心が沈む時間を受け入れる。ライブハウスのこと【10/7~10/11】
10/7(月)
昨日は久しぶりにあてもなく歩いた。4年前に今の街に引っ越してきた。随分経つのに、この辺りのことを何も知らない。地図を見ながら歩くと、身体と地図がつながる感じがして面白い。生きてる!日記ってその日のことを書くものだろうけど、月曜日はつい休日に思いを馳せてしまう。
10/8(火)
自分の行動で、ちょっとでも誰かが喜んでくれたら嬉しい。私の仕事の原動力はそれだ。だけど、パーソナリティにもリスナーにも与えてもらってばかりだ。私が成長した先に、少しでも何かを返せたら、喜んでもらえたら、と思う。そう心の中で言い聞かせながら、日々仕事をしている。
10/9(水)
数式とか◯◯の戦いとか、そういうことが学びなのか?と、ぐるぐると考えている。結局、受け手が何を感じ取れるかでしかないんじゃないか? そう思うのは、好きの原体験である下北沢のライブハウスのせいなのかもしれないと、井の頭線に乗りながら考えている。
10/10(木)
急に寒くなって元気が出ない。身体と心は繋がっているなと身を持って感じる。こういうときは何もかもスパッと諦めて、目をつぶって横になるに限る! 思考を停止させてゆっくりしたら元気になるはずだ。ということでおやすみなさい。
10/11(金)
数年前は思考がグルグルして止まっていたことも、するすると進められるようになった。一定量をこなすのって、めちゃくちゃ大事だなと体感している。たくさんやっていれば失敗もするし、成功もする。そういうことが頭でも心でも理解できるようになってきたので、下手に込まなくなってきた。
私の感性が育まれた下北沢のライブハウスは、ときどき不思議なイベントが催されていた。
誰が出演するのかわからない地下イベント。
それでも、アーティストのブログ(当時はSNSが始まったばかりで、もっぱらブログが情報源だった)やどこかから噂をキャッチしたお客さんが集う。
私もそのひとりだった。
演者と客がほぼ同数、なんなら客のほうが少ないような日だってある。
出番じゃない演者は客席で見ていたりして、客席からステージに上がるなんてこともよくあった。
そうやってステージに立つ人と、見る人の垣根を感じない場所だった。
客が数人のときは「オーディエンス」としての資質も問われるでもあった。
自分たちのリアクションがその日のイベントを左右する。
今思い返すと、ほんとにどっちが演者なんだかわからない。
でも、そういうよくわからない場所を知っているからこそ、アーティストはひとりでもお客さんがいたらアーティストであることを理解している。