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【禍話リライト】外からすいません

 毎度言っているが、禍話のウェルカム怪談と位置付けられる短い怪談は秀逸なものが多い。今回のものもそうだ。しかし、今回は余寒さんの「ルドンの沼の花」がぶち抜けて怖かった。

 さて、時として人は見誤ることがある。
 それが不思議の源泉になることも。
 あとで気付けば笑い話だが、それが恐怖の種にならないとも限らない。
 これはそういう話。

【外からすいません】

 30代のAさんが大学生の頃、学生マンションに住んでいた。
 比較的お金のない人ばかりが住むためか、家具はある程度備え付けになっていたという。クーラーは付いていたものの、音も大きく、効きもよくなかった。何より旧式で電気代がかさむような気がして、本当に暑い時以外は窓を開けて扇風機でしのぐことが多かった。
 ある夏の晩、Aくんは忘れていた洗濯を取り込むためにベランダに出た。強い日差しに照らされた洗濯物はぱりぱりに乾いている。3階に位置する部屋の目の前には大通りが走っていた。
 ちょうど目に入る横断歩道のこちら側で、女性が叫んでいた。
「すみませーん、すみませーん」
 夜の8時を過ぎていたが、明らかに自分のマンションに向かって声を上げている。知らない中年女性だ。
 何度も連呼しているので、自分に向かって言っているのかと思った。
 少し躊躇したが、「何ですか!?」と大き目の声で歩道にいる女性に反応をしてみた。
 しかし、女性はAくんのことをガン無視して、おなじく「すみませーん、すみませーん!」と声を上げ続けている。
 勘違いだったようで、思わず「恥ずかしっ」と顔が赤らんだ。
 女性は変わらず叫び続けている。
 「すみません」以外の言葉を足してくれれば、何のために声を上げているのかわかるのだが、連呼するのは同じ言葉だけだ。
 ベランダから身をのり出して周りの部屋を見てみたが、反応している人は見当たらない。
 もう一度女性を観察してみる。
 すると、真夏なのにロングコートを着ていることに気付いた。
 夜とはいえ、汗ばむ季節だ。
 さらに違和感を感じる。
 横断歩道のこちら側で女性は声を上げているのだが、その横に信号待ちをしているカップルがこちらに背を向けて立っていた。男性は、スーパーの大きなビニール袋を提げている。そのカップルが、真横で女性が大声を上げているのに全く反応をしていない。
 普通なら、顔を見たり、逆に背けたり、何らかのリアクションがあってしかるべきだと思うのだが、完全に無反応だ。
「あれっ、変だな」
 思わず声に出してしまう。
 そんなに必死に女性が声を上げているのなら、「どうしたんですか?」ぐらい聞かないだろうか。
『気持ち悪いな』
ーーと、まだ取り込んでいない洗濯物を残して部屋に戻った。

 しばらくたったものの、女性の声は聞こえ続けている。
 かれこれ、20分ほどたってようやく収まった。
 気持ち悪さはぬぐえない。隣にいたカップルがあまりに無反応だったため、自分にしか聞こえていないのではないかと少し不安になってきた。幽霊なんて信じないし、ここに越してきて2年ほどたつがこんなことは初めてだ。
「もしかしてお化け……」と独り言ちて、乾いた笑いが出た。
 もともとアルコールは強くないが、冷蔵庫にあるビールや缶チューハイなどをあおって、酒の力で眠ってしまおうと考えた。
 そんなこんなで、9時~10時には布団に入って寝てしまった。前述したように、クーラーは付けずに窓を開けて扇風機を回しながらの就寝だ。

 寝ていると、突然「すいませーん」と大声がして目が覚めた。
 先ほどよりも声が近い。
 しかし、さきほどは、マンションのすぐ下の道路の歩道。それよりも近くなっているということはどこで声を上げているのか・・・・・・・・・・・・
 耳を澄ます。
 網戸のすぐ外、ベランダからこの部屋の中に「すみませーん」と声を上げているように聞こえる。
 近い。
 近いは分かるが、どうやって・・・・・
『やべぇ、怖ぇ。逃げよう』
 しかし、金縛りというほどではないが、体がしびれたように自由が利かない。まるで麻酔をかけられたようだ。
 そのあいだも大きな声で、女性は部屋の中に「すみませーん」と声を上げている。
 とりあえず、部屋を出ようと全身に力を入れた。
 仰向けだった体を何とか左横に向けたときに気が付いた。
 布団の横に人が立っている。
 誰かと思って観察すると、先ほど、信号待ちをしていたカップルだった。
その二人が、こちらに背を向けて立っている。
 その間も、ベランダの女性の声は続いている。
 目の前50センチ先には、先ほど見たカップルの男性が持つスーパーのビニール袋がある。
『このスーパー、先月に潰れてる!』
 すぐ近所のスーパーのことに気が付いて、内心の恐怖がいや増す。
 後ろの声を上げる中年女性も怖いが、目の前のまんじりともせずに立つカップルも怖い。もちろん、部屋の鍵はしっかり閉めて寝ているはずだ。
 人間エライもので、その恐怖に耐えきれずに失神してしまった。

 後になって思い返すと、中年女性の「すみません」という言葉は、やはり自分に向けて掛けられていた言葉ではないかーーと思い当たったという。おそらく、カップルが出ることに対する注意喚起や警告なのだろう。あるいは、その言葉しか言えないのか。
 Aさんは、以降、窓を開けて寝ることが怖くなってしまった。
 そのマンションには大学4回生まで住んでいたが、後にも先にもこの一回だけだったという。

                          〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第12夜(2023年4月1日配信)

04:40〜

※本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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