時代錯誤（ショート小説）＜経団連会長の執務室、史上初のPC導入、メール開始＞報道を受けて_20181028天皇賞秋

シーンと静まる新聞社のオフィスは活気がなかった。
そんな中、経済部の記者である村瀬は連日の日経平均株価暴落についての記事を書き上げた。締め切りに間に合い、村瀬は机の上の缶コーヒーを手に取り、口をつけた。
作業がひと区切りし、村瀬は次のネタ探しにPCでネットサーフィンをする。
ネット上のある記事に目がとまり、村瀬は叫んだ。
「マジかよ、この記事！　経済のトップがこのありさまか」
経済部の記者たちは椅子から立ち上がり、みんな村瀬の席に集まってきた。
村瀬のPC画面に注目が集まる。

『経団欒会長の執務室、ついにPCが導入され、メール作業が開始される』

メールを受け取った職員のコメントも載っている。
「最初は本当に驚いた。今までは紙でやり取りしていた。これは職員の働き方改革につながる」
これに対し、事務方のコメントが続く。
「今までの会長の業務は紙のほか、対面や電話での打ち合わせがメインだったから問題なかった」
経済部の記者たちは色めき立った。中には失笑する者もいた。
村瀬はつぶやいた。
「時代錯誤にもほどがあるぜ。セキュリティーの問題とかいろいろ言い訳はありそうだけど、それにしてもねえ。経済のトップがこれだからね・・・。トランプにいつもしてやられるわけだ」
経済部のスタッフがうなずきながら言った。
「村瀬さん、これウラ取りに取材に行きましょうよ」
「もちろん、経団欒会長に真相を聞きに一緒に行くぞ」

村瀬ら取材クルーは特別に経団欒会長の執務室内でのインタビューに成功する。
経団欒会長は真新しいPCと一緒にニコニコ顔でカメラに向かっていた。
村瀬が切り出す。
「会長がPC導入を要望されたようですね。今までは本当にここ執務室にはPCがなかったんですか」
「本当だよ。まさかこの時代にPCなしで仕事はできんからな。Officeのソフト一式を入れてもらったよ。歴代の会長たちは机に座って新聞読むか昼寝でもしていたんだろうね」
「メールもなにもしなかったんですか」
「うん。わしが業務を引き継ぐ際に、前会長に聞いてみたんだよ。メールもやってなかったのかって。そうしたら彼はね『馬鹿にせんでください。メールくらいやってましたよ』と言って、引き出しから返信封筒の山をドサッと机に置いたときは、笑いをこらえるのに必死だったよ、ハハハ」
村瀬は笑いが引きつっていた。
「そうなると、会長が電子メールを用いて業務を指示するということは働き方改革にもつながりますね」
「そうとも。働き方改革どころか、わしがIT革命を起こしたんじゃよ。ブフォフォフォ」

村瀬はひととおりインタビューをしたあと、最後にインバウンドについて聞いてみた。
「会長、最後に質問ですが、訪日外国人数が上半期ですでに1,500万人を突破しました。しかしあれから自然災害などもあり、今年中に3,000万人突破しそうですか。国が目標に掲げている2020年に4,000万人というのは達成できそうですか」
「おお、2020年はともかく、今年3,000万人突破できるかどうか、今現在の数をあたってみるとしよう」
経団欒会長は真っ白なマウスを動かし、PC画面に資料を開いた。
「ほうほう・・・あるある。だが累計はまだ出てないな。今年上半期で1,500万人だろ。これにすでに発表されている7月、8月、9月の1か月ずつの数字を足してみるから少し待ってくれ」
経団欒会長はこう言うなり、マウスから手をはなした。鼻に垂れ下がっていたメガネを引き上げ、かけ直して、机の引き出しを開ける。中からなにやら出してきた。
経団欒会長は画面の数字を見ては、人差し指と親指を交互に舐めて、五つ珠（いつつだま）のそろばんをはじき出した。

◇◇

さて、本日は天皇賞秋。
① ステファノスを狙う。
騎手オドノヒューがインで愚直なまでにじっとして、最後の200ｍでゴーサインとともにステファノスがぐんぐん伸びてくる、と村瀬は予想記事を社内にメールした。

（勝馬投票は自己責任でお願いします）
[今年の当たり]
〇京成杯AH　ワントゥワン　3人気2着
〇新潟記念　メートルダール　6人気2着　
〇エルムS　ドリームキラリ　3人気2着　
◯安田記念　アエロリット　5人気2着
◯高松宮記念　ナックビーナス　10人気3着
◯阪神大賞典　サトノクロニクル　4人気2着
◯弥生賞　ワグネリアン　2人気2着
◯京成杯　コズミックフォース　2人気2着

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