見出し画像

うすべにのきみ_20180422フローラS

私は新たな旅立ちを求めて、ハローワークに通うことになった。
銀行で待っているのと同じように、相談員の順番待ちの番号が入った整理券を握りしめ、無駄な時間をボーっと費やしていた。

「860番のかたー!お待たせしました」
私は腰痛で固くなった重い腰を気合いとともに持ち上げ、呼ばれた窓口へ振り向いた。

(ハイソなおばさんかよ)

「あなたの年代の転職者は最近多くなってきたのよ」
「職を選ばなければすぐにでも来てほしいところはたくさんあるのよね」
とても上品そうな語り口でしゃべりだすも、私にネガティブな情報を浴びせ続けた。

「えっ、CEOって?」
前職のことを聞かれたので、私が説明していると、耳を疑うような質問が飛んできた。
「最高経営責任者のことなの。CEOって初めて聞いたわ」

(おいおい、ハロワでCEOを初めて聞いたなんて、初めて聞いたぜ)
(たぶん、ハロワで偉い人なんだと思うけど、もう少し勉強しようぜ)

もうこのおばさんから何を説明されようと、上の空だった。


翌日またハロワに来た。
「210番のかたー!こちらへどうぞ」

(今度は、じいさんかよ)
自分の心情を悟られぬように、眉間のしわを手で確認し、表情を繕った。

席に着くと、どんどん話し始めた。
「ここなんか、どう?」
「まだ誰も応募してないから」
(私の何を知って、次から次へと企業をススめて来るのだろう?)
(私のやりたいことは違うんだけどなー)

「あまり間口を狭めているといつまで経っても就職できないよ」
「とりあえず、何でもいいから応募してみて・・・」
(俺は、ビールか!?)

そして気がついた。
このじいさん、口が臭い。
窓口のこちら側にも届くくらい口が臭い。
(マスクしてくんだったな)

もうこうなると、私は心ここに非ず。
そそくさと荷物をまとめて待合椅子に戻り、心置きなくいっぱい空気を吸い込んだ。
そして深くため息をついた。


次の週、ハロワに来た。
今度は、三十代後半とおぼしき、すっぴんの女性。わずかに薄紅をさしているか。

この女性、まず私にしゃべらせる。そして、私のやりたいことを熱く語ると、「いいじゃないですか」、「すばらしい武器ですよ」と合いの手をくれる。
「履歴書の趣味の欄に[競馬]と書いてもいいですか?」と私は無謀な質問を投げてみた。
すると「ご自身が競馬のコラムやエッセイを書いて、それが仕事に役立つと考えるならいいですよ」と自信を持った意外な答えが返ってきた。

そして、ここのハロワには相談員を指名できる制度があることがわかった。
当然私は彼女を指名した。
(最近のハロワはキャバクラみたいだな)

来る日も来る日も私は彼女が空くのを待った。
彼女は職探しのスペシャリストだった。
ときには「ここはブラック企業の噂もあるから慎重に」とか「PCのベテランならハロワよりネットで転職探したほうがいいかも」と言って、ハロワと関係ない転職探しのサイトをいくつかススめてくれた。
(この人は私の身になって考えてくれている)

私は彼女に悩み事や日常の話もするようになった。ある時は調子に乗り、自作のエッセイを見てもらったりした。
笑いながら「すてきです。こんな文章を書けるなんてうらやましいです」と歯が浮くようなお世辞にも私の心は奪われていった。

彼女もじつはハロワに契約社員として転職したばかりだった。
どうりで、たくさんあふれる商品を次から次へと片付けようとするじいさん、ばあさんたちの旧態依然としたベテラン相談員とは違うわけだ。
多様な生き方がトレンドになるかなり前に、彼女は職探しの人たちの多様な生き方、多様な働き方に沿ってアドバイスをくれていたのだ。

彼女が正社員となって、ハロワの中心を担うような時代が来てこそ、本当のワーク・ライフ・バランスの到来だと思っている。まずはハロワからだ。


うすべにのすっぴん相談員の方へ。
私はあなたの期待するような幸せな転職は叶わなかった。
しかし、あなたの期待するようなエッセイは書けるようになったかもしれない。
いつかどこかで私のエッセイをご覧いただき、あのときのように笑い飛ばしてくれるその顔を思い描きながら、私はまた書いている。


さて、本日はフローラS。
③その名もウスベニノキミを応援する。
父エイシンフラッシュは天皇賞秋の府中2,000mのこの舞台で優勝している。
縁起の良いコースで「ハロー!」と言いながらウスベニノキミがゴールを駆け抜ける。


(勝馬投票は自己責任でお願いします)
[今年の当たり]
◯高松宮記念 ナックビーナス 10人気3着
◯阪神大賞典 サトノクロニクル 4人気2着
◯弥生賞 ワグネリアン 2人気2着
◯京成杯 コズミックフォース 2人気2着

#エッセイ #コラム #競馬 #umaveg #転職 #ハロワ #相談員 #うすべに



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?