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【禍話リライト】どん、どん

 音というのは、誤認しやすい怪異の要素だ。
 真夜中に変な音が聞こえてきても、近くの老人の異常なまでの早起き後のルーチンワークの音だったり、逆にホテルで隣の壁をどんどん叩かれて、うるせぇ隣人だと思っていたら、そちら側は階段だったり。
 この話は、音源は分かったものの……という話。

【どん、どん】

 Aさんの会社の同期は仲が良く、しょっちゅう集まっては飲み会を開いていた。
 Aさんは料理が得意で、皆で集まるときにはシェフ役を買って出ていたのだという。
 ある時、いつも皆が集まる同期の家が使えなかったことがあった。もちろん、別の場所を検討するのだが、その流れで、別のBという男に聞くことになった。
「いつもの家が使えそうにないんだけど、Bの家を会場に使わせてくれない?」
 何拍か遅れて、
「ーーいいよ」
との返事があった。今まで、Bの家を会場にしたことはなかったが、最寄りの高層マンションの上の方の階だということは知っていた。
「彼女と住んでたり、ペットがいることもあるだろうから、無理しなくていいぞ」
と水を向けても、「まぁ、別にいいよ」と淡白な反応だった。場所がないのは問題なので、少し逡巡したものの結局その言葉に甘えさせてもらうことにした。
 家呑みが始まると、いつものようにAさんがBさんの家の台所で準備を始めた。年若い時から料理には親しんできたので、特に負担ということもない。お世辞でも「うまい」と言ってもらえたら下ごしらえや皿洗いなども苦ではないのだそうだ。
 広いといっても単身者用のマンションのこと、皆が集まるリビングは、短い廊下を隔ててすぐ向こうだ。間に短い廊下があって、その先の玄関の扉が「どん、どん」と鳴る。
『おかしいな』とは思うものの、気にはしないでおいた。
 何度目かの料理を運んだ折に、Bに、
「ときどきドアがボコンボコンとまでは言わないけど鳴るよね」
と何の気なしに言うと、Bが答えた。
「ここ、割とマンションの上の方の階だろ、だから、風が吹いてきて音がするんだよ」
「ああ、そういうのがあるんだ。大きな音が鳴ったらギョッとするよね」
と皆で笑った。

 何度か料理を運んだり、窓を開けたりするうちに気が付いた。
 今日は、全然風がない。
 それでも、ビル風のようなものなのだろうと自身を納得させて、台所で料理を続けた。定期的にどん、どんという音がしていたが、そのうちひときわ大きい音で「どん!」と鳴った。そのときは、たまたま台所のドアを閉めていたのに聞こえたので、人が体当たりしたくらい大きさだと判断したという。
『風じゃないんじゃないか』
 そう思って、玄関まで行ってドアスコープから外を見た。
 すると、そこには上下黒い服を着た男がポケットに両手を突っ込んで立っていた。
 知らない人だ。
 そして、そのままの姿勢でぶつかってきている。その時に音がする。
 しかし、奇妙な事に生身の人が、同じことをした音よりもずいぶん小さい音なのだそうだ。
 とはいえ、風の音よりは大きい。
 もう見たくないので、台所に戻ってつまみ作りを再開したものの、釈然としない。
 次に、リビングに持って行ったときに、明らかにテンションが下がっていることに気が付いたのだろう。台所に戻るときに家主のBが着いてきた。『冷蔵庫から飲み物でも出すのかな』
と思っていたら、皆に声が聞こえないところまで来て、Aさんの肩を叩いてこう言った。
「10時35分を過ぎたら、来なくなるから」
「お、そう!?」
 週末の夜の飲み会なので、その時間は確実に超える。そのまま何度か時計に目をやりながら音をやり過ごしていると、本当にその時間を過ぎたら音がしなくなったという。
 お酒が進んで、皆が酩酊した後に気が大きくなったAさんが、
「このマンションにヤバいやつでも住んでるの?」
とBさんに聞くと、こう返ってきた。
「住人じゃないよ」
 その返事に、怖くて余計に詳しいことを聞けなくなってしまったという。
                         〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第二十三夜(2023年12月23日配信)
3:46〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/783635344

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。


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