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旅と言葉とコンチョロジー(貝類学)/読書メモ: 小津夜景『ロゴスと巻貝』

高校生のころ、下宿先の隣室に変わった同級生が住んでいた。

そいつの部屋には、ひとつも家具がなかった。8畳間の古びた畳の真ん中に、本が積んであるだけ。部屋のはしっこで寝袋で寝ていた。

あるとき部屋に遊びにいくと、押入れに旅行鞄がおいてあり服や生活用品一式はこの鞄にいれて暮らしてるようだった。

つい「どうしてそんなに荷物少なくしてるん?」と問うたところ、曰く「いつでも好きな本だけ持って、旅にそのままでられるようにしていたいんだよね」と。

いま思えばツッコみどころもなくはないけれど、筋肉とサッカーボールと女子の尻に脳内を支配されていた当時の自分にはなんだかとても新鮮で、目をキラキラさせて「かっこいい・・」ってなった(このおかげで自分も旅に出るハメになった)。

なんでこんなことを思い出したかというと、『ロゴスと巻貝』に出てくる小津夜景さんの読書エピソードが旅と読書を思わせて劇的だったからだ。

「親に隠れて読むにはどうしたらいいのだろう。わたしは知恵を絞った。そしてたどりついたのが暗記するという方法である。たとえ読書を禁じられてもほんのちょっとした隙に数行をぱっと盗み読むことならできる。あとはすやすや眠っているふりをして、盗んだ言葉を頭の中で読み直せばいい。」

小津夜景/ロゴスと巻貝

「そうやって溜め込んだささやかな断片が、かけがえのないおのれの財産であることに気づくのは、二十七歳でフランスに渡ってからのことだった。(中略) 旅人が持ち運べる荷物の量はたかがしれている。まるごと持ち運べる財産はただひとつ。記憶だけだ。」

小津夜景/ロゴスと巻貝

「どこにいても気分ひとつで暗誦が始まる。それ自体は悪くない。なにしろ吟遊詩人ばりに歌い暮らしているわけだから。」

小津夜景/ロゴスと巻貝

持ち運べる荷物のサイズは違うが、人生という旅でも結局のところ理屈は同じだ。

記憶力にそこまで自信のない自分は、言葉の貯蔵庫として本棚を編み、時折り気になる本を取り出しては眺めている。

小津夜景さんは、高村光太郎の『智恵子抄』を素材に、こんなことを書いている。

好きなひとの好きな本だということが、もうそれだけでわたしには面白い。たとえ個人的な感情とずれていたとしても。いや、むしろ違和感があったほうが燃える。」

小津夜景/ロゴスと巻貝

自分が本そのものと同じくらい、他人の本棚に惹かれるのも、同じような理由なのかもしれない。

ところでこないだ英和辞書をひいていたら、ちょうどこの本を読んでいたからか「conch 巻貝」という項目がふと目に止まった。

ネイティブアメリカンのジュエリーで「コンチョ」というシルバーでできた装飾ボタンがあるのだけれど、調べてみたら「貝殻みたいな」ボタンのことで、同じ語源からきていた。ちなみに「con·chol·o·gy」で「貝類学」だそう。

コンチョロジー。という可愛い響きの言葉をあたまの片隅に、貝類学として『ロゴスと巻貝』の続きを読もう。

補足:

こちらの方がまさに同じ箇所を引用していらした。共感ポイント近くてうれしい。


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