかった。マルチではない気もするが、全く意図が見えてこない。彼はメモ帳をこちらに向けて言葉を続ける。
「いきなり申し訳ないんですけど、ここに数式を書いてほしいんです。何か難しいやつ。」
「…………え?」あまりにも意外だった。彼はマジシャン系youtuberかなんかで、ドッキリを仕掛けて撮影しようとしているのだろうか?でも時間はあるし、付き合うか。
「まぁ、分かりましたよ。でも数式ってどんな…?」

「等式ならばなんでもいいです。二桁の足し算なり、掛け算なり、なんでもいいんです。でもパッと見ただけでは計算できないやつで。終わったら見せて下さい。でも計算の途中は見せないで下さい。」

「…分かった。」彼の差し出したボールペンを受け取り、スマホの電卓を使いながら数式を書き始めた。

36+68+37564+89+47+61+32×61=39817

途中不穏な数列が混じった気がするが、大丈夫だろう。彼は天パだし。良い奴なはず。

「終わったよ。」彼の方にメモ帳を押しやった。
「ありがとうございます。」彼はそう言ってメモ帳を取り上げ、スマホを取りだし、何やらやり始めた。
覗いて見るに、俺の計算の確かめ算をしているようだった。全く意味が分からない。

「そろそろ何してるのか教えてくれない?」
計算が一段落ついたようなので、言った。

「この世界が夢なのか、現実なのか、確かめてました。ついさっきこの方法を思い付いたんです。」彼は目を輝かせている。

「それで伝わると思ってるの?君。」嗚呼、相手が年下だというだけで気が大きくなってしまった。無職の分際で。

「すいません。詳しく説明するとですね、今の実験では自分以外の存在を証明したんです。さっきの等式は僕の頭の中だけじゃ絶対に作れません。確実に僕の暗算力を超えています。なので、もしこの世界が私の夢だったらあの等式は存在できないんですよ。よって、この世界は僕が一人で見ている夢ではなく、現実だと言えます。」彼はここまでを満足げに、一息に言い切った。

「なるほどねぇ……………」モカを見つめながら少し考え込んでしまった。

 そのまま5分ほど経っただろうか、彼が荷物をまとめ始めた。
「帰るの?」
「はい。目的達成したんで。ご協力ありがとうございまし   た。」
「ちょっと待って。」そう言って店員を呼び、コーヒーを一つ、オーダーした。彼を引き留めるために。
「ゆっくりしていきなよ。コーヒー奢る。」
「え……ありがとうございます……。」戸惑う彼など気にせず、俺は考えをまとめようとした。もう少しでまとまりそうだ。

 オーダーしたコーヒーが来た。彼は香りを嗅いでから飲みはじめた。それと同時に話を切り出した。

「ねぇ、君は何も証明できてないよ。」

「…え?」

「詳しく説明するとだな、自分の暗算力を超えていると言ったが、それがおかしい。仮に、この世界を君の夢だとしよう。だが、本当の君、つまり目覚めた時の君が人間であるという保証はできないだろう。何か、人間以上に高度に知能の発達した生命体かもしれない。そうすると、君は夢の中でもあの等式を作れる訳だから、これが君の夢、ということは否定できないんだよ。」

「じゃあもっと複雑にすればいいんj……」

「違うね。俺達の想像を絶するレベルの計算能力をもつ生命体がいるかもしれない。どれだけ複雑にしても無駄だね。というか、夢以外にも脳だけコンピュータに繋がれている、というシナリオもありえる。映画のマトリックスみたいにさ。このシナリオもあるわけだから、この世界は現実だ、とは言い切れない訳だよ。その場合でもさっきの等式は存在し得るから。」

 天パは石のように固まって黙り込んだ。なので会計は彼に任せることとし、俺は店を後にした。店の外に停めていたおんぼろスクーターに跨がりながら考えた。


この世界は現実世界じゃ無いかもしれない。なら仕事探さなくてもいいじゃんか、と。

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