見出し画像

【禍話リライト】タハラはいるか

 デジタル化の波の中、サブスク全盛の時代で無くなるものは数多あるが、代表格はレンタルビデオ店だろう。少し前の怪談では、夜遅くまで開いてることもあって、時々聞くテーマだったのだが、このご時世でほとんど聞かなくなってしまった。
 これは、そんな話。

【タハラはいるか】 

 Aさんが若い頃、レンタルビデオ店の社員をしていた。
 個人店でも大型店でもなく、地方のチェーン店で韓流ドラマとアダルトビデオがメインのラインナップだったと言えば、時代なども推察できよう。

 ある雨の晩、その日はバイトくんと2人だった。
 ほとんどワンオペでさばける程度の客しか来ないから、やや珍しかったと言える。棚卸などが近い時期だったのか。
 雨のせいもあって客足は望めない。しかも、この店は住宅街の一角にあり立地は最高なものの、駐車場から店まで少し距離があり、こんな晩はほとんどやることもなかった。
「客、もう来ないだろう。暇だなあ」
 バイトくんとそんな会話をしながら、棚の整理に向かおうとした。
 すると電話がかかってきたので、バイトくんがとる。
「はい、〇〇ビデオ店です。あ、はい、申し訳ございません……」
 電話の向こうでは、誰かが激昂しているようでしきりにバイトの子は頭を下げている。足を止めて耳を傾ける。話の流れによっては自分が対応しなければならない。
「すみません。あの……」
 どうやら、電話は切られたようだ。
「どうしたの?」
 電話口での対応は、マニュアルに沿ったもので問題はなかった。
「めちゃくちゃ怒られました」
「知ってるおじさん?」
 客層はほとんどが固定しており、会員カードがあることもあって9割方は名前と顔が一致する。
「いや、多分初めてくらいの人だと思うんですけど。でも、キレたら電話越しじゃ分かりませんしね」
「何をそんなに怒ってるの? あれか、古いDVDが再生できないとかいうことか。なけなしのお金で借りて家に持って帰ったものの再生できなくって、雨でもう一度行くのは業腹だとかそういう」
「それが、向こうは『電話に出ないじゃないか』って言うんですよ」
 今日は、夕方から入っていたが、客も少ないし電話も数本あったものの、すべて対応できていたように思う。やり取りにそれほど時間がかかったものはない。
「間違ってんじゃないの? すぐ済む要件ばっかだったから、話し中もありえないよ」
「そう思って確認したんですけどね、かけてる番号はこの店のものなんです」
「おかしいな」
「おかしいですね。でも、おじさんブチ切れて『今からそっちに文句言いに行くから待ってろ』って捨て台詞で電話切りました」
「困ったね。まあ分かった。俺が対応するよ」
「すみません」
 それから、待てど暮らせど来客はない。地方都市のはずれの話、普通なら1時間や2時間程度で来るのではないか。そもそもレンタルビデオ店の商圏などそれほど広いものではない。
「来ないね」
 いろいろ想定して、対応を考えていたのに肩透かしを食らった感じだ。
「何言うかいろいろシュミレーションしたのに。定時連絡で店長にも報告しちゃったよ」
「来ないですねぇ」
「あ、うちと別の店間違えてたんじゃない? 可能性あるよね」
「確かに、店の名前までは確認してませんけど。でも、そんなことありますかね。電話番号は確認したんですよ」
「そうだよな、近所にビデオ店もないし」
 そうこうしているうちに、バイトくんの休憩時間が来た。
「俺ちょっとバックヤードで休んでもいいですか?」
「いいよいいよ。もし来たら対応するから」
「ありがとうございます」
 そういって、彼はいつものように、店の外に向かった。休憩中の飲み物を店のすぐ外にある自販機で買うのだ。
 そのまま目で追っていると、すぐに戻ってきた。明らかに、ジュースも何も持っていない。
「ちょっと来てもらっていいですか? そんな遠くの話じゃないんで」
 入口まで行って、バイトくんが少しドアを開けた。店の前には二車線の道路が走っており、それを挟んで向かいにマンションがある。その駐輪場で、めっちゃ切れてるおじさんが居る。しかも、屋根がある駐輪場なのに、わざわざ雨がかかる場所で大声を出している。しかし、その周りには誰もいない。自転車ばかりだ。
「やばい人だ、あれ」
「俺もそう思ったんスけど、違うんですよ。あれ、多分電話かけてきた人です」
「えっ!」
「話し方とか、声のトーンとか」
 雨音に消されがちだが、耳を澄まして聞くと「その態度は何だ!」などと言っている。
「ーー構わないほうがいいよ。こっち来たら考えよう」
「そうですね」
「申し訳ないけど、マンションの敷地内だし、向こうに任せよう。こんな雨だから、このままだったら誰も気づかない可能性もあると思うし。」
「そう、ですよね」
 その晩、結局そのおじさんは来店しなかった。

 数日たって、Aさんが出勤しているときに警察官が来た。
「申し訳ないんですが、確認したいことがございまして。こちらの店に、タハラさんという方はいらっしゃいますか?」
 そんな人はいない。もちろん、開店からすべての人を知っているわけではないが、知りうる限りでそんな人は思い当たらない。
「いないですね」
「そうですか」
「うちにいないタハラが何かしたんですか?」
 制服警官の年恰好が近いこともあって、冗談めかしてそう返す。
「何日か前に雨が降った夜があったじゃないですか。あの時に、お向かいのマンションでトラブルがありましてね……」
 内心『あれっ!』と思う。
 聞くと、結局マンションで住人とおじさんが揉めて、警察が呼ばれたのだそうだ。その時に、「タハラを出せ」と何度も連呼をしていた。しかも、「何度も電話しても出ないから、タハラを出せ」ーーそう言うのだそうだ。
 しかし、バイトくんの名前は、タハラとは似ても似つかない名前だ。1文字も被ってない。そのおじさんは、1度電話して、再度電話をしたときに、そのタハラが暴言を吐いてきたので頭に来たのだと説明をした。
 しかし、その日に訳の分からない電話があったのは1回だけだ。
「完全に常軌を逸している感じの人だったんですけど、確認と思いましてね」
 そういう警官に、その晩のことをAさんが伝えた。
「そうですか。ご協力ありがとうございます。ただ、おかしいこともあるんです。その人がおたくの会員証だと言って財布から出したもの、クシャクシャの名刺大の紙で、話にならないなと。その方の家族にも連絡が付いたんですけど、一応調べなくちゃいけなくて」
 そう言って警察官は帰って行った。

 その晩、店長に警察の件を報告する。
「ーーということで、警察の人に言われたんですよ。タハラなんてうちの店にいないのに」
 店長は、開店時からこの店を切り盛りしてきた。報告を受けながら怪訝そうな顔をしている。
「A君が来るちょっと前にね、タハラって確かいたと思うんだけど」
「いたんですか?」
「いたというか、いなかったというか……」
 ちょうど3月末で学生アルバイトが大量にやめる時期で雇ったものの、出勤初日にバックレてしまった男性がいたのだという。
「いまでもぼんやり覚えてるわ。初日が雨の日で、暇だったからよかったんだけど、あの頃はうち結構お客さんが来ててさ、普通の日だったらヤバかったよ。その後電話してもつながらなくて。確かそのこの名前がタハラだったような」
 そのときの、履歴書などは処分して残っていないのだという。まだ、アルバイトの情報を書類で管理していた時代だ。
 聞いて、気持ち悪くなってしまった。店長と入れ替わりに出勤してきたバイトくんにこの話をすると、「気持ち悪いですね!」とひとしきり盛り上がった。

 1週間ほどして、バイトくんが1人で店を見ていた時があった。夜の10時を過ぎて、お客さんが途切れてきたので『あと1時間だから、そろそろ閉店準備を』と考えていると、店の一番奥からDVDが床に落ちる音がした。おそらく1枚や2枚ではない。
 急いでそのアダルトコーナーに向かいつつ『そんなバランスの悪い置き方してたのあったかな』と思う。その場に着くと、思った以上にDVDが散乱していた。
 ちょっとバランスが悪かったから落ちた、というような形ではない。人が手で倒したようにも見える。
 中でも、1枚が少し遠くの棚の下にまで飛んでいた。
 『しょうがないな』と思いつつ、屈んで、手を伸ばすとDVD以外の何かに触れた。
「えっ!」
 思わず声が出る。感触は、何か濡れたようなものだ。
 そちらを見ると、棚の向こうにびしょびしょに濡れた人が立っていた。
 外は雨など降っていない。
 動転して、カウンターの中まで戻った。
 どうしてよいか分からなかったので、
「いらっしゃいませー」と声を上げた。
 上げたものの、自身に『いやいや、おかしいだろ』と突っ込む。
 少し時間がたってから、恐る恐る見に行くと、人どころか濡れた跡なども全くない。しかし、手に濡れた感触ははっきりと残っていた。
「気持ち悪いなぁ」
 そう言いながら閉店処理をした。

 それからというもの、そのビデオ屋には天候に関係なく、深夜、店の中にびしょ濡れの男が立つようになってしまった。それだけが原因ではないが、結局ビデオ店は引っ越すことになった。移転してからは、男が出ることはなくなった。
 その場所は立地がかなり良いので、すぐに次にコンビニが入った。しかし、全然続かない。そのあとも、100円ショップや携帯会社など入ったが、1年と持たずに移転してしまう。
 風の噂では、店の特定の場所にびしょびしょの男が出るのだという。
 店舗の形態が変わると、バックヤードの場所も変わる。しかし、建物の形が変わっても、その男が深夜に立つ。それが、社員用の休憩室だろうが、店舗の棚であろうが。
 だから、今はテナント募集が長く続いているのだという。

 濡れた男がタハラくんなのかどうかは分からない。
 ただ、Aさんは「バイトくんが『いらっしゃいませ』と口にしたのが悪かったんじゃないかと思うんです。だって、『ありがとうございました』って言ってないでしょ」ーーそのように話を締めた。

                        〈了〉

──────────

出典

禍話アンリミテッド 第16夜(2023年4月29日配信)

20:55〜

※「本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


よろしければサポートのほどお願いいたします。いただいたサポートは怪談の取材費や資料購入費に当てさせていただきます。よろしくお願いいたします。