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ストライプのワイシャツ(エッセイ)_20190707七夕賞

私はある翻訳会社の中途採用に応募し、いよいよ最終面接で渋谷のオフィスビルの前にやってきた。すでにびっしょり汗をかいていた。
午前中とはいえ、すでに気温は30℃を超えているだろう。今年の夏も暑くなりそうだ。
砂漠の中のオアシスに吸い込まれるように、ビルのエントランスの日陰に入った。スマホを開くと、約束時間の15分前。ここですこし汗が引くまで待とう。
私はエレベーターの手前の壁際にカバンをおろし、グレー・スーツの上着をカバンの上に置いた。ズボンのポケットからタオル地のハンカチを取り出し、額を拭く。インナーのシャツはもちろん、身体にフィットしたワイシャツも汗で重く感じる。
私は首を垂れ、白の生地に細いストライプ柄のワイシャツをしみじみ眺めた。このワイシャツももう小さくなってきたな。そろそろ捨てて新しいワイシャツに買い替えよう。私は数あるワイシャツの中でこのワイシャツが一番お気に入りだった。面接や営業などここ一番ではこのワイシャツを着たものだった。しかし私も年をとり、肉がつき、このワイシャツの首元や脇のあたりが窮屈に感じるようになった。
エントランスのこの7階建てのビルに入居している数々の社名プレートを眺める。3階の欄の私が面接を受ける企業名をじっと見つめた。最後だ。なんとか内定を獲ってやる。
私は上着を着て、エレベーターのボタンを押した。

最終面接はこじんまりした応接室で社長との一対一だった。社長から名刺を受け取る。面接は順調に進んだ。私も長く業界で生きてきて、自信もあった。
終盤に差し掛かったであろうか。社長が机の上の私の履歴書を見ながら質問してきた。
「わが社は少人数制なので、営業が自分の案件のコーディネートも併せておこなってもらいます。あなたは営業もコーディネーターも、長く経験がおありなので問題ないですね」
「はい、問題ありません」
私は力強く返事をすると、社長が続けて質問してきた。
「そこで、仮に、の話ですが。質問します。この会社は今まで下駄を売っていたとしましょう。しかし、もう世間では下駄を履く人間も少なくなり、シューズが流行ってきた。そこでこの会社も明日から下駄を一切やめ、シューズを売ることにし、シューズを作る外注の職人たちにも話がついた。コーディネーターであるあなたは、今まで作業してきた外注の下駄職人たちに何と言いますか」
机の上に置いておいたハンカチを拾い、私は口元を拭いた。いきなりの設問にたじろいだ。
即答できないと、面接は失敗だ。しかし、社長の意に反する内容を即答しては元も子もない。せっかく順調にきた最終面接だ。なんとしてでもここで働くんだ。そう考えれば考えるほど良いアイデアが浮かばない。社長の目が見られなくなった。目を落とす。社長の名刺の名前がやけに大きく迫ってくる。答えられない。
社長が見るに見かねたのか、沈黙を破った。
「私がコーディネーターなら下駄職人たちに『明日からシューズを売ることになった。だからあなたたち下駄職人さんにはもう発注しない』と言うね」
「はい、私もそうせざるを得ないでしょう。ただ・・・」
「うん、ただ?」
「ただ、下駄職人さんたちのこれからを思うと・・・」
社長が遮る。
「下駄職人のことを考えてたら、企業は成り立たんよ。企業が生まれ変わるって、そういうもんだろ? そのための外注なんだから」
私は下駄職人さんが額から汗を流しながら下駄を作っている光景が浮かんできた。
企業が成り立たないって、これまで成り立ってきたのは下駄職人さんたちのおかげだ。その人たちに明日から急に発注しないって・・・。
私は社長の第二ボタンまで開けたノーネクタイのブルーのシャツを眺めた。
「私がコーディネーターなら、下駄職人さんに『明日からシューズを売ることになった。あなたがもしこれからはシューズを作ろうと思ったのなら、これまでとおなじようにあなたに発注したいと思います。いかがでしょうか』と聞いてみます」
堰を切ったように私は言葉を発した。
社長は呆れた顔をして言った。
「それじゃあ、時代に置いて行かれるよ」
こじんまりした面接室に社長の言葉が冷たく響いた。
終わった。
なにもかも終わった。
時代遅れ・・・アナログ・・・バカ正直・・・。これまで周囲の人からよく言われた自分の性格が頭にチラつく。

私は丁寧にお辞儀をして面接室を出た。
エレベーターに乗ると、フーとため息が出た。
エントランスのもう来ないであろう社名プレートを眺める。スーツの上着を脱いで右腕にかけ、ビルを後にした。
日差しが照りつけると、汗が冷えていることに気づいた。
首を垂れ、ストライプのワイシャツを見る。
このワイシャツにももう少しがんばってもらおうかな。
私は明日からウォーキングしようと決意した。


◇◇
さて、本日は七夕賞。
⑬ウインテンダネスに願いを託す。
この馬の父カンパニー産駒はローカル小回りで好走する。カンパニーも騎手、調教師など人によって成長した。


(勝馬投票は自己責任でお願いします)
[今年の当たり]
〇ヴィクトリアマイル クロコスミア 11人気3着
〇大阪杯 ワグネリアン 4人気3着
〇中山記念 ラッキーライラック 6人気2着
〇フェブラリーS ユラノト 8人気3着 
〇共同通信杯 ダノンキングリー 3人気1着 
〇日経新春杯 ルックトゥワイス 5人気2着
〇中山金杯 ウインブライト 3人気1着

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