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【禍話リライト】箒の異音

 怪談研究家の吉田悠軌さんの新宿のマンションの話に、ドアの外で聞こえるほうきの音の話があるが、これは似て非なる話。

【箒の異音】

 昨年末(2022年)の話だという。
 Aさんは、都内のマンションに一人暮らしをしている。
 ある平日の晩、1時半頃に目が覚めた。周りは大学生などは住んでおらず、小さな子供を持つ家族や夫婦など、この時間に起きている人はほとんどいない。だから、人の活動の音や気配は感じない。
 のどの渇きを覚えて寝室を出た。玄関から短い廊下の脇に申し訳程度のキッチンがある。リビングと寝室につながる廊下だ。
 キッチンの小さな明かりをつけてコップに水を入れると、玄関の扉の向こうで音が聞こえた。箒で廊下を掃いている音のように聞こえる。寝室やリビングでは聞こえないだろう。
 空調か何かの音を聞き間違えたのかーーと思いを巡らせていると、過去に深夜歯を磨いているときにもこの音が聞こえていたことに思い当たった。
 もとよりこんな深夜に、共用廊下を箒で掃くような人はいない。
 しかし、生活サイクルの中で深夜に玄関の外の音が耳に入るような場所にいることはなかったので、すっかりそのことは忘れていた。

 ある晩、友人が4人ほど来て忘年会を兼ねた鍋パーティーをすることになった。中でも料理が得意なBさんが、キッチンに立ったまま酒のつまみを作ってくれた。器用にあり合わせのもので何品も出来上がる。
「悪いね」
「まぁ趣味みたいなもんだから」
「そんなに器用すぎるから、いつまでたっても連れ合いができないんだ」
「やめろよー」
ーーなど、酔いも回って軽口を叩きあう。
 そのうちに、Bが「何か竹箒で掃くような音がしないか?」という。
 時計を見ると、夜中の12時を回ったところだったという。どうやらパーティーが盛り上がりすぎたようだ。
『Bも箒の音と思うんだ』と思ったが、音はすぐ消え、すぐに別の話題となり4人のうちのBを含む2人は帰ることになった。
 家に残ったのは、Cだけだった。
「さっきみんなが帰るときに、外廊下を確認したけど何にもなかったな」
 明らかに、先ほどのBの発言を踏まえた言動だ。
「こんな時間に掃除をするような人はいないし、きょう箒で掃除なんてしないだろう」
 音からイメージするに、お寺や庭園などで使われるような竹箒が一番近い。だからこそ、マンションの廊下には向いていないだろうとも思う。
 だらだらと酒を酌み交わしながら3時ごろになった。
 2人ともうつらうつらとして、半覚醒状態だ。テレビだけが無機質な声で明日の天気を告げている。
「ちょっと俺トイレ行って来るわ」
 Cが中扉を開けて、廊下に出たときに「あれ~、また何か音してるぞ」と言う。確かに、耳を澄ませば聞こえなくもない。
 廊下に出て見ると、Cが扉のドアスコープに目を当てている。
 そして、「怖い怖い怖い」と言いながら、戻ってきた。
「お前わざわざ覗くなよ」
とたしなめると、酔いが醒めた顔でこう言う。
「髪が長いから多分女だと思う」
「どんな?」
「箒を後ろ手に引きずった……。目の前を横切ったと思ったら、戻ってきてもう一回横切った。ちょっと普通じゃないぞ」
「えっ! 怖っ」
 掃除をしているわけではない。ただ、箒を引きずっているだけだ。
 それから2人で朝までまんじりともしない時間を過ごした。
 夜が明けた後、CはそそくさとA邸を後にした。
 二日酔いの頭のまま、一人部屋に残されて心細い思いをしていた。
「あいつがドアスコープを見なければこんな思いをしなかったのに」
ーーそう言っても仕方がない。

 その日は休みだったので、二日酔いの頭を抱えていた。
 昼頃、水を飲みにキッチンへ向かった。
 ふと気になって、ドアスコープを覗いてみる。この家に越してから使ったことはない。そもそも、相手を確認しなければならない訪問者など過去にいなかった。
 すると、スコープの外側がドロドロに汚れていることに気付いた。
 向こう側がはっきりとは見えないほどに。
 結ぶ像は、かなりぼんやりとしたものになる。
 人かどうかは分かるが、性別や持っているものなど分かりようもない。
「Cは何を見たんだ」
 冗談を言うような状況でもないし、朝までおびえながら酒を酌み交わしたのは事実だ。しかし、それを確かめるのも怖い。

 その晩、ようやく収まった二日酔いの影響もあって、早くにベッドに入った。
 何時頃だろうか、枕が抜かれたような感触があり、目が覚めた。
 枕は、自分の右側に転がっている。
「寝ぼけてたのかな?」
 そう思って、何も考えずに寝室の扉を開けて廊下に出た。別にノックがあったわけでもインターホンが鳴ったわけでもない。
 玄関には、大きな竹箒が掃く方を上に立てかけられていた。
 まだ寝ぼけてぼんやりしている。
『返さなきゃ』
 そう思って、扉の鍵を開けた。
 チェーンは付いたままだ。だから、15センチほどしか開かない。
 扉の外に人影がある。
 その人に、すき間を通して箒を返す。
 細い腕が伸びてきて奪い取るように取っていった。
「そんなに怒らなくてもいいでしょうが」
 そう言って、扉の鍵を閉め、電気を消してベッドに戻って我に返った。
「ちょっと待って! 嘘だ!」
 あわてて扉を開けて見たが、誰の姿もない。
 エレベーターが動いている様子も足音もしない。
「怖い怖い怖い」
 昨日の晩と同じセリフを言って、まだ残っていた強い酒をめちゃくちゃに割ってとりあえず喉に流し込んだ。
ーーここまでは覚えていた。

 朝起きたら、玄関に体育座りをしていた。
 背中がちょうど箒が立てかけてあった壁に当たっている。
 以来、Cとは疎遠になってしまった。

                          〈了〉

──────────

出典

禍話アンリミテッド 第13夜(2023年4月15日配信)

09:40〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/764558100

※本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


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