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【禍話リライト】犬の息遣い
時に怪異は人の心に心的外傷を残すことがある。苦手なものの原因となってしまうのだ。それは、ビニール傘だったり、コンビニのビニール袋だったりする。
これは、犬が舌を出してする体温調整の音が苦手な人の話。
【犬の息遣い】
Aさんは、この話を「犬の息遣いが苦手なんです」と始めたそうだ。唸り声でも遠吠えでもなく、夏など気温が高い時に体温を下げるために舌を出して「ハッハッハッ」とするのがとても嫌なのだという。
Aさんが幼稚園くらいの時に、遠縁の親戚が亡くなった。特に、行かなくてもよいくらいの血のつながりだったのだそうだが、両親とも手伝いに駆り出されるということになって、一人にしておくわけにもいかず、その家に連れて行かれた。急なことで預ける相手を探すよりも、親族もたくさん住む場所へ連れて行った方がよいとの判断だったという。
その家は、大きな田舎家だったそうだ。お寺ではなく、その親戚の家で通夜、葬式が行われるのだという。入れ代わり立ち代わり親族が出入りする。家の中を慌ただしく人が動くので、邪魔にならないように屋敷の奥、少し離れた部屋で「おとなしくしているように」と古いおもちゃをあてがわれた。大人たちの声はうっすらと聞こえる程度だったというから、そういう面からも家の広さを実感したのだそうだ。「つまらないな」と思うも、我慢をしていた。
夜のご飯は、濃い味付けだったものの子どもの口にはとてもおいしく感じたのだそうだ。家族だけでなく、親族そろって多く並べられたご馳走に舌鼓を打った。
お腹いっぱいに食べたので、すぐに眠くなった。あてがわれた部屋で両親と川の字で寝た。
夜中に目が覚めた。と言っても、眼を開けずに音が聞こえることに気が付いたのだ。もう一度、眠ろうと耳を澄ますと、それが、犬の息遣いだと気が付いた。
夢と現の間で、どこの庭で買われていたのかと思う。
家の周りは四方が庭と言っても過言ではない。玄関側では見なかった。が、建物が広いので、周りにどのような空間が広がっていたのかは、小学校に上がる前の児童に把握しようがない。
ーーと、そんな庭にいる犬の声が、部屋の中まで聞こえるのだと思った。
さらに、耳を澄ます。
意識が冴える。
どうも部屋の中から聞こえるようだ。
畳敷きの部屋の中、特に足音が聞こえるわけでもないが、息遣いの音量が大きい。位置や音の大きさから相当大型の犬のようだ。
『目を開けたら、気付かれて噛みつかれるのでは?』
そんな考えにとりつかれ、目をつぶったままでやり過ごそうとした。時計を見たわけではないが、1時間近くも我慢しているうちに眠ってしまったのだという。
翌朝目を覚ました後、両親に犬のことを相談しようと思ったのだが、まだバタついていたので、タイミングを逸してしまった。
ご飯を食べて、昨日の部屋で一人遊びをしていると、見たことのない老人が部屋に入ってきて聞く。
「何してるの?」
「お葬式の準備で、付いて来たんです」
つたない語彙力を駆使して何とかコミュニケーションをとる。そのうちに昨日の晩のことを聞きたくなった。
「この家には、ワンちゃんがいるんですか?」
と訪ねてみる。するとにこやかだった顔から笑みが消えて、こう返された。
「犬は、何代も前から飼っていない」
この時は、子どもゆえ「なんだい」という言葉の意味が分からなかった。犬の数え方なのかとも思ったという。
その後無事に帰途に就く途中に、車の中で両親に聞いてみた。
「何代ってどういう意味? 犬は何匹って数えるんじゃないの?」
「代っていうのは世代のことで、お父さんやお爺ちゃんの頃までさかのぼってという意味だよ」
「何で? 別に飼っていいじゃん」
「犬のアレルギーみたいなことなのかな」
「そうなの」
車内の会話はこれで終わったのだが、母親が別の時にこのことを電話で話題に出したら親戚からこっぴどく怒られたのだという。
Aさんの体験はこれだけなのだが、夜中に目をつむってばれないように1時間以上も息を殺していた体験が嫌で、未だに公園で犬が舌を出して「ヘッヘッヘッ」としているのを見ると、鳥肌が立ってしまうのだそうだ。
何となく、そちらに目をやってはいけないというような。
〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第二十一夜(2023年12月9日配信)
25:50〜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/782685946
※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。
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