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思い通りにいかなかった。  【短編小説】

   俺はスローモーションで迫る街灯を見ながら自分の人生を振り返っている。バイクから横向きに、高く投げ出されて。おそらくこのまま街灯に激突し体はくの字に、くしゃっと曲がるだろう。そして内蔵破裂で死ぬだろう。

 何十台もの違法改造されたバイクが、打ち捨てられた街に集まる夜。そいつらは決まってレース直前になると、「ブン、ブン、ブン、ブン」と一定のリズムを刻んで空吹かしして、レーサーを無責任に焚き付ける。そうして始まった今夜のレースはいつも通りだった。コースは滅多に変わらないので走り慣れている。ただ一つ、普段と違うのは俺のコースにビールの空き瓶があったことだった。バイクを傾けている間にフロントタイヤで踏んでしまったのだ。そのままスリップダウンすれば良かったものを、俺は何とか立て直そうとした。それでバイクはより激しく暴れ、吹っ飛んだ。

 この瞬間にも死が近づいて来る。あまり悔しくは無い。だって思い通りにいったことなど何一つない人生だったから。バイクが大好きだった俺は、高校にも行かずオートレーサーの養育学校へ行き、卒業後プロ入りした。我ながら中々優秀だった。若き天才レーサーとして知名度はそこそこあったといえる。だがそれが俺を苦しめ、押さえ付け、薬物へと追い込んだ。それでプロチームを追い出され、賞金のために闇オートレースをしてるって訳。オートレーサーになろうとしたら薬中に、それで金(ほとんどがバイクと薬物に溶ける)のために闇レーサーになったら死ぬ、って何なんだよ。やっぱ、ちょっと悔しいわ。思い通りにいかないってのはさ。とはいえ、どっちにしろもう死ぬ。ある意味では薬物からも暗い人生からも解放されるのだから、死も悪くない。そろそろ激突、つまりお別れの時間だ。俺は少しばかり微笑みながら目をつぶった。

 全身が痛ぇ。死後も痛みはあるってことか。とりあえず感覚はあるので、恐る恐る目を開けた。そこは天国への階段でも、地獄のハイウェイでもなく、病室だった。点滴を繋がれ、酸素マスクを付けられ、指先にオキシメーターが付けられている。体が動かないのは強張っているだけだろうか。それとも……………。


 なるほどな。なるほど、なるほど。俺は激突の直前、死を受け入れた。………………。


 またしても思い通りにいかな…逝かなかったんだな。

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