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【禍話リライト】花子さん譚「花子さん待ち」

 その時は、あまり怖くなくて「不思議だな」程度で済んでいたものが、のちに考え直すと肝が冷えるほど怖くなる話は意外にある。そういう時は、その時まで気が付くことを阻害されているのかもしれない。
 この話はBさんが中学の時の体験を、時間を経てからその怖さに気づいた(気づかされた)ものだ。

【花子さん譚「花子さん待ち」】

 Bさんが大学に入って1年目の夏。ふと皆でミニ怪談会となった。11人という大所帯だ。自身は怖い体験などないと思っていたが、唯一の不思議な体験を話した。それが以下のようなものなのだそうだ。

 Bさんは中学時代、文科系の部活に幅広く顔を出していた。文芸部に顔を出して記事を書いたり、演劇部に顔を出しては舞台を手伝ったりなどだ。
 顔を出すだけではなく、それなりに手伝いもしていたので、学校ではあちこちに顔の利く人なのだと認識されており、それなりに便利遣いをされていた。
 あるとき、新聞部に呼ばれたので顔を出した。要件は、四コマ漫画を載せないといけないが、誰も書ける者がおらず、かといって折り合いの悪い漫研に依頼するのは癪だという後ろ向きな理由での漫画執筆の依頼だったという。 Bさんは少し漫画が描けたので、定期的に顔を出して受けていた。
 そんな中、新聞の夏の特集で怖い話の特集をするということになった。漫画を描きながら耳を傾けていると、部長と副部長が話をしており、どうやらこの中学には花子さんが出るという。Bさんは内心『ベタだなぁ』と思いつつ聞いていると、出る場所は旧校舎の三階とどこかで読んだような条件だ。
 しかし、花子さんを呼び出す手順が非常に手間暇がかかり、よくその手順が口承されていたなと思うほどだった。出るのは旧校舎なのに、新校舎のトイレの決められた扉を決められた回数ノックし、また別のトイレに行ってノックする、そのあと特定の場所で〇分待機などというものだった。
 四コマ漫画の手を動かしながら、耳だけそちらに向けていると、どうやら手順の中で三カ所同時に人が必要とされる場面があるそうで、「一つ受け持ってくれ」と頼まれた。内心は面倒くさかったが、断ることもはばかられたので、ジュース一杯で請け負うことにした。
 決行はその週末の土曜の昼になった(当時は、土曜が午前授業だった)。

 土曜の昼に新聞部の部室に顔を出すと、準備万端の二人がいた。
 「最初の面倒なところは、二人でやってきますので」
 傍で見ていても煩雑だ。あちこちのトイレに行ってノックを繰り返している。中には、教員用のトイレのノックもあり、「見つかったら、そこで儀式は終わりです」と言われ、「土曜を選んだのは、先生が少ないタイミングを見計らいやすいからか」と得心した。
 30~35分ほどたって二人が「前段は終わった」と戻ってきた。ここからは三人で、別々の特定のトイレの個室に籠り、20分過ごすのだという。
 Bさんの担当は花子さんの出るという旧校舎の三階ではなくその下、一階のトイレだった。腕時計を見ながら三人でタイミングを合わせる。
 申し合わせたぴったりの時間に、トイレに入り、扉を閉めた。
 外からは、吹奏楽部の部員が個人練習をしている音や演劇部の部員が「あえいうえおあお」などと発声練習をしているのが、のどかに聞こえてくる。
 内心、『この声や音を出している部員に比べて、自分は何て無駄なことをしているんだ。もっと一心に取り組むことを見つけられればよかった』などの思いがよぎった。
 この個室に花子さんが出るのなら、もう少し緊張もしようが、儀式の一環で決められた時間を過ごすためだけのものなので、正直面倒くさいなぁと思う。洋便器の上に腰掛けながら、携帯電話ももちろんスマホもない時代のこと、『文庫本の一冊でも持ってくりゃ良かったな』と少し後悔した。
 そう思いながらも、頼まれたらいやと言えないまじめな性格ゆえ、じりじりと腕時計をにらみながら待っていた。約束の20分まであと5分を切った時に、突然肉じゃがの匂いがトイレの個室に充満した。
「あれ?」
 思わず声が出る。旧校舎は給食室と近いわけではなく、そもそも土曜の昼に学校で肉じゃがの匂いがするのは解せない。
 しかも、その匂いは実家でBさんの母親が作るものの匂いそっくりだった。あまりに暇すぎて、感覚がおかしくなったのか、と自身の嗅覚を疑った瞬間、「ご飯って言ってるでしょ!」と怒気をはらんだ声が外から聞こえた。明らかに母親の声で、あまりに自分が部屋から出てこないと怒るときのセリフだった。
 思わず、
「あ、ごめんごめん」
と言って、扉を開けて個室を出た。
 しかし、もちろん、旧校舎のトイレには母親はもちろん、人っ子一人いなかった。開け放した窓から様々な部活の声や音が聞こえる。
 反射とは恐ろしいもので、母親のキレる直前の声を聴いて、体が無意識に動いてしまったのだ。
「んん~?」と思いつつ、まだあと5分あるため、再度個室に入って扉と鍵を閉めた。
 無事に終わって、新聞部の部室に戻る。しかし、他の二人は戻ってこない。『他にも煩雑な手順があったっけ?』と思いつつ、他の二人がいるトイレはうろ覚えだ。さらに1時間待っても帰ってこない。携帯電話もないし、あまり校内をうろうろして、先生に気付かれたり、花子さんを呼び出す儀式の邪魔をしては悪い。
 部室に備え付けのノートに『ごめん、先帰るわ』とだけ書き残して、自宅へ帰った。

 家へ帰って玄関の扉を開けると、肉じゃがの匂いがした。
 母親がいつも作ってくれるもので、生まれてから食べ続けてきたあの味が口の中によみがえる。
「今日、肉じゃがなんだ」
 思わず声に出た。
「実はカレーにしようと思ってたんだけど、肉じゃがの具材の方が安くて」
 母親が応えていると、二階から降りてきた弟が、「え~、肉じゃが~」とふくれている。
「うるさい、いやなら食うな!」
と諫める。いつもの、B家の様子だ。
 日曜日は、新聞部の連中のことがずっと頭の片隅にあり、悶々として過ごした。

 月曜日、普段通り登校した。部長、副部長ともクラスも違い、合同授業でも一緒にならない。昼休みに部室をのぞくも、扉は閉ざされたままだ。
 放課後、部室に行くと扉に張り紙がしてあった。
『新聞部はしばらく休部です。詳細は顧問Cへ』
と、ほとんど部室に顔を出さない顧問のC先生の名前で書かれている。
 気になって、職員室へ聞きに行った。
「何か問題があったんですか?」
「俺も詳しくは知らないんだけど、電話がかかってきたらしくて、休みたいから部活も続けられないって。それ以上知らんのだけど」
 名ばかり顧問のC先生も、伝え聞いたものらしい。
 結局、新聞部の二人は学校を辞めてしまった。

 大学生になって、ミニ怪談会の折、この話をした。Bさん的には怖くないし、肉じゃがの匂いがしただけだからむしろ不思議な話かと思っていたのだが、その場にいた他の10人は口を揃えた。
「危ないところだったねー」
 その時初めて気が付いた。
 あの時は偶然守られたのだと、あのまま扉を開けず個室に居続けたら、もしかすると他の二人と同じになっていたかもしれないと。
 進学校ゆえ、途中でノイローゼ気味になってドロップアウトする生徒がいるのはそれほど珍しくはないことだったものの、もしかすると、この日までわざと気が付かないようにされていた・・・・・・・・・・・・・・・・・(脳がフィルターをかけていた)のでは、との可能性も指摘された。
                        〈了〉

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出典

元祖!禍話 第十八夜 後半ダラダラ配信(2022年9月2日配信)

21:21〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/744058541

※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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