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歩道橋と富士山と妖精MOA I レター7

2020年4月25日18:13。まだ空は青白い。僕はMOA Iに会うため、東八道路を西に向かって黙々と歩いている。「大沢2丁目の歩道橋だ。待っている 」。僕の奥さんのLINEに送られたメッセージを見た僕は、携帯が人質にされていることに気がついて、家を飛び出した。

マル秘:妖精の生態報告4、「妖精は手グセが悪い。要注意だ」

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MOAIは歩道橋の欄干に腰をかけていた。

「や、やあ」と言って右手をあげる。「ま、待ちくたびれた」身体中の空気を吐き出すように長い息を吐いた。「な、なんでよ、よんだか、わ、わかるかい」。

「返せよ、携帯」MOA Iはなんのことかわからないな、という風に首をひねる。「とぼけんなよ。はよ、返せや」

MOA Iは人差し指で僕の胸の辺りを指差す。はっとして、僕は、胸に手を当てる。「なんもないやんけ!まぎらわしいんじゃ」

笑を堪えるように口を肩で隠している。それから、僕のズボンを指差す。騙されないぞ、と僕は知らないフリをする。MOA Iはいらないの?というように眉を曲げる。仕方なく僕は手をズボンに伸ばす。右のポケットに膨らみがある。恐る恐るポケットに手を入れ、とりだす。

「なんやねんこれ、飴やんけ」

「さ、30分はなめられるらしい」

「なめとんか」

「い、いや、ほ、ほら、まだわ、わしのぶんはもっとる。ま、まだなめてない」

そうヘラヘラ笑いながら言ってから、携帯をだし、歩道橋から落とそうとする。止めようとする僕に向かって、大丈夫。返す。ただ、少し話をしよう、と言って、MOAIは欄干に座り直した。UMEBOSHIも座るか?と、隣を指差したが、僕はいや、いい、と言って、後の欄干にもたれかかった。

「U、UMEBOSHI。こ、ここから、お、おまえは、な、何が見える」

「ビル」そうじゃない、とMOAIは首を振る。「山…富士山か」MOAIはゆっくり頷く。「それが?」

「き、今日は何日だ」2020年4月25日だ、と答える。「な、なぜみえるか」声を出す代わりに首を動かす。「で、でかいから…で、ではない」僕は静止している。「い、いまは、し、4月だ。そ、そしてもう少しで、ご、5月にな、なる」僕は唾を飲み込む。だけど首を振ったり、肩をあげたりして、リアクションを制御していた。歩道橋は、トラックが通り過ぎるたびに、ゴゴゴッと言って、まるで地震みたいに揺れた。

長い沈黙だった。あまりに長くて、夏が来て、秋、冬が過ぎ、また次の4月がきたみたいな錯覚さえした。眠りから覚めたように、「何月、な、何日だって?」と振り返りながらMOAIは言う。僕はこれでもかっていうぐらい、低い声で答える。「4月25日」MOAIはだからか、となぞを解いたみたいな高い声を出す。それから、欄干の上に立ち上がり、僕に振り向く。「こ、こはど、どこだ」歩道橋。「な、なんである?」首を振る。MOAIは呆れたように首を振る。「も、もう、ここも、古い」ゴゴゴッ、と足元が揺れる。

MOAIが携帯を僕に投げてようやく渡す。それから、携帯をろ、と指示を出す。僕は画面を見る。Wikipediaで歩道橋についてだ。僕は読んでから、スクリーンショットをする。

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ゴゴゴッと歩道橋が唸る。尽き果てようとしている命をまるで知らせるように。MOAIは言う。今日は、歩道橋の誕生日だ。だからお祝いで富士山が少し近づいてきたんだ、と。僕はそうだね、と相槌を打つ。MOAIは嬉しそうに微笑んでる。欄干に座り直し、MOAIは歩道橋に話しかけはじめた。お誕生日おめでとう。いつもあっちと、こっちを繋いでくれてありがとう。富士山が云々。

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僕はゆっくり自宅のある方へ歩きはじめた。東八道路を東に真っ直ぐに。途中、「きっと、インド人もびっくりしてるはずさ」と、ひとりごち、Twitterに投稿する。

帰り途中、市役所近くの公園に寄って、雲梯を使って懸垂をした。4回で限界だった。19日からほとんど動いていないからだ。肩を廻すと、ギッ、ギッ、と油切れのブリキみたいな音をだした。

「お、おい」MOAIが下弦の月を背に立っていた。「こ、ここは、ジ、ジャパンやぞ。な、なにがインド人がま、まっ青や」

(−_−;) まっ青ちゃうし。

MOAIは、星がキレイだな〜とひとりごちている。

僕は夜空を見上げる。4月にしてはあまりにキレイな星だった。

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