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【禍話リライト】バイクの中の人

 人の脳の仕組みなのか、あまりの恐怖に記憶が飛ぶという経験は時折耳にする。しかし、行動を左右するような大きな恐怖に会った時、記憶にはどのような影響が出るのか。
 これはその一端が垣間見えるような短い話。

【バイクの中の人】

 現在40代中盤のAさんは、同い年くらいの旦那さんのBさんが居る。
 Bさんの仕事は警備で、ほとんど夜勤なのだそうだ。
 大体、朝、出勤前のAさんと朝食を取って、Aさんはそのまま勤務先に、Bさんは休むという昼夜逆転の生活を送っていた。

 数年前のある朝、いつも8時ごろに帰ってくる夫が、夜勤明けで6時過ぎに帰ってきたことがあった。
「早いね」
「今日はちょっと早くあがってきた」
 早くも何も、シフトがあってのことだし、昨晩の出勤はいつも通りなのに早上がりのようなことがあるのかと少しだけ不思議に思ったものの、『そんなこともあるのか』と納得する。
 洗面所に行って、歯を磨きだしたBさんは、そのまま朝ごはんの準備をするAさんの近くに来て「夜勤の間に変なことがあってさ」とぽつりぽつりと語り始めた。
 普段は朝の時間にそんなことを言わないので、よっぽど変わったことがあったのだと思って耳を傾けたのだそうだ。

 それはこんな話だった。
 Bさんが夜に見回る巡回ルートに駐輪場があるのだという。そこに、不法投棄されたミニバイクが数か月前から放棄されていた。施設側とも話し合って、業者を呼ばなければならないというところまで話は進んでいたのだそうだ。
 昨晩は、そのバイクのシートに服が掛けられていた。見た目も、バイクに乗るときに着るようなものだ。銀色で、少しこんもりと質量があるように見えた。
 服の下に何かある。
『もともとボロボロの廃棄バイクだったから、誰かがその上に物を捨てたのか』程度にしか思わなかったのだそうだ。
 バイクの位置が、警備の範囲からするとグレーの場所だったこともあって、最初の巡回の時はそのままスルーして通り過ぎたのだが、やはり気にはなるので近くに来るたびに目は向けていた。
 明け方近く、何度目かの巡回の折に通りかかると、風もないのにこんもりした服が動いていたのだそうだ。さすがに看過できず、『猫や小動物が入り込んでいるのか』と服を取ったのだそうだ。

 ここまで聞いて、Aさんが尋ねた。
「何がいたの?」
「いやーそれがさぁ、小柄な人だったんだよ」
 理解ができない。先ほどは猫くらいの大きさだと言っていなかったか。子どもにしても小さすぎるし、仮に子どもだったとしても深夜・早朝に居たらおかしいだろう。だからAさんは重ねて聞いた。
「赤ちゃんとか?」
「いや、小柄な人」
「えぇ!?」
 訳が分からない。
 誰かが、そこに赤ん坊を置いたというわけでもなさそうだが、例えそうだとしても、不法侵入だ。
「それで、小柄な人どうしたの?」
「いや、びっくりしたー」
 話がかみ合わない。問いただそうとしたら、家の固定電話が鳴った。
 いつもなら、電話に出てくれるし、そもそも電話は洗面所のすぐ横にある。Bさんが出るのかと思ったら、どうも取るそぶりがなく、鳴り続けている。『出てくれないな』と思いながら受話器を取る。
「はい、Aです」
「ああ、〇〇警備です。Bさん、ちゃんとご自宅に帰られましたか?」
 どうやら、今日一緒に出ていた同僚らしい。
「何かあったんですか?」
「巡回から戻ってきたら、急に『今日俺、早引きしますから』と理由も言わずにすごい勢いで転びそうになりながら出て行ったもので、何か事情があるのではと心配になりまして……」
 内心、『言ってることと全然違う』と思いつつ「先ほど無事帰ってきました」と電話は切って、洗面所へと声をかける。
「ねぇ、Bさん、さっきのバイクの話なんだけどさぁ」
 返事はない。そちらに向かうと姿は見えず、ベランダがある方の窓が大きく開いていた。続いて、大きな音がした。
 あわててそちらへ向かって、身を乗り出すと旦那の姿が下に見えた。
 たまたま部屋が二階で、下の駐車場に大きな車が止まっており、その上に落ちたので運よく骨折程度で済んだが、ちょっとした騒ぎになった。

 あとで、病院に向かう途中の旦那さんに聞くと、普通こういう話の場合、服をめくったところから記憶がないのが定番だが、最後の巡回に『ああまた行かなきゃ』と思ったところからさっぱり記憶が抜け落ちているのだそうだ。
 何かがいたのは確かだが、きっと脳の安全弁が働いて思い出すのを妨げているのだろう。
 あとで調べてみても、周りに祠があるとか、誰かが死んでいるというようなことはないそうだ。
 Bさんは今も元気で仕事を続けているが、さすがにその現場は替えてもらったのだという。

 身の回りに放置自転車やバイクがあっても不用意に近づかないほうがいい。果たして服の下には何がいたのか?
                          〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第四十三夜(2024年5月11日配信)
11:11〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……

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