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筋肉増強手術【短編小説】【SF】

 やっとここまで来た。夢にまで見た筋肉増強手術を裏で行っている組織を突き止めた。裏社会の何でも屋としての立場を存分に活用して組織の末端と連絡をとった。金さえ出せばいつでも受けられるとのことだったので、真夜中だが彼らのアジトへバイクを走らせている。そしてこの瞬間も、超人的な力へ少しずつ近づいている訳だ。なぜか金は後払い、かつ現金とのことだから、身軽に走っていった。


 ついにグレーの豆腐みたいな建物の前にバイクを停めた。どの窓も真っ暗で、何の気配もしない。動かない自動ドアをこじ開け、ロビー(と思われる場所)へ入った。懐中電灯でロビーを照らしてみても左右に伸びる廊下以外特に何も見えないし何の音もしない。「誰もいないのか?」 自分の声が虚しく響いた。自分の息遣いが荒くなっているのが聞こえる。騙されたのだろうか?それとも住所を間違えたか…とはいえこの建物の中は隅々まで探さねば。そう思って取り敢えず左手の廊下へ歩き出した時だった。


 「止まれ。手を上げろ。」 真後ろから男の声が聞こえた。恐らく武器を向けられているので恐怖は少しばかりあったが、圧倒的に高揚感が勝っていた。「筋肉増強手術を受けさせて頂きたい。」手を上げながらそういい、振り返った。



 ボディーチェックを受けてからは話は早かった。俺の名前はある程度知れ渡っていたので、すぐにリーダーである研究者と会うことになった。ラボと思われる地下の薄暗い部屋に通された。暗くてよく見えないが、奥の方には銀色の塊があるように思える。辺りを見渡しているうちに、白衣を着た中年の男が向こう側から歩いてきた。いかにも変人な目をしている。

「どうも、杉浦です。」「どうも、例の何でも屋です。」2人は握手を交わす。
「それで、筋肉増強手術ですね?」「はい」
「800万、現金で用意出来ますか?」「はい」

「ここの存在を口外しないと誓えますか?」「はい」

「分かりました。では契約書を持ってこさせます。」
「え?もうこれだけですか?何かもっとないんすか?」

「何かとは?」

「…」

「こちらは貴方に手術を施す。貴方は金を寄越す。それで十分では?」「なるほど…」裏社会にはこの類の奴は割といる。淡白な付き合いだがやることは確実にやる。特別な何かを持っているとすれば人はそいつを頼らざるを得ない…。おそらくこの男は完全にそのタイプなんだろう。


「では、契約書にサインされる前に説明致します。」杉浦は淡々とそういった。

「手術とは言っていますが、実際には薬剤に浸かって頂きます。何種類も。全ての体毛を抜く薬剤、皮膚と脂肪にミクロな穴を開ける薬剤、血管を一時的に保護するための薬剤、筋繊維をばらばらにする薬剤などなど…」ぞっとしている俺には構わず彼は説明を続ける。

「そして理屈を簡単に言うと、筋繊維を数学的に優れた構造に組み直す訳です。全身の筋肉を溶かした隙にあなたの遺伝子を組み替え、その後再生させることで幾何学的に優れた、屈強な筋肉になります。」「なるほど…」

「具体的にはあちらのカプセルに6週間ほど入っていただきます。」彼が指を指した先には、さっきぼんやりと見えた銀色の塊があった。

「6週間ですか…」

「長すぎますか?」

「結構掛かるんすね…」

「もしお望みであれば皮膚が再生する前にカプセルから出ていただくことも出来ますよ。それならば5週間です。80万円程お値引きも出来ます。正に蛹を潰したような状態にはなりますが。」それから俺は黙って契約書に目を通してサインした。



 そしてついにその時が来た。俺はベッドに横たわっている。麻酔を吸わされた後は、一瞬だろう。つまり一瞬目を閉じて、開ければ超人的な筋力を手にしている訳だ。「では、麻酔かけますね。覚悟はいいですか?」白衣を着た女が聞いた。答えを言う前に麻酔を吸わされ、眠りに落ちた。



 気がつくとベッドに寝ていた。目は閉じたまま二度寝しようともぞもぞする。「成功ですよ。実は失敗の確率はいくらかあったんですけどね。まあ成功ですので。」と聞いたことのある声。思い出すまで少し時間がかかった。そうか。筋力増強手術。俺は目を開けた。視野全体がぼやけている。飛び起きながら「成功ですか!?筋肉めっちゃ強いの?俺ぇ!?」と叫ぶ。「今申し上げましたが。」とやはり淡白な杉浦。

俺は入院着の袖をまくり腕を見つめる。全体的にのぺっとした感じになっている。「これ、強くなってるんですか?」「試してみれば良いでしょう。」ベッドを挟んで杉浦の反対側にあるタンスに手を伸ばし、プラスチックのつまみを指で潰そうとした。思い切り力を込めるが何も起こらない。パニックになって杉浦を見る。
 「当たり前でしょう。指は元々筋肉が少ないので効果は薄いですよ。筋肉量の多いところ、つまり太ももか肩まわりで試しなさい。」なるほど…おもむろにベットから降り、太ももでタンスを挟む。傍から見ればタンスと交尾しているかのようでさぞかし滑稽だったろう。軽く力を入れると、ベリッと音を立てて太もも型の穴が出来た。皮膚からは出血したが気にならない。本当に増強されている。もっと試したくなってベッドを持ち上げた。やはりこれも軽く出来た。感動しながら自分の腕を見つめ続けている内に、目のぼやけが気になり出した。「何か目がぼやけるんですけど」一連の行動を見守っていた杉浦に聞いた。「6週間薬剤に浸かってましたからね。目はゴムで覆ってましたので薬剤は付いてませんがある程度は仕方ないですね。じきになくなります。」杉浦は表情を変えずにそう言った。


 それからは現金の受け渡しの方法について説明を受けた。簡単に言うと「俺に腕時計型GPSを付ける。変なことや目立つことをすれば電流で殺す。銀行で800万円下ろしたら、待ち合わせ場所にいる受け子に渡す」とのことだった。その後実際にGPSが取り付けられ、銀行へ向かった。800万円を下ろし、受け子に渡した。これで貸し借りは無しだ。つまりもう自由。今夜は増強された筋力で遊ぼう。電波塔にでも登ろうか。とにかく、俺は人生で最高の気分だった。俺は蛹を破って蝶になったんだ。

             ***

              

  あの何でも屋は圧倒的にカモりやすかった。我々が流した噂を信じて疑わず、さっさと麻酔で寝てくれた。麻酔で寝た後は、そいつの脳に電極を繋いで仮想現実(VR)を見せる(経費削減のため、画質は下げた。適当に目のぼやけとでも言っておけば疑われない)。その中で手術を実際に受けたかのように思わせ、口座番号と暗証番号を盗み取る。直接脳から情報を取り出すことは不可能なので、彼らに「思い出させる」必要があるのだ。もっとも、こんな回りくどい方法は詐欺としては効率が悪いので、直に海馬にアクセスする方法を探っているところである。


 そんな中、警察が突入してきたのだからたまったものではない。突如ドアが蹴破られ、あっという間に黒ずくめの特殊部隊員に気絶させられた。そして気がつけば取調室。どうやら所轄の警察ではなく公安らしい。

「まず君の雇い主について喋ってもらおうか、杉浦くん。素直に言えば痛め付けるつもりはない。」私は俯いたまま何も言わない。それからも同じようなことしか聞かれなかった。私も何も答えなかった。そして3時間程経ったのだろうか。捜査官が言った。

「私達はあなたの組織の構成と、あなたの雇い主にしか興味はない。それを言うつもりがないのならば…いや、どうしても言わせる必要があるんだがね。」その捜査官がドア付近に立っていた2人の傭兵らしき男に目配せした。(拷問だろうな。)直感
的にそう感じた。

 そして直感は間違っていなかった。目隠しをされ、どこかへ歩かされた。拷問部屋へ導かれているのだろう。想像しがたい程の苦痛を与えられたら口を割ってしまいそうで恐ろしい。吐いた方が楽だろうな…そう考えていたときだった。後ろから足音と先程私を取り調べた男とは違う声が聞こえ、歩みを止められた。しばらく二人は話していたが暫くしてからUターンさせられらた。拷問部屋が変更になっただけだろうと思っていたばかりに、頬に風を感じた時は本当に驚いた。ついには目隠しを後ろから引きはがされた。外は朝になっている。どうやら森の中のようだ。全く場所が分からないし、仲間もどこにいるのか分からない。

「釈放。行け。」私を連れてきた傭兵が言う。「いいのか?」だが傭兵は既に背を向けていた。私を拷問するのがそんなに楽しみだったのか。まあいい。さて、ここからどうしようかと思ってよろよろと歩きはじめた時だった。黒塗りの高級車がこちらへ向かって来る。その高級車は似合わぬ悪路を走らされて不機嫌に見えた。隠れる間もなく、その車は目の前に停まった。


           ***


  一方その頃、現実世界ではVRに繋がれた杉浦の回りを捜査官が囲っていた。技術者は複雑な数式やらプログラミング言語やらが映し出されたスクリーンに向かっている。

「このままうまくいけば、我々はこの組織の全てを握れるんだな?」この作戦を指揮した捜査官、冴木が言った。

技術者が答える。「ええ。このVR内で杉浦は技術を買いたがる裏組織のボスに会うことになります。そのボスが公安に圧力を掛けて彼を釈放させた、という設定で。勿論、我々の組んだプログラムですがね。その後VR内の、このアジトに帰ってきます。そしてそこにいる新しいスタッフにこのVRについての説明をさせます。我々は全てを理解した訳ではないので、今後必要になるであろう事を全て言わせます。現実世界で拷問するのも悪くはないですが虚偽の情報を言う可能性がありますので。」

「その後はこの組織と雇い主について吐かせるわけだな。」

「そうですね。プログラムのボスと仲良くなってもらう必要があるので若干時間は掛かりますが。しかし信頼関係に基いて話してくれるので拷問より情報の信憑性は高いです。」

「ほう。それにしてもこの技術は相当気を付けて扱わなければいけないね。本当に危ないよ。」

「ええ。もしも国家機密を知る者が騙さ…」

「いやいや。それどころではないよ。」少し間を置いてから言葉を続けた。

「自分が気づかぬ内にVRに繫がれて何者かが神目線で盗み見ているかもしれないんだよ。」

「そもそも私たちが突入した時点で全員ガスかなんかで眠らされているのかも知れないよ。我々は既にVRの中に捕われていて、現実世界じゃ全員こめかみから電極を垂らしてるのかもね。あの何でも屋みたいに。もしそうだったら杉浦君は相当忙しいだろうなぁ。少なくとも我々が現実世界にいることは誰にも証明できっこないね。」


 その場の空気が凍りついた。     (完)

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